アレックスの家族

 レイチェルはようやく涙が止まった頃、アレックスの豊かな胸に顔をすり付けている事に気づいた。レイチェルは急に恥ずかしくなってアレックスから離れた。アレックスは優しい表情で、もう大丈夫なの?と、問いかけているようだ。


 レイチェルは照れた顔を隠すように、そっぽを向いて、もう大丈夫だと答えた。アレックスは笑ってうなずいてから言った。


「さぁ、じゃあ私の家に行きましょう。きっと家の子猫が寂しがっているわ」

「えっ?!子猫がいるの?!」

「ええ。仲良くしてくれるかしら?レイチェル」


 レイチェルはコクコクと何度もうなずいた。レイチェルは動物が大好きだ。だが孤児のため、施設暮らしが長く、動物を飼う事はできなかった。


 到着したのは短期滞在用のアパートメントだった。アレックスは一月ごとに住む場所を変えているようだ。アレックスは部屋のカギを開けながら、室内に声をかけた。


「キティ。ただいま」


 すると真っ暗な室内から何かが飛び出してきて、アレックスにしがみついた。レイチェルは驚いて、アレックスにしがみついているモノを見つめた。


 それは女の子だった。黒いセミロングのきゃしゃな女の子、女の子はぐずりながらアレックスにうらみ事を言った。


「アレックス、遅い!あたし怖かったんだからぁ」


 最後は甘えたような声になる。アレックスは慈愛のこもった笑みを浮かべ、少女を抱きなおして言った。


「ごめんね、キティ。いい子にしてて偉いわ」


 アレックスにほめられた少女は、嬉しいそうに彼女の首すじに抱きついた。少女の視線がレイチェルに当たる。少女は驚いたような表情をした。レイチェルは自分が何者なのか説明をしなければと思い、しどろもどろになりながら口を開こうとすると、アレックスがすかさず説明してくれた。


「キティ。レイチェルよ?私たちの新しい仲間」

「レイチェル?」


 少女は大きな黒い瞳を見開いてレイチェルを見てから、はにかんだ笑顔を浮かべた。その笑顔の可愛いさときたら、レイチェルは天使に微笑まれたかのような錯覚を覚えた。


 アレックスは少女を片手でひょいと抱き上げてから、レイチェルを部屋に招き入れてくれた。


 アレックスが部屋の電気をつけると、ソファとテーブル、備え付けのチェストというシンプルな部屋だった。アレックスはレイチェルにソファに座るように言ってから、少女に声をかけた。


「キティ。夕食は?」

「マイクロウェーブのグラタン食べた」

「そう。レイチェル、ご飯食べれる?」


 レイチェルはフルフルと首を振った。警察に保護されてから、定期的に軽食を支給されたが、食べ物がのどを通らなかった。


 アレックスはレイチェルの状態を見てから、ココアを淹れようと言ってくれた。少女はマシュマロも入れてと騒いでいる。


 レイチェルの目の前に、白い湯気をたてたココアのマグカップが置かれた。レイチェルは湯気を見ながら、取調室で出してもらったコーヒーに一口も手をつけていなかった事を思い出した。


 レイチェルは、優しい婦人警官に悪い事したなと考えていると、ふうふうとココアに息を吹きかけて、美味しそうにココアを飲んでいた少女がレイチェルを見て言った。


「レイチェル、ココア冷めちゃうよ?」



 レイチェルはぼんやりしていて小さな子に心配されてしまったのだ。レイチェルは慌ててうなずいて言った。


「ええ、そうね。キティって可愛い名前ね?愛称なの?」

「うん。あたしキャサリンっていうの。皆はあたしの事キティって呼ぶわ」

「そうなの。なら私もキティって呼んでいい?」

「うん。いいよ」

「ありがとう、よろしくね?キティ」


 それで子猫か。レイチェルはアレックスにだまされた事を怒ってはいなかった。なぜならキティはとてもチャーミングな少女だったからだ。


 黒いくせっ毛の髪、黒くて大きな瞳。キティは本当に猫のような愛くるしさだった。


 レイチェルは動物好きだが小さな子供も大好きだ。いずれキティの事も抱っこして可愛がりたいと考えてしまう。

 

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