27◇報告
――他人の事情はそこそこに。
放課後、授業が終わるとディオニスは屋敷までアンを迎えに行った。それから、ライエ名誉教授のところへ向かう。
ライエ名誉教授は、ディオニスが一人で来た時とは顔つきがまるで違い、なんとも優しい。
「まあ! しばらくこちらには来なくても大丈夫ですよと伝えておいたのに、一体どうしたの? もう帰りたくなったのかしら?」
その言い方はどうなのだろう。まるで信用がない、とディオニスは内心腐った。
アンはライエ名誉教授に手を握られながらも、嬉しそうに笑っている。
「いいえ、そうではありません。ディオニス様にはとてもよくして頂いております。今日は、その、お話があって参りました」
そこでチラリとディオニスのことを見遣る。ディオニスが少し照れたら、ライエ名誉教授はそれだけで何か察したらしい。
「……大事な要件のようですから、座ってお話ししましょうか。フィニア、お茶を」
「畏まりました」
アンはライエ名誉教授の隣ではなく、ディオニスの隣に座る。二人の距離がとても近かった。ライエ名誉教授はその僅かな隙間を遠い目をして眺めていた。
「単刀直入に申し上げます。アンと婚約したいと思います。それをライエ名誉教授にもお伝えしておこうかと」
ライエ名誉教授はにっこりと微笑んだ。フィニアが、紅茶を淹れているはずなのに、スプーンではなくフォークを握っている。
「禁止事項、その五」
ポツリとライエ名誉教授はつぶやいた。
その五――『性交渉厳禁』。
「してません」
即答した。手を出してしまったから責任を取ると言っているわけではない。
アンはきょとんとしてディオニスを見上げたが、説明はしてやらない。
ライエ名誉教授はその返答に安堵したらしい。本当に信用がない。
「そうですか。それを聞いて安心しました」
それから、ディオニスにではなくアンに向けて問いかける。
「お断りするのが苦手なあなただとは思いますが、一生の問題です。流されてしまっては後で後悔しても遅いのですよ。本当によいのですか?」
そんなに念を押さなくても、と思ったが、ここはアンに任せることにした。
「心配して頂いてありがとうございます。でも、流されたのではありません。私の方が先にディオニス様をお慕いしていたのだと思います。ですから、今は本当に幸せです」
ほんのりと頬を染め、アンが少しだけ落ち着かない様子で告げる。そうしたら、やっとフィニアがフォークから手を放した。
ライエ名誉教授は、ほっとしたようにも見えたけれど、それでも手放しで賛成してくれているわけではないようだった。どこか不安を残しているように見える。――ディオニスはどこまでも信用がない。
「それと、今朝のことなんですけど。アンが足を捻ったので回復魔法を試みたのですが、どうやら使えたようです。完治とまでは行きませんが。ライエ名誉教授の御指導の賜物かと」
よくわからない課題をさせられていると思ったけれど、効果はあったのだ。
ライエ名誉教授は感心したように大きくうなずいた。
「なるほど。こんなにも早く成果が出るとは思いませんでしたが、さすがアンですね」
褒めるのはそちらかと言いたいが、わからないでもない。アンのような善良な娘といたから、ディオニスでも労りの心が芽生えたのだ。
「私は何もしていませんが?」
不思議そうにしているアンにライエ名誉教授は優しく言った。
「アン、少しだけ彼と二人でお話させてくださいね。大事なことですから」
「……わかりました。廊下で待っています」
アンはライエ名誉教授が何を語ろうとするのか察知したのかもしれない。顔が強張っている。
実家でアンが受けていた扱いのことだろうか。
婚約、結婚となるとアンの家を無視できない。そこはディオニスも乗り越えなくてはならない問題になるのだ。
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