第39話 埒外の魔術
「命が惜しくば、大人しく魔物を地に置け」
とうとう勇者は盗賊のような事を言い出した。しかし、これは参ったな……もはや勇者に説得が通じないのは明白だ。
カナデさんと示し合わせて逃げるべきか? カイゼル君を投擲した上で小さくなって隠れてもらうべきか? ……いや、勇者一行にそんな手が通じるとは思えない。
となると、カイゼル君を守る為には勇者と戦うしかないのだろうか……?
だが、相手は人類の希望だ。カナデさんは必ず味方に付いてくれるだろうが、人類全てを敵に回しかねない戦いに巻き込むのはどうなのか。
戦闘になって勝てるかどうか分からないという問題もある。勇者や戦士長だけでも相当に厳しそうなのに、能力が未知数である聖女まで控えている。相手の能力が不透明な状況で軽々に動くのは危険だ。
僕の思考は目まぐるしく回転していた。そして僕の天秤が闘争に傾きつつある中、カイゼル君が重い口を開いた。
『コールよ、聖剣であろうとも余の身体は貫けぬ。余に攻撃が通じぬと分かれば勇者も諦めるであろう』
『……駄目だよカイゼル君。それは論外だ』
カイゼル君は我が身を犠牲にしようとしているが、そんな事が認められるはずがなかった。仮に聖剣がカイゼル君に通じないとしても駄目だ。何も悪い事をしていないカイゼル君が傷付けられる理由などないのだ。
『カイゼル君が傷付けられるくらいなら、僕が代わりに殺される方がずっと良いよ』
『っ……』
これは言葉通りだ。カイゼル君が無事に助かるなら、僕は百回殺されても構わない。そういった意味では僕の魔術を使うという手があるのだが……しかし、カナデさんとカイゼル君を巻き込んでしまうという問題がある。
…………いや、待てよ。
カナデさんにカイゼル君を抱えて避難してもらえばアリだろうか? ここはカイゼル君経由でカナデさんと密談しよう――と、僕が作戦を決めてカイゼル君に頼む直前、カナデさんが先んじて動いた。
「黙って聞いていれば勝手な事を……私の前で無法が通じると思っているのか」
どうやら勇者の横暴に激怒しているらしく、早くもカナデさんの髪は鮮血の色を滲ませていた。ビリビリと場に
これはまずい、まずいぞ……。今のカナデさんに『カイゼル君と逃げてください』と伝えたところで応じてもらえるとは思えない。そんな緊迫した空気の中、勇者は意外な言葉を口にする。
「止せ。私は女性を傷付ける気はない。私が倒すべき相手は、魔に属する者だけだ」
まさかのフェミニスト発言だ。カナデさんに敵意を持っていない事には安堵する思いだが、その優しさをカイゼル君にも分けてほしいものだった。
「――――」
そしてお姉さんは完全に火が点いていた。
勇者があくまでもカイゼル君の命を狙うと宣言した事で、カナデさんの髪は真っ赤に染まってしまった。もはや僕とカイゼル君の身も危うい。
「二人でそちらの彼女を抑えておいてくれ。その間に、全てを終わらせる」
だが、勇者は動じていなかった。常人であれば身動き一つ取れなくなるほどの殺気を浴びながら、冷静な声で戦士長と聖女に指示を出していた。
この状況でもカナデさんを害するつもりがないのは結構な事だが、しかしこれは中々の無茶ぶりだ。今のお姉さんを手加減しながら抑えるとは正気の沙汰ではない。
「承知致しました勇者様」
信じ難いことに、聖女は笑みを浮かべて指示を受け入れていた。聖女ばかりか戦士長も顔色一つ変えずに「承知した」と受け入れている。
この人たちは頭がおかしいのだろうか? と疑念に駆られている中、戦闘の火蓋は唐突に切って落とされた。
「――――」
先手を取ったのはカナデさん。視界の中で動く者は殺すという状態だったので、勇者一行の動きが引き金になってしまったようだ。
猛獣のように飛び掛かるカナデさんを視界に捉えつつ、僕も同時に踏み込んでいた。だが、その直後に足を止めた。
「えっっ!?」
僕はカナデさんから目を離していなかったにも関わらず、突然に何の前触れもなく――カナデさんの姿が消失してしまった。
消失したのはカナデさんだけではない。一瞬の内に戦士長と聖女の姿も消えていた。僕が焦燥感に襲われている中、勇者が場違いなほどに落ち着いた声で告げる。
「これは転移魔術。場を変えただけの事だ。もはや貴様を守る盾は存在しない」
転移魔術……? 寡聞にして聞いた事がない魔術だが、目の前で見せつけられれば信じる他はない。
これは間違いなく、聖女の魔術だ。三人が消える直前、聖女はカナデさんと戦士長に手を向けていた。おそらくあれは転移対象を定めていたのだろう。
とんでもなく常識外れで反則的な魔術ではあるが……しかし、自分も転移する必要があるらしいのは救いだ。
カナデさんを遠ざけるという目的だけなら、わざわざ聖女と戦士長まで転移する必要性はない。戦士長も一緒に消えているのは聖女の護衛といったところだろう。
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