第131話 忘れ得ぬ相貌

「…………ああ、これは。なんとなく予想はしてたけど、四精特集と銘打ちながら紙面の大半は『不動の大火』みたいだね。目次を見る限りでは『支配の極理』は二ページしかないよ」


 事前の予想通りであっても情報格差に溜息が出る。誰よりも知りたかった情報が一番少ない事にはやり切れない気持ちが否めない。


「エディナは四人の中で最も活動期間が短い。他の面子と比較して情報が不足するのは致し方ない所であろう」

「まぁ、その通りなんだけどね……」


 カイゼル君に正論攻撃を喰らいながらも雑誌をぺらりと捲る。当然の事ながらエディナさんのインタビュー記事が載っているような事はなかったが……しかし、予想に反して記事の内容は為になるものだった。


 本人のコメントなどの類は一切存在しないものの、第三者による能力考察やこれまでの実績が掲載されている。中でも魔物の討伐実績が興味深かった。


 この一年でのエディナさんの出動は二回。


 それを多いと見るか少ないと見るかはともかくとして、エディナさんは国軍の手に余ると判断された魔物の討伐に赴いている。


 それはデビルパンダとバレットスパロー。前者はフィジカルに優れた頑健な特異個体、後者は速度特化の特異個体だったようだ。


 特筆すべきはバレットスパローの方だ。


 弾丸のような速度で人や家畜に襲い掛かるスズメ系の魔物だが、通常個体でも厄介なのに速度特化の個体となれば力押しで倒せる相手ではない。そんな難敵の討伐実績は『理の精霊術』の汎用性の高さを裏付けるものだろう。


「…………なるほど。両極端な魔物の討伐実績という事は、エディナさんの精霊術は火力と精密さを持ち合わせているという事ですね」


 そもそも四精に選ばれている時点で隔絶した存在である事は明白だった。四精の選定は毎年行われている精霊競技会の結果によるものだが、上の下や上の中の成績程度で候補に挙がるような事はあり得ない。


 上の上でもほんの一握り、万人が認める圧倒的な結果を出した者だけが四精の候補に挙がるのだ。この討伐実績は必然と言っても過言ではないだろう。


「…………」


 そんな四精事情を異世界組に説明している最中、エディナさんがじっと僕を見ている事に気が付いた。おそらく自分の話をしている事が気になったのだろう。


 そこで『流石ですね!』とばかりにニコッと笑みを送ってみると、エディナさんは視線を揺らめかせて本の世界に戻ってしまった。……なんとなく照れているように見えたのは錯覚だろうか?


「――――コール君。他の四精の記事も見てみよう」

「ああうん、そうだね」


 目当ての記事は一言一句余さず記憶した。

 フィース君が四精に関心を抱くのは少々意外だが、異世界組の事もあるので他の四精にも目を向けるべきだろう。


 僕たちは最初の記事から目を通していく。


 世界最強と目されている『不動の大火』。環境破壊力には定評がある『審判の大地』。現在は消息不明となっている『万象の疾風』。その三人目の若者の記事で――――僕の思考は停止した。


 知らず知らず呼吸が速くなる。


 僕の視線を引きつけて離さないのは、記事に掲載された『万象の疾風』の顔写真。その精悍で雄々しい顔は、正義を固く信じる顔は、僕の脳裏に今も焼き付いていた。


「…………これは、あの時の『』ではないのか?」


 僕の疑念に決定打を与えたのはカイゼル君だった。疑問形でありながら強い確信を感じさせる声音。これは他人の空似ではないと信じて疑っていない声だ。


 本来ならあり得ない事だが、その気持ちは僕にも分かった。写真越しでも伝わってくる上位者の気配。これだけの風格を纏っている人間が、同じ顔で何人も存在するとは思えなかった。


 そもそも勇者の強さには不可解な点があった。自分で言うのも烏滸がましいとは思うが、僕は対人戦ではそれなりに戦えるにも関わらず、いともあっさりと強烈な前蹴りを喰らっていた。


 その最大の要因は、勇者の初動が読めなかった事にある。重心の変化、筋肉の動き。人間が動く時には何らかの兆候を見せるはずなのに、勇者の動きには前兆らしい前兆が無かった。


 しかし、突発的な動きがだと考えれば辻褄が合う。凡百の精霊術では難しくとも『万象の疾風』なら強風を利用しての急加速もあり得るのだ。


 異世界の勇者と覇権国の象徴。本来なら交わるはずのない関係性だが、多くの符号の一致を鑑みれば両者は同一人物だと判断せざるを得ないだろう。


「…………なるほどなるほど。『万象の疾風』が一年近く消息不明だったのは、異世界で勇者をやっていたからという訳だね」


 それでも僕は後悔などしていない。

 グリードガーデンの象徴である四精を殺めた事は大罪であり、魔物嫌いの勇者は多くの人間に支持される存在なのだろうが、僕にとっては友達に危害を加えた『敵』だった。たとえ二つの世界を敵に回しても後悔などするはずもない。


「ふふっ、それは面白い。四精を倒すなんて流石はコール君だね」


 晴れ晴れとした笑みで称賛してくれるフィース君。グリードガーデンの人間として四精殺害には思うところがあるはずなのに、ほんの一欠片も負の感情を感じさせない透き通った笑みだ。むしろ本心から嬉しそうに見えてしまう。


 おそらく異世界組が反応に困っていたので努めて清冽に振る舞っているのだろう。彼女の気遣い力には感服するばかりだ。


「いやいや、倒したと言っても自爆のようなものだから。まぁでも、これから異世界に向かうのは都合が良いよ。異世界に行けばグリードガーデンで指名手配されても安心だからね、はははっ……」


 フィース君が軽い空気を作ってくれたので乗っかっておく。カナデさんやカイゼル君が思い悩まないように些事として流すのは重要だ。僕たちが気にしていなければ異世界組も気が安まるというものだろう。


 ちなみにチーフさんは四精殺害と聞いて土気色な顔になっているが、この人は図太いので翌日には『異世界にて四精を撃破!』と半生本に追記していてもおかしくない。取り立てて心配には及ばないはずだ。


 四精殺害の一件を文書化するのは止めてほしいなぁ……と呑気な事を考えていると、ふとエディナさんと視線が合った。


 ――――そうだ、僕とした事が大事な事を忘れていた。風の神精霊持ちはエディナさんの四精仲間だったのだ。


 なんとなく無意識の内に考えないようにしていたが、彼女が四精殺害に不快感を抱いても不思議ではない。いや、同僚を殺されて何も思わない方が不自然だ。


「あの、もしかしてエディナさんは『万象の疾風』と親しい関係だったり……」

「――――全く親しくありません」


 よかった、僕の杞憂だったようだ。

 むしろ親しい関係だと思われる事が心外だったのか、エディナさんには珍しく食い気味で否定しているほどだ。


 しかし、思い返せば勇者は魔物を毛嫌いしていた。王子君をあっさり受け入れたエディナさんにとっては気の合わない同僚だったのかも知れない。


「いやあ、それは何よりです。エディナさんの恋人とかじゃなくて安心しましたよ」


 年齢の近い同僚という事で職場恋愛的な可能性もあったが、幸いにも『恋人の仇ですわ!』と血で血を洗う展開は避けられた。これには思わずニッコニコである。


「…………」


 エディナさんは小さく頷いてから、どこか満足げに読書へと回帰した。なにやらコミュニケーションが成立するようになってきているので嬉しい。これで読んでいるのが僕の本でなければ完璧だった。


 それにしても、四精が勇者。意図して異世界に渡ったのか偶発的に渡ったのか、そして何がどうなって聖剣を抜いて勇者になったのか。


 あまりにも分からない事だらけだが、少なくとも現状では組織的な異世界侵攻は起きていない。四精が異世界に渡ったのは偶然の産物という可能性はある。明るい未来の為にそうであってほしい。……とは言え、楽観的な推測に頼り切るのは危険だ。


 魔王捜しの過程で聖剣の発祥国――セイントザッパにも寄るつもりなので、勇者の出自についても聞き込んでおくべきなのかも知れない。そんな事を考えながら、僕は和やかな歓談の場に意識を戻していった。






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第四章【支配の極理】終了。


明日からは第五章【胎動の災厄】の開始となります。

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