第3話 文化の違い
「なるほどなるほど。それにしても、この国では旅人が奴隷にされるのは一般的な事なのかな?」
「そ、そんな事は滅多に無いはずですが……。少なくとも、私の知る限りでは」
困惑顔のソウカちゃんの話によると、この国では表向きには人身売買は禁止されているとの事だった。奴隷制度が現存している国際法違反の国だと思っていたが、これは希望が見えてきた。
国が主導して拉致監禁しているようでは絶望的だったが、人身売買が違法という事なら打つ手はある。ここから逃げ出せば国が守ってくれるという事になるのだ。
僕は生に執着が薄いが、それでも奴隷として一生を終える気はない。心配しているであろう家族や友人に無事を知らせる為にも、なんとか隙を見つけてここから逃げ出さなくてはならなかった。
「僕はともかくとして、ソウカちゃんたちは誘拐されてここに来たの?」
僕のような旅の人間が人身売買のターゲットにされる理由は分かる。土地から土地に移動する旅人なら、急に消えたとしても家族や友人に騒がれるリスクが低いのだ。
だが、ソウカちゃんたちはこの土地の人間だ。これだけの数の子供を誘拐すれば家族が騒がないはずがない。
今頃は大騒ぎになっているのでは? と救出が来る可能性を示唆した形だが、ソウカちゃんからは意外な答えが返ってきた。
「……私たちは貧民街の人間なので、警備隊の人たちも動かないと思います」
なんでも貧民街の人間は差別対象になっているらしく、犯罪に巻き込まれても国が積極的に動いてくれないらしい。
言われてみると、非合法なはずなのに奴隷商人には手慣れている雰囲気が感じられた。おそらくは国が黙認しているせいで貧民街の子供が頻繁に誘拐されているのだ。
「う〜ん、それは酷い話だね……。そういえば、ソウカちゃんたちのそれ、可愛いね。この辺りでは流行ってるのかな?」
どんよりと重い空気になりつつあったので話題を変えておく。ここで僕が『それ』と言っているのは、子供たちの頭に付いている――猫耳や犬耳だ。
おそらくこの地域で流行のファッションなのだろうが、真面目な話をしながらもソウカちゃんの犬耳がずっと気になっていた。
「それって、この耳のことですか?」
なぜかソウカちゃんは不思議そうな顔だ。
余所者の僕からすれば珍しい装飾品だが、この辺りでは一般的すぎてピンと来ないのかも知れない。
しかし見れば見るほど精巧な造りだ。ぴょこぴょこ躍動している様はまるで本物のよう…………ん、んん?
「……えぇと、もしかして、それは本物の耳なのかな?」
僕は今更ながらに気付いた。
ソウカちゃんの頭上に犬耳はあるが、本来ならあるはずの人間の耳が存在しないという事実に気付いてしまったのだ。
「本物の耳ですけど……ひょっとして、お兄さんの住んでいた場所には獣人がいないんですか?」
じゅ、獣人……?
一般常識のようなニュアンスを感じさせる発言だが、当然の如く『獣人』という存在など聞いた事がない。ソウカちゃんが嘘を吐いているようには見えないが……。
「ソウカちゃん、ちょっとその耳を触らせてもらってもいいかな?」
「えっ!? そ、それはちょっと……」
実際に確認すべく鉄格子越しにサワサワしようと考えたが、困り顔のソウカちゃんに断られてしまった。大いに知的好奇心を刺激されていたので残念だ。
――――いや、待てよ。
もしかすると、獣人の耳を触るという行為には特別な意味があるのかも知れない。
僕的には軽いお願いのつもりだったが、獣人にとっては破廉恥極まりない内容だった可能性はある。危ない危ない……まったく、文化の違いとは恐ろしいものよ。
「うんうん、断ってくれてありがとう。もう少しでとんでもなく破廉恥な真似をするところだったよ」
「ええっ!? な、なにをするつもりだったんですか!?」
謙虚なソウカちゃんは功績を誇ることなく謙遜している。これが普通の子だったら『牢番さん、このセクハラ野郎を檻にぶち込んでください!』と声高に叫んでいるところだろう。
もう僕は檻に入っているので隙はないが、しかしソウカちゃんのようなお隣さんに恵まれたのは不幸中の幸いだった。……まぁ、この部屋に牢番はいないのでセクハラ被害を訴えることも出来ないのだが。
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