最後の仕事
レイチェルはフゥッとため息をついた。目の前の六人の若者たちの無惨な身体の傷は、綺麗に治った。彼らはまるで酒に酔って眠っているだけのようにおだやかな表情をしていた。
本来ならば被害者たちの死亡原因になる傷を治す事など、警察の捜査妨害でしかない。だが犯人である殺人鬼の猿男は、レイチェルたちにより燃やされて灰になっている。つまりジネットたちを殺した犯人は永遠に捕まらないのだ。
それならばジネットたちの家族に、傷の無い綺麗な顔でお別れをさせてあげたかった。これはレイチェルたちのエゴに他ならない。だがキティの行動は、きっとジネットの家族を慰める事になるはずだ。
「キティ、お疲れ様。アレックスのところに戻ろう」
「うん、」
キティは疲れた顔をあげた。レイチェルから見てもキティの疲労は大きかった。無理もない、七人の人々にずっと能力を使い続けていたのだ。早くキティを休ませなければ。
レイチェルは室内をぐるりと見回した。所々にキティの小さな靴跡と、レイチェルの運動靴の靴跡が血でスタンプされている。レイチェルはキティにそのまま動かないでど言ってから、その場に落ちていたタオルに念動力をかけて、床の靴跡を消した。
次にキティに念動力をかけて、自分の側まで飛んで来させると、彼女の小さな身体を抱き上げた。キティはぐったりとレイチェルの首に抱きついた。
レイチェルは自身にも念動力をかけてフワリと飛び上がった。これならば不必要に床に足跡をつける事はないだろう。
レイチェルがキティを抱いてロッジの外に出ると、外は明るくなっていた。夜明けだ。
ワゴン車の炎は大分おだやかになり、ブスブスと細い黒煙をあげている。
レイチェルがジネットを見ると、彼女の身体には、アレックスのジャケットがかけられていた。
ジネットはもう暑さも寒さも感じる事はない。地面に寝かされているジネットが寒そうだなどと、生者の傲慢な感傷にすぎない。
レイチェルがショットガンを構えたアレックスに視線を向けると、彼女は苦笑を浮かべた。
自己満足でしかないのだが、レイチェルは感傷的なアレックスを好ましいと思った。
アレックスは血まみれのレイチェルとキティを見て言った。
「キティ、レイチェル、お疲れ様。車で着替えてきて?着ていた服と靴はすべて燃やすからポリ袋に入れておいて?」
レイチェルはキティを抱っこしたままうなずいてから、ジープに向かった。ジープには替えの洋服や毛布、食料が備蓄されている。
レイチェルもキティも猿男の攻撃を受けて全身血まみれだ。レイチェルは誰もいないのをいい事に、破れたシャツも下着もジーンズもすべて脱いで素っ裸になった。
もう帰るだけなので下着もつけずに新しいシャツとジーンズを着る。運動靴も替えて横を見ると、キティがシャツを脱げずにバタバタしている。
キティは猿男に首を斬られてしまったので、首周りが血まみれになってしまった。きっとその血が固まってしまい、脱げないのだろう。
レイチェルはキティのシャツを無理矢理引っ張って脱がせる。バリバリと乾いた血の音がする。
レイチェルはキティにトレーナーとズボンを着せて抱き上げた。血で赤くそまった靴は脱がせる。キティをジープの後部座席に寝かせ、毛布をかける。
「キティ、おやすみ。いい夢を」
レイチェルはキティの所々血が固まってくっついている髪にお休みのキスをした。キティは小さくンッと返事をしてスースーと寝息をたて出した。
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