第85話 魔物の差異
「ほほう、マウントスネークか。あの大きさは幼体……いや、この世界は魔物が小ぶりだと言っておったな」
「うん、あれでも成体だよ。この世界ではウインドスネークって名称だけど、生態はほぼ同一。どこの山にでも生息している与し易い魔物だね」
初魔物にうねっているカイゼル君をぽよぽよしながら解説する。まぁ、与し易いと言っても人によっては苦戦するが、カナデさんなら赤子の手を捻るより容易く屠れる魔物だろう。
「よし、私が血祭りに上げてやろう!」
ちょっぴり好戦的になっているカナデさんは討伐依頼を快諾した。今のところは自我を失っていない様子だが、実戦では感情が昂りやすいので油断は禁物だ。テンションが上がり過ぎないように注意して見守るとしよう。
「シューッ……」
空気が漏れたような音を漏らしながら近付くウインドスネーク。向こうの世界の個体と比べれば数分の一のサイズに過ぎないが、しかし魔物の脅威度も比例して小さくなるという訳ではない。
むしろ人によってはこちらの世界の魔物の方が手こずる。この世界には、向こうの世界には存在しないモノが存在するのだ。
――――ドンッ!
突如として響いた衝突音。カナデさんと蛇との間には距離があるので、両者が物理的に接触した訳ではない。
音が聞こえたのはカナデさんの場所―――そう、肉眼では見えないモノがお姉さんに衝突したのだ。
「ハハハッ、これが『風の精霊術』か!」
未知の現象に怯むどころか哄笑するカナデさん。成人男性に殴られるくらいの衝撃はあったはずだが、やはりお姉さんに痛痒を感じさせるには至らなかったようだ。
そしてそう、風の精霊術。この世界に生きる人間は精霊を宿しているが、それは人間だけに限った話ではない。精霊持ちは人間だけでなく、ある程度の知性を有した生物も精霊を宿している――そう、魔物も当然の如く精霊術が使える。
だから、世界間でサイズ差はあっても魔物の脅威度に大きな差はない。……とは言え、カナデさんほどの実力者からすればどちらでも似たようなものだ。
「ハッ――!」
迫力のある笑みを浮かべたまま一瞬で距離を詰めるカナデさん。鬼の精霊術によって底上げされた身体能力は、またたく間にウインドスネークの尻尾を掴み取った。そして間髪入れず、鞭を振るうように――ドゴッッと頭部を叩きつけた!
もちろん一撃では終わらない。初撃で絶命しているにも関わらず、ドゴッドゴッと連続して大地を揺らしてしまう。
相変わらず豪快な戦闘スタイルだが……しかし、魔物の中には生命力が強い個体も存在するので間違いではない。ビジュアルに問題があっても狩人としては正しい。
「いやぁ、お見事お見事。カナデさん、体調の方はどうですか?」
刺激しないように緩やかな拍手をしながら問い掛ける。戦闘自体は最初から問題にしていない、本当に重要なのはここからだ。
戦闘前は理性を保っていても戦闘を行った事でタガが外れていないか? それを乗り越えて、初めて鬼の精霊術を御したと言えるのだ。
「ああ、体調は上々だ!」
僕の問い掛けを受け、カナデさんは玩具に飽きたかのように蛇の残骸を放り捨てた。まだテンションは高い様子だが、それでも自我は保っているようだ。
胸の内で安堵の息を吐いている中。カナデさんは活力が有り余っているかのように大地を蹴り、僕が警戒する間もなく眼前に立ってむぎゅーっと抱き締めてきた。
「ありがとう、これもコールのおかげだ!」
お、おおぅ、鬼の精霊術の影響か情熱的になっているようだ。少々照れてしまうが、カナデさんの温かい身体に包まれるのは心が落ち着く。
僕と一緒くたに抱き締められているカイゼル君も「むぐぅ」と何となく満足そうな様子だ。大円団で終わって喜ばしい限りである。そんな温かい空気の中――不意に、骨まで凍るような冷たい風が吹いた。
「――――もう充分だ。そうだろう?」
鬼の精霊術の影響で熱くなった頭を冷やそうと、フィース君が気を利かせて冷風を送ってくれたようだ。かなり気を利かせてくれたのか一瞬で冷静になるほどの極寒の風である。
数秒で全身が凍りつきかねない冷風が効果的だったらしく、カナデさんは我に返ったようにザザッと勢いよく距離を取った。
「…………す、すまない、悪かった」
「いえいえ、何も悪いことなんかありませんよ。それより、倒した獲物の処理をしましょう。ウインドスネークの味が落ちてはいけません」
血の気が引くようにスッとあっという間に髪色を戻したお姉さん。自分のハイテンションな言動が冷静になって恥ずかしくなったのか動揺しているので、深く言及することなくサラリと流して建設的な話題に切り替えた。
実際、カナデさんの気持ちはよく分かる。昔から悩んでいた問題が解決したのだから喜びを爆発させてしまうのも当然だ。
あとは精霊術の行使に慣れるのみ。
フィース君ほど緻密な制御とは言わないが、この世界で精霊術の制御に慣れてしまえば、向こうの世界でも自我を失わずに使えるはずだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます