第4話 魔封の腕輪
「しかし僕が言うのもなんだけど、この部屋の監視は緩すぎるんじゃないかな? 見張りもいないし、拘束具を付けられているわけでもないし」
僕たちは檻に閉じ込められてはいるが、逆に言えばそれだけだ。手錠も無ければ足枷も無い。やろうと思えば脱走も難しくないような気がする。
そんな僕の疑問に、ソウカちゃんはまたしても想定外の答えを返した。
「…………私たちには魔封の腕輪がありますから、逃げ出したとしてもすぐに捕まると思います」
魔封の腕輪。またまた知らない単語が出てきてしまった。僕やソウカちゃんの腕に付いている腕輪、これが『魔封の腕輪』なのだろうという事は分かる。
外見は金属製のリストバンド――金属製なので多少重くはあるが、それでも数キロ程度の重さに過ぎない。これが逃亡の障害になるほどのものとは思えなかった。
しかし、気になるのは『魔封』と言う単語だ。例によって初耳の単語なので詳細を聞くべきなのだが……幼い少女に何度も無知を晒すのは気恥ずかしさを覚えるものがある。
ここは思い切って『そうか、魔封の腕輪だね!』と知ったかぶるべきだろうか? ……いや、それは駄目だ。
聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。それでなくとも知識不足で逃亡に支障が出るという可能性もある。ここは恥を偲んで素直に聞くべきだろう。
「魔封の腕輪というのは、精霊術の発動を防ぐものなのかな?」
とりあえず名称で当たりをつけて聞いてみた。逃亡を妨げるという話からしても妥当な推測だろう。
精霊術――人間は生まれた時から精霊を身に宿しており、その精霊の特性に応じた術を行使する事が出来る。
火の精霊を宿した者なら思いのままに火を生み出すことが可能であるし、水や風などの精霊についても特性に応じた精霊術が行使可能だ。
精霊は人種や性差を問わず誰もが宿しているものだが……しかしそれでも、中には例外もある。
僕の身体には精霊が存在していない。周囲の人間が当たり前に使っている精霊術が、僕にだけは使えない。それは大きなハンデであり、僕の最大のコンプレックスとなっていた。
個人的に精霊術には複雑な感情があるが、子供たちが精霊術を使えない可能性があるなら確認しない訳にはいかなかった。
「精霊術、ですか……?」
苦々しい思いで口に出した単語だったが、ソウカちゃんには耳馴染みの無い言葉だったようだ。ここは発言を補足しておくべきだろう。
「そうそう、火を出したり水を出したりする術だよ。もしかするとこの辺りだと別の呼び名なのかも知れない」
「あっ、魔術のことですね」
なるほど、この国では精霊術を魔術と呼んでいるようだ。僕の故郷でも地域によっては精霊法と呼ばれたりもする。この国での名称が異なっていても不思議ではない。
名称の相互理解が及んだところで、ソウカちゃんは改めて本題に戻った。
「魔封の腕輪に関してはお兄さんの言う通りです。この腕輪を付けていると、魔術は一切使えません」
むむぅ、やはりそうだったか……。
そんな腕輪が存在するとは寡聞にして知らなかったが、ここは獣人という未知の種族が存在しているほどの辺境地だ。既成概念を打ち崩すものがあったとしても受け入れるしかない。どのみち精霊術が使えない僕にとっては無関係の代物ではある。
「なにより、この腕輪を付けていると力が出ない事が大きいです。……私はまだ大丈夫ですが、長く閉じ込められている子供は走るのも難しいと思います」
ソウカちゃんは意外な言葉を後に続けた。
この腕輪は精霊術を封じるばかりか、装着者の身体機能にもマイナスの影響が出てしまうようだ。
…………しかし、妙だ。僕にはそんな実感が全く無い。精霊を宿していないにしても何らかの悪影響が出そうなものだが、むしろ今までより身体が軽く感じられているほどだ。
それは目が覚めた直後から感じていた。
じめじめした部屋で檻に閉じ込められているにも関わらず、重い枷から解き放たれたかのような解放感を覚えていたのだ。だが、僕はともかく子供たちの体調が悪そうに見えるのは確かだ。
「そっか……。まったく、子供にそんな腕輪を付けるなんて酷い話だね」
「本来ならこの腕輪は簡単に手に入れられるものでは無いのですが……」
精霊術を封じる強力なアイテムなだけあって、通常であれば国の厳重な管理下に置かれている代物らしい。
この腕輪は国が犯罪者に使用する為のものであり、一般人が容易に入手出来るようなものではないとの事だ。
しかし、現実は僕たちに優しくない。
国に管理されているはずの魔封の腕輪が、この部屋の中だけでも十本は存在している。……まだ判断材料は少ないが、国と奴隷商人が蜜月関係にあるという可能性は考えておくべきだろう。
元々は一人で脱走して治安組織に子供たちの救出を求めるつもりだったが、国が信用できないという可能性があるなら予定を見直さねばならない。訴えを黙殺されるならまだしも、場合によっては国を敵に回してしまう恐れもあるのだ。
自分に降りかかる面倒事を避けたいのであれば、単身で逃げ出して奴隷商人を放置するところだが……しかし、僕にソウカちゃんたちを見捨てるという選択肢はない。
囚われの子供たちを見捨てるようでは、僕に生きている価値などないのだ。
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