レイチェルの告白４
最初はリンダたちの冗談だと思っていた。それだけおかしな状況だったからだ。辺りは一面血の海だった。血の海の上に、マイケルが仰向けになって倒れている。お腹からはドクドクと血が流れている。その横でリンダとバーバラがうつ伏せに倒れていた。二人とも長い髪の毛を振り乱していた。バーバラなどは、足が変な方向に曲がっていた。
これはレイチェルとエイミーを驚かすためにリンダたちが仕掛けたいたずらなのだ。レイチェルはそう思おうとした。だが、生臭い血の匂いがこれは冗談なんかではないと示している。
一番おかしな事は、羊のゴム製の仮面を被った大男が、ダンと揉み合っている事だ。
レイチェルは最初、羊の仮面をつけた男がジェフだと思っていた。レイチェルの視界からはジェフが確認できなかったからだ。
ダンはその場に立ちつくしているレイチェルとエイミーに叫んだ。
「レイチェル！エイミー！逃げろ！警察を呼んでこい！」
ダンはニメートール近い大男だ。そのダンが羊男に押されている。羊男の手にはキラリと光るサバイバルナイフが握られていた。これはレイチェルたちを怖がらせる冗談なんかじゃない。そこまで思考が追いついた途端、レイチェルは腹の底から悲鳴をあげた。
「キャアァ！」
羊男はゆっくりとレイチェルに振り向いた。レイチェルはさらに大きく叫んだ。エイミーがレイチェルの手を引っ張って駆け出した。レイチェルは身体中が震えて、何度も転びそうになった。
エイミーはレイチェルに振り返り、レイチェルを安心させるような笑顔で言った。
「レイチェル！ダンの言う通りよ！まずは逃げなきゃ！」
「う、うん」
レイチェルはエイミーに引っ張っられ、リビングから飛び出した。目指すは正面玄関だ。背後ではダンの絶叫が聞こえる。レイチェルは耳をふさぎたい気持ちに駆られながら走り続けた。
レイチェルはこの大混乱の中、ある事を不思議に思った。エイミーはどちらかというと、怖がりな女の子だ。大きな物音がしたといっては、レイチェルに怖いとすり寄って来ていた。それが今は、震えて動けないでいるレイチェルを引っ張って、率先して逃げようとしている。
突然エイミーが止まった。レイチェルはハァハァと息をしながらたずねた。
「ど、どうしたの？エイミー」
「あいつが正面玄関の方に行こうとしている。裏口から逃げよう！」
エイミーはレイチェルの手を掴んだまま、きびすを返して走り出した。このロッジは変わった作りをしていて、大きなリビングをぐるりと囲むように廊下があり、その両向かいに個室の部屋があり、前後に正面玄関と裏口があるのだ。リビングから廊下に向かうドアは三つあり、レイチェルたちは正面玄関に近い出口から逃げたのだ。
どうやら羊男は、別なドアから出て、レイチェルたちの目の前に現れようとしているようだ。レイチェルは何故エイミーがその事に気づいたのか疑問に思ったが、走る事に一生懸命で質問できなかった。
あともう少しで裏口につこうという時、羊男の嬌声が廊下に響き渡った。レイチェルが恐々と後ろを振り向くと、そこには今にもレイチェルにナイフを振り下ろそうとしている羊男の姿があった。
レイチェルはとっさに理解した。自分はここで死んでしまうんだ。どうか、前を走るエイミーだけでも助かりますように。レイチェルはそう考えてから目をギュッとつむった。
だがナイフに刺される痛みはおとずれず、何かに押された気がした。
エイミーに押されたのだと気づいて目を開くと、目の前にうつ伏せになったエイミーと、エイミーの背中から深々と刺したナイフを抜こうとしている羊男がいた。
「エイミー！」
レイチェルが羊男に突進しようとすると、エイミーがジッとレイチェルを見て言った。
「走って、」
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