レイチェルの落胆

 帰りのアレックスの車の中で、レイチェルはひどく落ち込んでいた。せっかくアレックスとキティがレイチェルを特訓してくれたのに、怖くて何もできなかったからだ。


 助手席に座るレイチェルに、運転席のアレックスは明るい声で言った。


「レイチェル。気にしないで?誰だって最初はあんなものよ?」


 後部座席にいたキティが、運転席に顔を乗り出して言う。


「そうだよレイチェル。あたしだって最初は泣き出しちったんだから」

「そうだったわね。そしたらいんねんつけてきた男たちが途端にキティをあやしだして。私見てて笑っちゃったわ」


 アレックスも思い出したのか、ケラケラ笑った。レイチェルは不思議そうにたずねた。


「今日みたいな男たちが、キティをなぐさめてくれたの?」

「ええ、そうよ。夜中にキティ連れて歩いていたら、ガラの悪い男たちがやって来て、私を暗がりに連れて行こうとしたの。だけどキティがいるのに気づいて、男たちはキティを置いて行こうとしたんだけど、キティが泣いちゃったから、男たちはそのままどこかに行っちゃったわ」

「その人たち、そんなに悪い人たちじゃなかったのね」

「ええ、そうよ。今日みたいに、小さなキティを傷つけようとする人間のクズもいれば、子供がいると乱暴できない奴もいる」


 ちょうど信号につかまり、アレックスは車を停車させると、助手席のレイチェルを見て言った。


「レイチェル、私たちは人殺しじゃない。悪い奴だからといって殺す事はしない。だけどね、自分の強さを鼻にかけて、他人に暴力を振るう連中には、暴力で教えてやらなきゃいけない時もあるのよ」


 レイチェルはだまってアレックスの話しを聞いている。信号が青になり、アレックスは車を発車させた。正面を見ながらも、アレックスの話しは続く。


「レイチェルが他人と戦う事ができないのは、相手がケガをしたら可哀想だと思う気持ちがあるからよ。自分がされて嫌な事を想像できるから、相手にもしたくないの。だけど世の中には相手の気持ちを想像できない奴らもいる。今日のような連中ね」

「今日の奴らは相手の気持ちを考える事ができないの?」

「ええ。小さなキティを傷つけてもいいと考えているし、綺麗なレイチェルに乱暴してもいいって考えているような奴らよ。そういう奴らはきっとこれまでにも同じような事をしてきて、何の咎めも受けなかったし、良心のかしゃくもなかったの。だけど、今日キティとレイチェルに絶対的な暴力を見せつけられて、恐怖を感じたと思うわ。そして、これまで自分たちが他人にしてきた事をかえりみることができれば、奴らは違った道を歩む事ができるようになるかもしれない」

「違った道?」

「ええ。暴力を使って弱い者を従えて、自分が強くなったと勘違いしている奴らが、他人の気持ちを考えるきっかけになるかもしれない。レイチェル、悪い奴らにこぶしを向ける事を恐れないで。レイチェルは彼らが変わるきっかけを作るのよ」


 レイチェルはアレックスの言葉を、心の中でかみしめていた。後部座席でずっとアレックスの話しを聞いていたキティが元気よく言った。


「レイチェル、安心して?もしレイチェルが悪い奴らにケガさせちゃったら、あたしが治してあげる」

「ありがとう、キティ。頼りにしているわ?」


 レイチェルの言葉に、キティは照れ臭さそうにえへへと笑った。つられてレイチェルも笑う。


 レイチェルは一人じゃない。頼もしい仲間がいるのだ。




 

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