第38話 交わらない関係

「…………ん、んん? あれはもしや、音に聞こえたではないか?」

「えっ!?」


 僕の視力では豆粒にしか見えない距離。

 これほど距離が離れていては何も判断できないが、カナデさんは優れた視力と洞察力で勇者一行だと判断したようだ。お姉さんがそれと判断したなら間違いない。


「ほほう、あれが勇者一行か……」

「カイゼル君、不審に思われないように大人しくしててね? 普通の魔物じゃないって露見したら面倒な事になるかもだから」


 好奇心旺盛なカイゼル君に念を押しておく。最近は臓物系ストールとしての地位を確立しつつある王子君は、動かなければ何の変哲もない小腸にしか見えないが、他に類を見ないワームだと露見したら勇者に敵視される可能性があった。


 どうやら勇者と話してみたいらしいカイゼル君は「分かっておる」と拗ねた声を返すが、せめて勇者が信頼に足る人物だと確認するまでは油断大敵だ。


 縮まっていく彼我の距離。ある程度の距離まで近付いた時点で、カナデさんが彼らを勇者一行だと判断した理由が分かった。


 長身の男が二人と女性が一人。


 これは話に聞いていた勇者一行の構成と同じであるし、そもそもこの世界の魔物は手強いので少人数で旅をする者は少ない。ノルドミードに勇者が来訪しているという話からしても勇者一行としか思えなかった。


 しかし予備知識がなくとも、彼らが尋常な存在ではない事は一目瞭然だ。たとえば巨大な斧を背負った大男。おそらく彼が戦士長なのだろうが、見るからに重そうな斧を背負っていながら足運びに淀みがない。


 来る日も来る日も渋柿を食べ続けたような厳しい顔立ちからしても、あの戦士長が半生を鍛錬に費やしてきた事が容易に察せられる。


 そして大剣を背負ったもう一人の男。


 間違いなく彼こそが――――『勇者』だ。消去法的に考えてもそうだが、もう一見しただけで分かるほどに彼には雰囲気がある。


 それは強者が放つ特有の気配。勇者は僕より三つ上の年齢と聞いているが、十八歳の青年とは思えないほどの圧倒的な風格が感じられる。……正直に言えば、勇者がこれほどの大人物だとは思っていなかった。


 たまたま聖剣に選ばれた一般人くらいの認識だったが、それはとんでもない誤解だった。彼は選ばれるべくして聖剣に選ばれたという事が一目見て分かる。


 そして最後の一人、聖女。こちらに関しては外見だけでは実力の程が分からない。他の二人と比べて聖女だけは完全に未知数だ。


 聖教会の人間は治癒魔術などの珍しい魔術の使い手が多いらしいが、聖女が得意とする魔術の情報は巷の噂では分からなかった。


 勇者や戦士長に同行しているほどの人物なので、聖女が強力な魔術の使い手である事だけは間違いないだろう。


「…………流石は勇者一行と言ったところか。有象無象の魔物では相手にもならないだろう」


 カナデさんも一角の実力者として彼らの力量を悟ったようだ。角のない魔物であるカイゼル君も「余も認めてやろう」と上から物を言っているが、勇者の脅威を肌で感じているのか普段より大人しくなっている。


 しかし……強そうな相手と遭遇したので自然と緊張したムードになってしまったが、別に僕たちは勇者と敵対している訳ではない。


 色々と聞いておきたい事もあるので友好的に話し掛けてみるとしよう。この時の僕は、呑気にそんな事を考えていた。……だが、事態は思わぬ方向に動いた。


「――――貴様、なぜ魔物を連れている」


 お互いに目が合って僕が挨拶をする直前、勇者から鋭い声が飛んできた。その声に友好的な響きは欠片も感じられない。


 それは、返答を間違えたら即座に斬り殺すと言わんばかりの厳しい声だった。……魔物使いは一般的な存在だと思い込んでいたが、勇者の反応からするとセイントザッパには魔物使いが存在していないのかも知れない。


「ああ、この国では魔物を使役する『魔物使い』という存在が認められてるんですよ。貴方はセイントザッパから来訪した勇者さん、で合ってますか?」


 僕はノルドミードの魔物使いについて説明する。出会い頭に敵対的な態度を取られてしまったが、セイントザッパと文化が異なっているという事なら仕方ないだろう。


「確かに私は勇者、魔を討つ者だ。そしてそれ故に、魔に属する者を見逃すわけにはいかない」


 おっと、これは中々の堅物のようだ。

 この真っ直ぐな目、自分が絶対に正しいと信じて疑っていない目をしている。狂気すら感じさせる眼差しは恐ろしいが……しかし、理はこちらにある。


「このノルドミードでは国が魔物使いの存在を認めています。それになにより、この子は人間に害を与えるような魔物ではありません」

「国の法など私には関係ない。魔に属する者は全て殲滅する、それが私に課せられた使命だ」


 えぇぇ、なんだこの危ない人は……。

 僕たちも遵法じゅんぽうに関しては偉そうな事は言えないが、この勇者の思想は明らかに異常だ。自分の思想が世界のルールだと思い込んでいるかのようだ。


 僕は助けを求めるように勇者の同行者に視線を向ける。常軌を逸した勇者に僕の言葉が届かないのなら、仲間である戦士長や聖女に説得してもらうしかない――――が、僕は一瞥いちべつしただけで諦めた。


 戦士長は勇者の方針に口出しする気はないらしく、僕たちの一挙手一投足を見張るように油断のない視線を向けているだけだ。


 聖女の方も話にならない。暴論を放つ勇者を咎めるどころか、陶然とした熱っぽい視線を送っていた。……どうやら聖女は年下の勇者に夢中になっているらしい。

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