第5話 見えない襲撃者
僕が意識を取り戻してから三日が経過した。周囲を取り巻く状況に変化はなく、僕や子供たちは相変わらずの檻の中だ。
それでもこの三日を無為に過ごしたわけではない。表面上は大人しく拘束されつつも、胸中では子供たちを連れた集団脱走計画を練っていた。
国が信用できないので施設を武力制圧する事を検討しているが、僕の見立てでは勝算は充分にある。
この三日間で奴隷商人グループの人間を観察していたが、彼らに武術の心得らしきものは見受けられなかった。全員を同時に相手取っても僕の敵ではないだろう。ただそれは――精霊術が無ければ、の話だ。
僕は精霊術が使えない分だけ戦闘技術を磨いているので、精霊持ちと闘っても勝利を収めるだけの自信はあるが、大精霊クラスの精霊持ちが相手となると確勝とは言い難い。
火の精霊持ちを例に挙げれば、通常なら拳大の火球であるところが大精霊クラスでは人間一人を呑み込むサイズの火球になる。
大精霊持ちは珍しいので敵側に存在する可能性は低いが……もしも敵対した場合は、精霊術を行使される前に仕留めなくては厳しいだろう。
僕は慎重に反逆の機会を
そのチャンスはいくらでもある。なにしろ定期的に檻から出る機会すらあるのだ。売り物として身奇麗にしておけという事で、僕や子供たちには水浴びの時間が設けられているのだった。
この不用心さは魔封の腕輪を信頼しているからなのだろうが、元から精霊に頼っていない僕にとっては普段と何も変わらない。
必要な情報は集まったという事もあって、僕は近日中にでも反乱を起こすつもりだった。……だが、僕の思惑とは無関係に事態は動いた。
――――ドゴォンッ!
唐突に響き渡る凄まじい爆音。腹の底に響き渡るような音どころではなく、物理的にもグラリと部屋全体が揺れた。
幸いにも崩落で生き埋めになる心配は無さそうだが…………一体全体、ここで何が起きたのだろうか?
「ソウカちゃんソウカちゃん、何があったのか分かるかな?」
困った時のソウカちゃん。
もちろんこれは無茶ぶりをしている訳ではない。この部屋は防音が効いているので僕には何も聞こえないが、ソウカちゃんは獣人だけあって聴力が優れているのだ。
「え、えっと、遠くから悲鳴が聞こえます…………う、う〜ん、何かから逃げているような様子です」
何かから逃げている……? 奴隷商人グループの根城に襲撃者でも現れたのだろうか? 或いは日和見だと思っていた官憲が動いたのだろうか?
「ち、ち、近付いてきます……!」
ソウカちゃんの声は震えていた。彼女だけではない、他の子供たちも恐怖で身を固くしているのが分かった。
子供たちが怯えている要因は、遅まきながら僕にも感じ取れた。ソウカちゃんたちは近付く脅威を――心胆を寒からしめる濃厚な殺気を恐れている。
異常な殺気を放っている存在が、明らかに危険だと察せられる存在が、こちらに近付いているのが僕にも分かった。
「心配しなくても大丈夫だよ。僕の故郷では『敵の敵は味方』という言葉があるんだ。ここを襲っている存在なら僕たちの味方に決まってるさ、はははっ……」
とりあえず不安そうな子供たちに明るい言葉を届けておく。正直に言えば、この凄まじい殺気の持ち主が味方だとは到底思えなかった。
それでも僕は年長者だ。何が起きようとも子供たちを安心させる為にポジティブでであるべきだった。
そして、その時は来た。前触れもなく、部屋の扉が――――ドゴォンッ、と轟音と共に激しく吹き飛んだ。
僕は思わず目を疑う。この部屋に設置されているのは頑丈な鉄製の扉。力尽くではどうにもならないので、脱走の際には扉のカギを奪うのは必須だと考えていた。
その金城鉄壁な鉄製の扉があっさりと吹き飛んでいる。しかも状況から察するに、たった一撃だ。
圧倒的な力を持つ殺意の塊のような存在。これは身の危険を覚えざるを得ないが、しかし子供たちの為にも諦めてはいけない。
まだ僕たちを助けに来てくれた人物という可能性は残っている。扉が消え去った空間は角度的に見えないが、あそこから笑顔の人物が『やあやあこんにちは!』と出てくる可能性はあるのだ。
子供たちと一緒に固唾を呑んで見守っていると、見えない場所からコロリンと何かが転がってきた。
「うっっ……」
ソウカちゃんの呻き声が耳に届く。お隣の少女だけではなく他の子供たちも似たような反応だ。
それでも子供たちが悲鳴を上げていないのは、強烈な殺気を浴びて声が出なくなっているからなのだろう。
そして驚いているのは僕も同じだ。なにしろ転がってきた物体には見覚えがある。これは僕が意識を取り戻した直後に出会った男、奴隷商人だ。
やや肥満ぎみだった男は『首だけ』というスタイリッシュな姿に激痩せしていた。ひょっとして勤務態度が著しく悪かったのかな――『お前はクビだッ!』
…………いやいや、落ち着くんだ。衝撃的なビフォーアフターに動揺している場合ではない。年長者として恐怖に泣き出しそうな子供たちを安心させなくては。
「いやぁ、良かったねぇ。どうやら親切な人が助けに来てくれたみたいだよ? 悪い奴はこの通りやっつけたよ、ってね」
「えっ」
なぜか正気を疑うような目で僕を見るソウカちゃん。ショッキングな光景を目撃したせいか、ネガティブ思想に囚われているのかも知れない。
しかし冷静に考えれば、この襲撃者は僕たちの敵である奴隷商人を成敗している。襲撃者が依然として禍々しい気配を発しているのは気になるが、現段階で僕たちの脅威だと判断するのは早計と言わざるを得ないだろう。
ちなみに僕の発言は襲撃者に向けた言葉でもある。子供たちを元気付けつつ、同時に『僕たちは敵ではありませんよ!』と襲撃者に伝えているのだ。
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