12◇後を追って

 体調は時間が経つと少しずつ落ち着いてきたが、悩みは尽きない。


 あの禁止事項の中に、外泊を禁じ必ず家に帰るように仕向けられているものがあった。アンと顔を合わせるのは気まずいけれど、帰らなくてはならない。


 今朝も念のために砂糖を使ったから、きっとどうにか乗り越えられる。

 それでも疲れた。もういっそ、ライエ名誉教授の課題を諦めてしまえば楽なのだけれど、それもできない。


 ――アンは多分、許してくれるだろう。

 それは砂糖がなくとも同じで、アンのような人間は自分が傷ついても相手を許す。

 謝罪すらなかったとしても、相手を責めないように思う。


 ただ、そんな時にはどんな気分でいるのだろう。

 ディオニスが不当な扱いを受けて傷ついたのなら、許したいなんて気持ちは湧かない。だから、アンの気持ちは到底理解できないところにある。


 コーネルは男だから、雑な扱いでもまだいいかと思える部分があるけれど、アンはか弱い女の子だ。だから気遣えという話だったのだが、それができないでいる。


 今朝のは完全な八つ当たりでしかない。

 八つ当たりは、無意識にも相手が許してくれると感じているからこそやってしまうものだ。


 そして、あの砂糖があるという甘えが手伝う。

 あれはライエ名誉教授に返してしまった方がいいのだろうか。


 気をつけよう――その都度思うだけでは意味がない。結局堂々巡りだ。

 他人の言動で思い悩む煩わしさが苦手だから、一人でいたいのに。




 授業がすべて終わって渋々屋敷へ戻るが、アンはいなかった。

 ディオニスに嫌気が差して逃げたのかと思ったが、違った。一部始終を見ていた自動人形によると――。


「アンネリーゼ様は忘れ物をした商人の後を追いかけていかれました」


 とのこと。


「商人って、あのザーラっていう子供か?」

「左様にございます」

「それはいつ頃の話だ?」

「一時間と十二分前です」


 そんなに追いつけないのなら、ザーラが忘れ物をしてしばらく経ってから気づいたということなのだろうか。

 アンが追いかけずとも、置いておけばまたどうせ来るのに。


「なんでわざわざ……」


 思わずつぶやくと、自動人形のメイドは見たままのことを口にした。


「アンネリーゼ様は彼女に体調を確認しておられました。彼女は、家族と喧嘩をして落ち込んでいると答えておりました。アンネリーゼ様は、忘れ物が原因でまた喧嘩になると可哀想だから届ける、と仰いました」

「忘れ物ってなんだ?」

「ここ一週間分の支払いです」


 それは持って帰らないと怒られそうだ。

 ザーラはうわの空で忘れ物をし、トボトボと歩いているであろう彼女をアンが追いかけたということらしい。


 だとしても、忘れ物はアンのせいではない。気にする必要はないと思うけれど、気にしてしまうのがアンの性分なのだろう。


 待っていればそのうちにアンは戻ってくるだろうか。

 そう考えたけれど、アンはこの辺りの地理に詳しくはないはずだ。ちゃんとザーラに追いつけたのかもわからない。


 そもそも若い娘なのだから、一人で外にいるのはよくないかもしれない。


「…………」


 追いかけた方がいいのだろうか。

 もしアンに何かあったら、ライエ名誉教授にどう言い訳すればいいのかわからないから。




 ディオニスは、長距離を飛ぶのではなく、中距離を点線のように短縮しながら進むことにした。ザーラがどこから来ているのか知らないのだ。多分、近くの農村か町かのどちらかだろうけれど。


 アンとザーラは魔力をほとんど持たないので、魔力を頼りに探すのは難しい。それでも、女の足で一時間ほど歩いているのだ。ザーラに忘れ物を届けての帰り道ならば案外近くにいるかもしれないし、どうだろう。


 パッ、と瞬間移動を続けて地面に一度足をつけると、怒鳴り声が聞こえてきた。

 野太い男の声だ。

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