殺人鬼から逃げ切ったら超能力が目覚めた件

おやすみのキス

　アレックスはぐっすり眠っているキティを抱き上げて言った。

「レイチェル。キティを寝かしつけてくるから、貴女シャワーを浴びて来なさい」

　アレックスの申し出をレイチェルは喜んだ。レイチェルは警察に保護され、病院で検査を受けている間に身体を拭いてもらったようだが、しっかりと身体を洗い流したかった。

　アレックスはレイチェルにタオルと着替えの場所を指示してから、キティに声をかけた。

「さぁ、キティ。起きて？歯磨きしておトイレに行かなきゃ」

「んん、やだぁ。もう寝るぅ」

「だぁめ。ココア二杯も飲んだんだから、このまま寝たらオネショして虫歯になるわよ？」

　キティはぶつぶつ文句を言いながらトイレに連行されて行った。アレックスとキティは、まるで仲の良い母子のようだった。レイチェルは無意識にうらやましいと思った。

　シャワーを浴びてさっぱりすると、アレックスが貸してくれたパジャマに着替えた。小柄なレイチェルがアレックスの服を着るとブカブカだ。

　レイチェルがリビングから戻ると、どうやらキティは寝たようで、アレックスだけがソファに座っていた。

「レイチェル、ちゃんとあったまった？」

「はい。シャワーをありがとう」

　アレックスはうなずいて立ち上がり、レイチェルの髪に軽く触れた。

「まだ濡れてる」

「大丈夫。すぐに乾くわ」

「だめよ。ソファに座って？」

　レイチェルはうながされるまま、アレックスにドライヤーをかけてもらった。レイチェルは自分でやると言ったのに、アレックスはいいからいいからと言って、楽しそうにレイチェルの髪を乾かしてくれた。

　レイチェルはまるで小さな子供になったように恥ずかしかった。

　アレックスは自分の部屋をレイチェルに貸してくれた。アレックスはキティと一緒に寝るというのだ。レイチェルは申し訳なくてソファで寝ると主張したが、しっかり休養を取らなければと、アレックスに押し切られた。

　レイチェルはアレックスのベッドに寝かされた。アレックスはベッドの端に座って言った。

「レイチェル、もし何かあったらすぐに私を呼んで？大丈夫、キティは一度寝たらカミナリが落ちても起きないわ」

　レイチェルは寝床まで提供してもらって、そこまで迷惑はかけられないと思ったが、ここでうなずかないとアレックスが承知しないと思いなおし、黙ってうなずいた。

　アレックスは美しい笑顔で笑うと、レイチェルのひたいに優しくキスをした。

「おやすみレイチェル」

「ちょっ、アレックス！私はもう小さな子供じゃないわ！」

「あら、ごめんなさい。キティにするいつものくせが出たみたい」

　アレックスは、顔を真っ赤にして抗議するレイチェルに笑って部屋を出て行った。

　レイチェルは顔の熱さがとれずにいた。おやすみのキスなど小さな頃以来だ。レイチェルがまだ小さい時、母はいつもしてくれたように思う。

　アレックスのくちびるは、柔らかくて温かかった。レイチェルは胸の奥がカァッと熱くなるのを感じた。

　レイチェルの頭の中はぐちゃぐちゃだった。殺人鬼に襲われた恐怖。親友を失った悲しみ。自分だけ生き残ってしまった罪悪感。婦人警官とアレックスの優しい体温。

　そのどれもがごちゃ混ぜになってレイチェルの頭の中をぐるぐる回っていた。レイチェルの頭の中は許容量を超えてしまったのだ。

　そのはけ口は涙だった。レイチェルはシクシクと泣き出した。やがておえつになり、となりに寝ているであろうアレックスとキティを起こさないか心配で、レイチェルはおえつがもれないように、自分の口をふさぎながら泣いた。

　レイチェルは泣き疲れると、緊張の糸がプツンと切れたように深い眠りについた。