能力の訓練2

 レイチェルはとっさに念じた。目の前で浮いているナイフに、アレックスがナイフを投げるのを止めろ、と。


 目の前のナイフはクルンと向きを変えると、アレックスが振り上げた右手めがけて飛んで行った、かに思えた。


 レイチェルはキャアッと悲鳴をあげた。レイチェルが能力で投げ返したナイフは、アレックスではなく、横にいたキティに向かって行ってしまった。これではキティにナイフが当たってしまう。


 レイチェルはナイフを止めようとしたが、焦っているためか、コントロールできなかった。


 レイチェルは最悪の事態を予想したが、そうはならなかった。アレックスは左手を、キティの顔面に刺さろうとしていたナイフの前に出した。速度のついたナイフはアレックスの左手のひらをかんつうして止まった。


 アレックスの左手は血まみれで、ぼたぼたと鮮血がしたたり落ちている。レイチェルはアレックスたちに駆け寄った。


「アレックス!大丈夫?!」


 アレックスは左手から大量出血しているというのに、笑顔で答えた。


「ええ、大丈夫よ。レイチェル、能力で攻撃できるようになったわね?今の感覚を忘れないでね?」


 アレックスは笑顔のまま、左手に刺さったナイフを無造作に引き抜いた。横にいたキティは、表情を変えずにアレックスの左手に触れる。


 アレックスの傷口は一瞬で治ってしまった。レイチェルはほうっと安堵のため息をついた。


「さぁ、暗くなってきたし今日はもう帰りましょう」


 レイチェルは全身の力が抜けてその場にくずおれそうになった。それだけ身体が疲労していた。笑顔のアレックスは恐ろしい事を言った。


「レイチェル、心配しないで?これから毎日訓練するから。きっと上手になるわ?」


 これから毎日。この訓練が続く。レイチェルは卒倒しそうになった。


 レイチェルが恐れていた特訓は、レイチェルに心の平安をもたらした。レイチェルの一日は、朝目覚めるとキティと一緒にストレッチと筋肉トレーニングをする。


 昼食後はアレックスの車に乗り、山奥で訓練が行われる。まずはキティの射撃訓練。その後はキティと体術の手合わせ。


 アレックスの仕事がひと段落すると、レイチェルの教師はアレックスに代わる。アレックスの特訓はキティよりもさらに厳しかった。


 レイチェルはアレックスに何度もぶん投げられて頭を打ち、意識を失った。その直後顔面に水をぶっかけられ訓練が続行される。


 日がくれる頃にはレイチェルは立っている事もままならないほど疲れていた。その結果、レイチェルは自分が体験した恐ろしい記憶を思い出す事をしなかった。殺人鬼の事も、親友の事も。


 レイチェルはただ、泥まみれになりながら身体を鍛え、空腹によりむさぼるように食事をし、夜は泥のように深く眠った。

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