能力の訓練3

 レイチェルが訓練の日課にも慣れてきたある日、アレックスがキティに聞いた。


「ねぇ、キティ。レイチェルの仕上がりはどう?」

「いい感じだよ。銃の命中率だって、十回に一回くらいは当たるようになってるし」


 アレックスはうんうんと一人うなずいてから宣言した。


「じゃあ今夜、レイチェルの実地訓練をしましょう」

「実地訓練?」


 レイチェルが不安げにアレックスにたずねると、彼女は笑顔で答えた。度胸試しみたいなものだ、と。


 レイチェルたちは夕食を食べ、休けいした後、アレックスの車で街にくり出した。


 車をパーキングに停めると、時間は夜十時を過ぎていた。アレックスは目的地があるようで、キティの手を引きながらズンズン歩いて行く。レイチェルは何も知らされていないので、仕方なくアレックスたちの後ろをついて行く。


 ストリートを進むうちに、どんどんと治安が悪くなっていくのがわかる。客をつかまえようと街角に立つ夜の女性。泥酔してヨロヨロと歩く中年男。


 レイチェルたちは若い娘たちなので、男たちからいやらしい好奇の目で見られていた。レイチェルは気味悪くて身震いしながら足を早めた。


「よぉ、お姉ちゃんたち。そんなに急いでどこ行くんだよ?」


 レイチェルはギクリと身体を震わせた。前を行くアレックスたちの行くてをふさぐように、ガラの悪い五人の男たちが立っていた。


 年齢は若そうだ。きっとレイチェルより少し上くらいだろう。アレックスは低い声で言った。


「邪魔よ、どいてくれる?」


 アレックスの手厳しい言葉に五人の男たちはにわかに怒り出した。ブルブルと震えているレイチェルの肩に、男が無遠慮に手を置いて抱き込んだ。


「おお、いい女だ。俺たちと一緒に来いよ」


 ガタガタ震えて声が出せないレイチェルの前に、いつの間にかアレックスのとなりにいたキティが立っていた。


「おい、汚い手でレイチェルに触るな」

「はぁ?なんだクソガキ。俺はこの姉ちゃんに用があんだよ。どっか行け!」


 レイチェルを抱き込んでいた男は、レイチェルから離れると、ポケットから折りたたみ式のナイフを取り出し、キティの顔に刃を向けた。


「あんまり生意気な事言ってると、そのゆで卵みたいなツルツルの顔、切り刻んじゃうよ?」


 男はニヤニヤ笑いながら、キティの目の前でナイフをひらひらさせた。レイチェルは、早くキティの側に行って、彼女を守らなければと考えるのだが、恐怖で身体が動かなかった。


 助けを求めるようにアレックスをみるが、アレックスは四人の男たちに囲まれて動けないようだ。


 最初に動いたのはキティだった。キティは目の前に向けられたナイフを持つ男の手に、蹴りをいれた。キティのつま先が見事男の手に当たり、男の手からナイフがポーンと飛んだ。


 男の視線がナイフを追っている時、キティは素早い動きで男の右手を掴むと、小指を思いっきり折り曲げた。


 パキッと枯れ木の折れる音がしたかと思うと、男の汚い悲鳴が聞こえた。


「ぎゃああ!」


 男は小指を折られた痛みに膝をつく。キティは全く表情を変えずに、男の髪を両手でむんずと掴み、顔面に膝蹴りを入れた。男は派手に鼻血を出して仰向けに倒れた。


 キティは何事も無かったようにスタスタと歩いて、落ちているナイフを拾ってくると、男の胸に足を置いて押さえつけながら言った。


「お兄さん。さっきあたしの顔を切り刻んでやるって言ったわよね?誰かにしようとする事は、自分がされてもいいって事だよね?あたしがお兄さんの顔をズタズタに切り刻んでもいいって事でしょ?」


 男は顔面血だらけになりながらヒィヒィと泣いていた。レイチェルはキティを止めなければと思うのだが、まるで身体凍りついてしまったように動かない。


 キティはいう事を聞かない小さな子供を相手にしているように、年上ぶった声で言った。


「泣いてちゃわからないわ?お兄さん。あたしはお兄さんの顔を切り刻んでいいのよね?」

「ヒィ!や、やめてくれ。許してくれ!」

「あら、自分がされて嫌な事をしてはいけないって、学校の先生に習わなかった?」

「わかった!これから自分がされて嫌な事は絶対にしない!だから、助けてくれ!」


 男は小さなキティに泣きながら謝罪した。アレックスを取り囲んでいた男たちは、仲間の異変に気づき叫んだ。


「何やってんだ!クソガキ!」


 二人の男たちはキティに駆け寄ろうとし、もう一人の男はレイチェルに向かって走って来た。


 レイチェルは小さく悲鳴をあげた。

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