四 |鯤鯓《クジラ》

「儂はなぜおみゃを選んだか分かるか?孫七郎?」

壮大な城は波と岬の丘陵にそびえ立っている。ここは玄界灘を越えて海に出られる位置にある。三重の曲輪に山里の曲輪を有する城は豪華絢爛にして、華麗を尽くした本丸御殿と五重七階の天守が最奥に鎮座していた。

ここから海への眺めは最高であるが、今は物々しい雰囲気が城の回りに漂っている。それは、周りには各大名の陣所があり、玄界灘の海にも夥しい軍船が浮いている。

そもそも、この城は一年経たぬうちに、『唐入り』のために築城した城である。この地もこの一年の間に、なにもない荒地から、兵士、大名、大工、商人たちが集まり、大阪、洛中に匹敵する大都市になった。

だが、そんなことより、原田孫七郎はこれらの『改造』すべてを驚き、ただただ驚嘆したばかりであった。なにもない土地で、このような繁栄していくのは、魔術でも出来ない技だ。

この魔術の使い手、御殿の上段に座ったあの人も、金唐草牡丹の胴服と真っ赤な小袖を着て、金色な唐冠を被った。装束から身まで、今キラキラして後光でも放っているようだ。

背が低い、顔が不細工なこの人は、日ノ本全体を一統させ、あらゆる公卿諸侯を平伏させるお方だ。

「それは……私如き商人は存じようもございませぬ」

「はははは、遠慮せんでええ!」

太閤たいこう、豊臣朝臣羽柴秀吉は大音声で朗々と笑った。

「教えてやろう、おみょうが面白いからじゃ」

「お……面白い?」

「そう、おみょは喜右衛門より、好奇心があり、海外情勢にも詳しい。なにより、身分は下。」

下って……地位が低いってことか?さすが相手が従一位太政大臣前関白でも孫七郎はちょっと怒った。

「いえいえ、そういう意味じゃにゃあ」

その孫七郎の怒気を鋭く感じたからか、秀吉が言う。

「おみょは儂と似ている、商人の部下は出世の欲望がおり、上へ登る力があるから。今回の使者は命の危険がある危ない使い故、おみゃみたいなどんどん上へ行きたい者が適任と思うのじゃ」

そばにいる小姓は軸に金と玉石を飾り、絹で巻く巻物を持ってきた。

「原田孫七郎、高山国、呂宋への使いとして、それらの国々はこの秀吉の膝元に拝服させよう。それを出来るなら、褒美でも何でもくれで進ぜよ。」

おみゃ、この秀吉出世頭になれるやもしれぬぞ。秀吉の皺ばかりの顔に綻びた。

この上ない褒め言葉がありません。あの頃の孫七郎はそう思っている。

「このような大役を頂き、ありがたき幸せ奉りまする!この原田孫七郎、必ず、必ず、使者の役目を死力で果たして見せる!」

名護屋城の屋根に被る金箔瓦も、孫七郎の旅に祝うように光っている。

あの頃は、孫七郎の人生の中で一番印象が鮮烈な日だった。

もう十六年前の事だった。


「そうか……行方くらましたと聞いたが、まさかここにおるとはなぁ、ガスパル殿」

「そうか……私がここに流した間に、殿下もう鬼籍に入り、そしてあんなことを……」

日ノ本から出る前の孫七郎は恰幅が良い、面が赤い若者だが、今は大変痩せて、髪も伸び、髭も蓄えている中年男性になってしまった。彼は鶉色染めの小袖と袴を着て、腰には刀を差している。もし首にぶら下がる銭で作ったロザリオで彼を商人と切支丹と思わないなら、あの顔と風体は武士ともっと近いと思われる。

孫七郎はここの住民たちの間に名高いらしい、あの戦に鉄砲を放し、名乗ったと、新港の人達はすぐ彼の仲裁を受け入れ、大肚の人たちも、前日晴信たちのやり取りがあって、有馬殿が信じる人なら……と、渋々と水争いの仲裁を受け入れてしまった。

仲裁を一段落した後、晴信一行は孫七郎を連れて、屋根が茅葺の家に入った。

ここは今私の家です。と孫七郎はこの壁が竹で作り、もし都にいる茶人が見ると多分これを「侘び」と呼ばれる茶室に向かってそう言いました。

「だが、あんなことは実は滅多にやらないよ、あれを見たか?」

「ああ」

合戦を終わった大肚と新港の人々はそれぞれ敵の首を取ったと、互いに礼を行い、普段の隣人のように話し合っていた。孫七郎の言うことによると、一日過ぎると、一緒に酒を飲んで、宴をする人もいるらしい。

「あれは風習の一つです。互いに諍いがある時すわ殺し合いをして、相手の首を取るが、これで争い御仕舞!と、ここの解決手段の一つでございます」

最初私も驚くばかりが、有馬殿達武士もそうやってきたと考えると納得できます。今はあのような合戦以外、小競り合いはあまり気にしません。と孫七郎を言った。

「……」

晴信は何か言い返しようが、口は突然何も話せなくなった。諍いある時に殺し合いして、もし和睦なら一緒に酒を飲んで手を組み、あるいは次に戦う機会を待つのは、間もなく前の我々ではないか?とそう思うと、晴信は李旦や自分を「蕃」と呼ばれる人の間に妙な親近感が湧いてくる。

「それより、有馬様、どうしてこのような場所にいらっしゃるのか?」

「それはなぁ……」

晴信はここに至る経緯、自分は領地拡大を目指すために海外貿易をしようと、前人未踏の国高山国へ商いをすると幕府へ許しを得て、李旦と会い、ユイラ―と遭遇して、ペソアと戦い後少人数で南下、大肚という国へ辿り着き、そして合戦まで参加したというあらましを孫七郎へ話した。

「異教徒の出来事ばかりで、俄かに信じ難いだろう?」

「いえ、信じまする」

だって私もそう来ました。この島はこのような奇妙な土地だ。と孫七郎を言った。

「苦労しましたなぁ、ユイラ―」

「いえ、師匠とようやく会いまして、嬉しいです」

孫七郎の労いに、ユイラ―は礼儀正しく頭を下げました。

「君は外の世界を見たいであろう、遠い道を回したが、願いを叶って良かったじゃないか?それに……」

孫七郎は交互にユイラ―と晴信の顔を見回していた。

「良い男と出会ったじゃないか?」

晴信への妙な視線を感じてしまったのか?からかう気味を含めで孫七郎を言った。

それを聞くとユイラ―の顔は瞬間茹蛸の如く赤くなった。

「そ、それは……」

話は終わっていないところ、ユイラ―は恥ずかしく家の外へ走り出した。

「ほほ」

山田長政は意味深の笑顔を表した。ミゲルは複雑な表情を出て、角兵衛は逆に微笑した。

「どういうことか?ユイラ―殿は」

「とぼけるな、」

晴信への疑問に、孫七郎はそう言い返した。ユイラ―も年頃の少女になったのじゃ。と心に思っている。

「生娘はさておき、原田殿」

その時、角兵衛はそう言った。

「我々の来意について、名高き原田殿はこの社の主に、我々を取り次ぎいただけるでしょうか?」

それを聞くと、孫七郎は明らかに、神妙な顔が出てきた。

「なにが不都合でも?」

ただの一瞬だが、晴信は長く付き合った肥前の商人の表情を見逃していなかった。

「いえ、あい分かった」

私が社の長老を連絡して、うぬらと取次。だが、と孫七郎を言った。

「今日は色々あって、新港へお運びなられたので、まずはゆっくり休め。明日は公廨へ行くとしよう」

公廨は何?と晴信を聞きたいところに、一人の女性は十歳ほどの子供を連れて、頭に青い布を被りながら家に入りました。

「あら、お客様?」

「サァウン、家に待っていると言ったじゃないか?」

孫七郎は柔和の声で彼女へそう言った。

「だってお前様は戦場へ行ったと聞いて……」

「まぁまぁ」

孫七郎は女を宥めながら言う。

「妻のサァウン、そして息子の八郎じゃ」

「妻を儲けたのか?」

「私はなぁ、殿下の命を受けて海に出た」

あの時の殿下は輝いている。まるで仏様のように後光でも放ったお方。真の天下様はあのようなお方しかない。私はこのお方なら命でも捨てられる。

だが、命を捨てるより、もっと怖いのは、務めが果たせないこと。

国書を持って命をかけてこの高山国へ行った挙句、私はこの国に国書を読める国は一つも見つからなかった。

「一つも!?」

「そう、そもそもこっちは漢字など使っていない」

務めは果たせず、私はこのまま殿下を報告して死のうと思ったが、その時、呂宋助左衛門殿が現れた。

「アンドレア殿も助左殿の名を話ました……」

呂宋助左衛門殿はルソンを拠点にしたが、この高山国にも跨って貿易をしている。

武家なぞのために死ぬと思うなどもったいない、本当に殿下を敬愛するなら、こっちに暮らせ。生きれば、いつかまた御奉公の機会が来るだろう。わしが手配する。助左殿はそう言ったから本当に私のために色々をやりました。

最初に慣れていなかったが、人間は奇妙な生き物だ。ここの人と交流すると、私は段々ここに暮らすのも良いと思い始めた。

「ここの人は時計や暦などないから、どこくらい時間が経ったがもう分からない時、私は妻を取り、子も儲けた……」

日が暮れるまで、晴信一行は孫七郎の壮絶な人生を聞いていた。


「それで、私は今助左殿を助けて、日本のものや人をここへ運び、ここにあるものを南蛮物として日本へ取引することをやっている。」

夜、晴信一行は孫七郎の家におもてなしを受けましたが、そこに出したのは豆を入る味噌汁、麦めしと焼魚で、完全に日ノ本の味である。

「明日からは妙な味を味わうぞ~」

だが、料理を作った孫七郎本人は変な笑顔で意味深のこんな言葉を言ったのは、少し気になるが……

「奥方様は作りませんか?」

「サァウンはこの家に住んでいないからなぁ」

別居?と長政の頭に疑問が出たか?晴信に止められた。

きっと深い事情がおるだろう。皆はそう思っている。

「懐かしい味じゃ」

晴信は味噌汁を啜りながら言った。この島に上げたからもう一か月くらい、芋や妙な米を食べてからここに来たが、まさかこの島の南にこんな本場の日ノ本料理を味わえる。

「うまい!これ美味いよ!」

「おい、仁左、大声で食うな」

長政は豪快で食べているが、角兵衛は粛々と食べつつ、顔はにやけている。

「ヱホバはわが霊魂をいかし名のゆえをもて我をただしき、路にみちびき給ふ、たとひわれ死のかげの谷をあゆむとも禍害をおそれじ、なんぢ我とともに在せばなり、なんぢの笞なんぢの杖われを慰む……」

ミゲルは膳台前に丁寧に聖書を朗誦している。切支丹の習慣はまだ抜いていないなぁ。

「やぁやぁ、どんどん食べて。私は昔は料理をしたことがない、この島は流れてきた助左殿と後にここに来た人たちに色々教えてくれたからゆえの」

「後にここに来た人?」

ここはまた他の日ノ本の人間がいるのか?晴信の眉が上がった。

「ええ、少ないけどいるよ、商売に来た人、助左殿に連れて来た人、ここに来た人たちは色な『訳』がおるのよ」

「不審な者たちはおらぬのか?」

「さぁ、どうだろう?」

孫七郎の言葉はあやふやになった。だが、彼の顔は曇ってきたと、晴信は見えてきた。

「ここに来た日ノ本の人たちはすべて本朝からのはぐれ者です故、不審なら全員不審と言えるでしょう?皆はここに来て穏やかな商売や生活したいと思うので、私は彼らの素性を漏らすつもりはない」

「穏やか、のう……」

「アンドレア殿と会いましたねぇ?あいつはこの高山国は世のはぐれ者の居場所だと申しました。私も彼と同感です」

「そのアンドレア殿も、この島には強い国ではないと守られぬ、儂をこの高山国の物主と申し上げたぞ。」

「それは、それは……めでたきことを」

口にそう言っても、孫七郎の声には喜びを感じません。

「だが、守るだの助けるのはいいが、自分の国は自分で守る方がいいじゃないか?」

「ガスパル殿はここに我が領になる気はないか?」

答えはない。しばらくの沈黙の後、

「ご馳走様でした、明日の取次は頼みます」

と、晴信は家の裏へ去った。

「原田殿、もっと太閤殿下のことを話してくれぬか?」

「おお、貴殿も殿下を憧れるのか?よっし、話そうか!」

扉一つを分けて長政の興奮の声と孫七郎の声が明るさを戻ったと聞こえた。その時、角兵衛も部屋の中に入った。

「殿、これは如何なる……事でございましょう?」

「原田孫七郎、いえ、この地に、何か裏がある……」

暗闇の中に、晴信はそう呟いだ。


翌日、晴信一行は孫七郎につれて、村の長に座る「公廨」へ向かった。

「皆さんは私たちが普通に見えるね」

大肚の時と大違いだなぁ。と長政は歩いながら言った。

「私という先例のおかげじゃろう。」

男は上半身皆裸体ですが、手と体に十字や魚みたいな刺青が入っている。女は申し訳ない程度の短衣を着て、下は草裙を回る。

「家には髑髏を飾っているよ!」

「物騒な飾り物じゃのう……」

四つの足を付ける木造の家には、数軒の門前はしぇれこうべを一つや二つを飾っている。

「あれは勇士の証じゃ。ここの人は戦を参戦すると、戦に取った首を家の前に飾ったこそ勇士の証明じゃ」

「武士みたいですねぇ」

長政はそういう風習は気に入ったそうです。

「家に入らなくても貴殿らにはいいことじゃ。ここの住人は、屍を埋葬することはなく、骸を火で焼き、乾燥した後、家族は屍と一緒に暮らして、後に家とともに地に戻り、その上にまた家を建つものよ」

吐き気が催すことだと、むしろ吐きそうと思う晴信だが、さすがに他人の土地にそう表を出るべきではないと思い、顔は平静に保っている。

「ははは、今吐きたいだろう?私も最初そう思ったが、後にはそうやるのはちゃんと意味があると分かった」

そのような問答している間に、一行はやや大きい茅葺屋根を持つ屋敷をたどり着いた。前の広場に長い竹を挿しているこの屋敷も竹で作って、屋根の両側は矢竹で作る竹刀七本を挿している、猛々しい雰囲気を醸している。

「ここはまた何か不思議な力を持っている者がおるまいなぁ?」

ミゲルは不安げに聞いていた。

「何?貴殿らは大肚に白昼の王様と会ったのか?私噂だけ聞いたけど、真であったか……」

孫七郎はそれを聞くとそれほど驚く様子がない。大肚の王様はそのような力があるのはもう秘密ではないのか?それども……

その時、屋敷から二人槍を持つ男が出て来て、「ガスパル殿?」と孫七郎へ短い挨拶したと、先住民語で彼と話した。

「どうぞお入りください。長老殿はもう待っています」

孫七郎が門を開いて晴信一行たちに入ってくれた。中に入ると広い空間を広げて、というよりほぼ何もない感じだった。右へ回ると骨みたいのものが立って晴信を驚いたが、もっと見つめているとあれは二本の槍に飾った獣骨、頭骨が何個を並んで、その下には角のような骨を傍に聳え立つものである。

「鹿骨か?」

「しかも下、」

その骨の下には台に立つ壺が鎮座している。

「壺?」

何も変哲もない、呂宋壺と少し似ている壺は御神体のように大事に台上に祀られている。壺の前には檳榔子と酒の盃を置き、神様への供品と見える。

「あれは我々の阿立祖アリィゾじゃ。」

「阿……何?」

振り返ると、そこには孫七郎と一人の老人が座っている。

老人は頭に鷹や鳶の羽と獣の牙を飾る冠を被り、上半身は全裸だが赤い錦の布を肩に被り、老人の彫りが深い顔と合わせて威厳が醸している。

「長老、理加じゃ」

老人は簡単な日本語を分かりそうです。短い言葉で自己紹介しました。

「今度長老殿と有馬様との間に取次を務めるガスパル原田でござる。そして……」

孫七郎の目線は長老の後ろを見つめた。

「ユイラ―?と……誰?」

ユイラ―は普段と違い、華麗な刺繡を施す白短衣を着て、頭に色な花を飾って、いつもより美しくなると思われる。だが、ユイラ―の後ろにまだもう一人の老婆がいる。その老婆は素朴な白衣を着て、皺ばかりの顔に目が瞑っている、手と口には変な形の刺青が入り、口の中に中の言葉を唸っている。

「盲目か?」

「あの婆さんは『尪姨』という、我が国の口寄せ巫女のような者じゃ」

「それはさきの『阿立祖』と関係あるのか?」

「ある」

孫七郎は晴信の言葉を理加へ伝えて、そして理加と知らない言葉を話し合っていた。あれはまだ大肚や北諸地域と違う言葉である。

この島は幾つかの言葉がおるのか?と晴信の心にそう思っている。

「阿立祖というのは祖霊様のことじゃ。ここの住民たちは、死んだご先祖様は極楽浄土や天国へ行かず、この現世に子孫を守っている。だから人が死んでも荼毘や埋葬をせず、干しあがった後に家とともに暮らしている訳じゃ」

なるほど、そう言われると確かに理解できる。

「あの壺は祖霊様の御霊が入っている。シラヤ(人間)は皆、壺を祖霊様と思い、祀っているじゃ」

「まさに偶像崇拝」

「だが、これから話を進むかどうかは、その偶像で決めるからじゃ」

晴信はその言葉を咀嚼している間に、孫七郎は「尪姨、始めよう」と言った。

「ううう……あああああ!!」

老婆は最初に知らない言葉を唸り、次は頭がゆっくり上下に頷いて、そしてその動きは激しくなり、手も体を叩いて、唸り声も鳴き声のようなものと変わり、その姿は晴信から見ると狂ったようだ。

「やぁ、や、や……あああ!!」

突然、老婆の枯枝と見える細腕は晴信の顔を掴んだ。

「殿!!」

「待て」

角兵衛は即座に立ち上がったが、晴信は微動もせず手を上げて、角兵衛を止めた。

「さすが大名、中々の豪胆じゃ」

老婆は晴信は凝視して、何かを観察している。目が見えないと思いますけど。

(儂の心、いえ、内側を見ているのか?)

晴信も老婆の顔を見つめていた。だが、老婆の顔はいきなりずれて、別の所へ向かった。

「ああ、ああ」

「え?え?俺?マジかよ?」

老婆の顔は山田長政へ向かって、止めた。

「何々?どういうこと?」

しばらくの沈黙の後、老婆は糸が断った傀儡のように突然首と手を垂れ、声もなくなって静かに後ろへ引き、理加と孫七郎へ何か話した。

「ほ、ほ……御殿、商船、乱闘、銅の灯籠、へぇ~私の時と違うじゃ」

孫七郎は尪姨の話を聞きながら意味不明の言葉を呟いた。

「銅の灯籠?儂はそんなものを持ってないよ」

「あ、尪姨の言葉は今のものではない、尪姨は祖霊の力があって」

過去も、現在も、未来も、そして魂さえも。

「それはすべてを見通すことが能える」

大肚の白昼の王もそうだが、この島の住民たちはそういう神秘の力を持つ人を重んじているのか?

「で、その見通す力で、儂はどう見るのか?」

孫七郎の顔は一瞬暗くなったが、すぐに戻って理加と少し話すと、

「合格じゃ」

と言って、「入れ」と門を開け、数人の若者が公廨に入った。

「ようこそ、有馬修理大夫晴信様。ここ公廨は、当地の住人の評定を行う場でございます」


大肚の白昼の王の言う通り、晴信たちは貢物の半分を新港社の人へ献上した。

「おおおお!」

金具が華麗な刀、竜と象の彫り物があしらう高山国に滅多に見えない鉄砲、鳩胸胴と栗頭形兜の南蛮具足など、その中に……

「これ茶葉か?」

孫七郎は錦の袋を開けてその中身を検分すると言った。

「はい、宇治の茶でござる」

「それは殊勝の心じゃ。この島は霧が多い小高い山がおるので、茶の栽培に似合う土地が多々おるが、茶がないので、この茶は後にこの地の特産品になるであろう。」

「さて、今回の用件である貿易ですが……」

「如何に、その前に大肚と何も?」

「それは……」

大肚の実質の支配者である白昼の王の母と約束した「戦で勝つ」なら貿易もできるという約定は、戦後の混乱で有耶無耶になってしまった。

「この高山国の鹿の皮、硫黄、サトウキビ、木材を日ノ本へ輸入すればきっと大きな利益を出せる。そして我々も先に献上したものを貴社へ送り、唐の商人とここに取引出来る。されば、この高山国は唐、日本、そして南蛮でも繋げる中継地になれると思いまする!」

だが、評定を参加する若者たちは檳榔や煙草を噛んたり、そのまま赤い汁を吐いたりなど、その話はあまり興味がないようです。

「悪くない話じゃ」

理加は孫七郎の通訳を聞くと頷いた。

「我々の願いを叶えて頂けますか?!」

晴信はそれを聞いて興奮した。

「皆は先受けても良いと言っている」

「待って、長老殿」

だが、その時、異見を唱えるのはなんと孫七郎であった。

「軽くそれを応じると危険がある」

嫌な予感があるなぁ。晴信の顔色は一つも変わりませんが、心にそう思っている。

「なぜでござろう?我々は十分の利益を出して、今回の提案も高山国にも日ノ本にも甘味があること、これも貴社のために受けるべきことと存じます。」

「お為ごかしの話はよしでくれ」

孫七郎は角兵衛の話を一蹴した。

「有馬様は旧領回復のためにこっちに来ただろう?」

「そのような事は、」

「私は何も知らないでもお思いか?しかも戦がなくなったため、貿易で天下様の機嫌を取ってそれを成し遂げろうとしている事」

孫七郎はそう言い放った。

「武士たる者は権力者に媚びることは恥ずかしくないのか!?皆の者、有馬様と貿易すれば、いつか軍船を来て、新港は焼き討ちされかねぬことになりますぞ!」

孫七郎の言葉で公廨の中に騒ぎ始めった。

「原田殿!」

本朝の人間なのに我を成すことを何と言うのか!?と角兵衛は激昂して立ち上がった。刀の柄に手でもかけた。

「ガスパル殿、我々はそのような野心を持つことを決してありません。」

だが、孫七郎はミゲルの弁護を受け入れなかった。

「有馬様はそれを保証出来るのか?いえ、保証しても、私は徳川めを信用出来ぬ!」

顔に怒りを表した孫七郎を見て、晴信は孫七郎を再会したから感じた不協調感をようやく分かる気がした。

「徳川様を……そのことはこの新港には何か不都合でも?」

不思議なことを、うずうずここはあってはならない人と見ってはいけないものがあるのに、晴信の心が落ち着いている。彼は角兵衛とミゲルを抑えながら孫七郎へ問った。

「昨日会った時もう気づいたが、ガスパル殿は我々に何か隠し事がおるか?」

「う……っ!」

孫七郎はしばらく考えたと、

「長老殿の娘を救ったから黙したいと思ったが……」

彼はユイラ―に見た。

「百聞は一見にしかず、長老殿、『ここへ来る必要ない』彼らにそれを見せて宜しいか?」

孫七郎は『ここへ来る必要ない』所に重く言ったので、この地に何かあると晴信は察しました。


「ここには半島に囲む内海がおる」

楠木と数本の幹が持つ榕、モクゲンジ、まだ葉を持つ、真っ赤な花を盛り咲くデイゴで、火で燃えている森を通る中、孫七郎はいきなり話始めった。リスは木々の梢の間に渡り、小鳥が楽しげににさえずっているが、晴信はそれを愛でる余裕も、気にする所さえない。

「内海には七つの島が浮いている。人々がこれを『鯤鯓コンシン』と呼び、つまりクジラの意味じゃ」

森を潜ったと、景色が一気に広がり、碧い海色を見えてきた。

「おお……」

晴信たちはここに見たのは、後世に「台江内海」と呼ばれる潟湖です。それは西の台湾海峡が台南の岸に、南の半島と西の大員島に囲まれて出来たものです。この大員島 タイオワンは後にこの島の最も栄えた町となり、「台湾 タイワン」の語源となる。

「美しいでござろう?」

「だが、ここに来て、美景を愛でるだけではないであろう?」

「いかにも」

孫七郎は指で海に浮かぶ、最も大きな島を指した。

「一鯤鯓の大員島へ行こう」


まさか島には集落がある。

しかももっと晴信たちに驚かせることは、集落の住民は日本語を話している。

「おお、原田殿!」

「久しぶりでございます!」

「珍しいなぁ、今日はユイラ―以外も連れがいるって」

中には子供がいる。

「おじさんはだれ?おなじヒノモトから来たひとですか?」

「儂は……」

晴信は名乗ろうと思ったが、孫七郎はそれを止めさせた。

「この人は、肥前から来た有馬屋という商人です」

「ひぜん?どこですか?ぬいはここにうまれて、ヒノモトはみたことはない」

急に気まずくなった。そこでミゲルが「それなら、おじさんと一緒に勉強しましょう?おじさんは日ノ本の地図が持っているから、教えてあげる」と言いながら子供を連れ去った。

「肥前か?儂は肥後から来たばい」

「私は備前よ」

「あたいは淡海から来たよ」

市に売買している人も、船で魚を取る人も、通りかかるのは棒売りする人も、この小村の人々それぞれ出身が違う事は、晴信は彼らに尋ね、それを聞くと、益々おかしいと思っている。

「うずうず気づいたが、それどういうことだ?」

島の果てにまで辿り着きそうなところに真っ先に声が上げたのは角兵衛である。

「原田殿、ここにいる者たちすべて、関ヶ原の合戦で敗れた石田側に付いた者ばかりではないか!?」

「ええ、左様で」

孫七郎の声は逆に冷静です。

「この日本町は、関ヶ原に破れた石田側の者たちを、一部は儂と助左殿に保護され、出来た町でござる」

「つまり!ここにいる人たちは合戦で敗れて」

「貴様!」

顔が急に輝いた長政の言葉を打ち切り、角兵衛は孫七郎の胸ぐらを掴んで怒鳴した。

「これは謀反ですぞ!」

「謀反?私はいつ、徳川大納言――今は前右府の大御所様か?――に忠義を尽くすと誓ったのか?謀反と言えば、平然に太閤殿下の恩を忘れ、ノコノコと徳川へ首を垂れる貴殿らではないか?そもそも日ノ本に残った石田方とて、新たな家に仕え新知で万石を賜り諸侯の座へ戻った者さえおるのですぞ」

孫七郎は毅然とした態度で言い返し、角兵衛の胸元も掴んで、晴信を睨んだ。

「ガスパル殿は相変わらず太閤殿下を好きですのう」

晴信はその時、怒り心頭より、自分の任務はどう遂行するのかを考えている。

「だが唐入りはもう終わりだ、今は戦ではなく金で世を動かす時代になった。私達はここに来られるのは大御所様の許しを得たからじゃ。目的は高山国との通交と貿易、手ぶらで帰すのはいけぬ」

「綺麗事ばかりじゃなぁ。その大御所様も戦で天下を取ったじゃないか?」

返す言葉がない。

「強き者に靡くのはそんなに楽しいのか?いえ、有馬様も『強き者』になりたいじゃろう?貴殿の中にも戦にやりたい気持ちがあるだろう?有馬領が殿下の裁定より少なくなったのは日ノ本の時にすでに知っている。そしてここに逃げた人から聞くと、有馬領も関ヶ原の戦い後は増えていないと聞きましたからのう」

だから旧領回復を目的と推測したのか?勘が鋭いなぁ。

「ああ、それは本当ならどうする?」

「ようやく素直になったか?私はあんたもののふとは違う」

私の目から見た太閤殿下は輝いている。

国を豊かにする方策を、天下に富を貰たらす考えを次々と脳内に湧いて、唐入りの胆力を持つ、それこそ天下人だと思う。

だが、太閤殿下が身罷れた後、彼の天下は崩れてしまった。

私と助左衛門殿は「弱きを助け、強きを挫く」の思いと、太閤殿下の遺産を守りたいという気持ちで、西軍の落武者とその家族をここへ流れることを成し遂げた。

「私は有馬様たちと違う道を選んだのじゃ」

身の破滅になる道しか思えない。と晴信を思っている。

だが、どこか颯爽と感じられる。

「助左衛門殿は殿下の勘気を触れ、追放された憂い目が見舞われたじゃないのか?」

「あれはあれ、これはこれ。殿下のせいはあるが、その幼い息子は罪がない。しかも助左殿は若い頃に殿下を助けられたから」

それより、孫七郎を言った。

「そのまま何も成し遂げないまま帰国より、旧領回復より面白い提案がある」

「アンドレア殿が言ったなぁ?貴殿はこの島の物主になろうという話」

「それは何だ?」

「もし日野江がこの島を保護して、『日ノ本』でさえ犯されないなら、新港は日ノ本と貿易しても良い」


どうすればいい?

新港から来た数日間、晴信はずっと考えていた。

西軍落人の日本人町を見つかったと、長政は太閤好きで町の人とすぐ馴染み、そしてその陽気な性格で新港の住民たちと仲良くなり、今は男たちと一緒に鹿を狩りしに来た。

彼は狩りに来たり、高山国にある見たことがない動物と植物を手帳に絵を描き、記録したり、ある意味この旅に一番楽しんでいる人間と思う。

晴信の視線は村の方が向いた。

「初めに言葉ありき。言葉は神と共にありき。言葉は神なりき」

日本町にも数多の切支丹がいるから、ミゲルはあの人達と聖書と読み、そして、大肚の時と同じ、「外来の物を知るべし」理由で、新港の人へ布教活動を勤しんでいるようだ。

(何だ、棄教したとはただの表向きか……)

晴信は首にかけているロザリオを撫でながら視線はさらに遠い所へ見に来た。

向こうは緑で作る壁である。あれは高山の連続であり、まるで視線を塞ぐかのような城壁のように聳え立っている。

(まだあの山を越えて、役目を果たせる国を探すかの……)

あの時、孫七郎の提案は答えなかった。

(外国への攻撃や御公儀への政はこの日野江だけで止めよと言うのか!?)

晴信はそう危惧したので、角兵衛は同じく反対した。

「別にそこまで早く答えを出さなくてもいい。貴殿たちはアンドレア殿の船で来ただろう?私は彼奴を文でも書いて、船が来る日まで決めればいい」

孫七郎はそう言いながら町へ戻った。

「だ、大丈夫ですよ!修理様はきっと任務を達成して帰国出来ると信じていますから!」

ユイラ―は慌ただしく何かを晴信の手に入れたと、「師匠~」と言いながら孫七郎の後を追う。

「これは何だ……」

懐から出したのは対となる瑪瑙の珠。そこまで細工していないが、太陽の下に光を反射してキラキラと輝いている。

頭を上げて、晴信は再び大員島にある台江内海を見ていた。

「そう言えば、この内海、両端が蟹の爪のように陸が挟み、鹿耳門という開け口しか残っていない立地が良い所じゃのう」

「ここに城を築くときっともっと防御が良くなるであろう」

晴信の背中に馴染む声が聞いた。実は後に内海は、オランダ人が台湾に来た時もここにオラニエ城という城を築きました。

「ガスパル殿か?」

「大名の考えは皆同じじゃのう」

目線を移ったと、瓶と皿を持つ、ニコニコしている孫七郎が晴信へ歩いてきた。

「どうじゃ?決めましたか?」

「其方のせいじゃ」

晴信の声は平静に聞こえるが、顔は不機嫌に見える。

「其方のせいで我々は失敗した。儂は高山国に詳しい其方に見つければ、事を上手く運ぶはずと思った儂が愚かじゃ……しかも西軍の日本町など、こんなことは大御所様に知られるとどうする?」

晴信は頭を抱いている。

「貴殿は言わないと信じているから」

孫七郎は晴信の向こうに座った。

「あそこは切支丹が大勢いる故、信仰同士のため、しかも南蛮諸国との貿易のために貴殿は日本へ何も言わないはずと思う」

確かにそうだが、何か心の中までこの人に見通した感じがあるので、晴信は沈黙した。

「しかも、失敗でも良いではないか?」

「何でじゃ?」

「私は徳川を信用できん」

孫七郎は真面目の顔で言った。

「海外への進出は殿下の方針である。その殿下から天下人の座を奪った徳川はそれを快くと思わない」

「いえいえ、大御所様は南蛮諸国以外、安南、呂宋、シャムとも貿易したい所存でござる。しかも唐人と南蛮人まで朱印状を配ったのじゃ」

「だが、これから変わらぬという証もおらぬではないか? 伴天連追放令は解かれぬどころか、江戸と大坂市中では禁教令が出されたではないか」

「杞憂ではないか? わしも切支丹で何らお咎めもなく、此度の高山国入りを推した大久保石見殿は大の切支丹びいき。石見殿が附家老として戴く松平上総介(松平忠輝)様も同じくひいきで室も切支丹。将軍家の婿である前田筑前(前田利常)殿の家中は高山右近殿を筆頭に切支丹が数多で、駿府城の奥女中にも切支丹がいるという話まであるぞ」

「柳営はいつか国門を閉じる。寛平の遣唐使廃止、応永の冊封の停止と同じく。締め付けが目立つ徳川の大御所では、殿下のような進取性がなくなる。現に牢人者の締め付けや奉公構いが相次いでおるではないか」

孫七郎はそう断言した。

「私はその前に、ここを自由あふれる『無縁所』のままにしたい。連雀れんじゃく、海賊、牢人、欠落者、この島は太閤殿下の遺産になる世のはぐれものたちの居場所になりたいと思うのです」

連雀れんじゃく、海賊、牢人、欠落者。法の箍を適わないものたちは、生きる必要もあると、助左殿はそう申した)

なるほど、助左衛門のその考えは李旦と孫七郎を影響しに来たか?と晴信を思っている。

「それより」

孫七郎は懐に茶碗を出して、手に持っている瓶を椀に何かを注ぐ、匂いから嗅ぐとあれは酒のようだ。

「飲むか?」

今回煮え湯を飲ませた相手だが、孫七郎は肥前にいた時もう晴信と長い付き合い仲である。

「一献だけなら」

椀を手に取るようになった。

喉に通すと、野趣があるどぶろくの味がある、さらに……

「甘いのう」

「ここに育つ粟で作った酒じゃ。私たちは日ノ本の酒作り方をこっちに持って来たが、なかなか質を重現できんのじゃのう」

肴でも食うか?と孫七郎は皿を前にした。

魚のようじゃが……

「臭いなぁ、これくさくなってないか?」

「正しいのはもう腐っている」

「そんなもの食べるものか!」

さすが晴信でも怒ったが、怒った晴信の前に、孫七郎はその腐った魚を笑顔で食べった。

「其方……」

「有馬様にはあれは腐った魚だが、ここの人はこれを無上の珍味と見做して居るぞ。」

道理でここに来たから孫七郎は我々を日ノ本の物しか食べさせなかった!と晴信を驚愕した。

「鮒寿司のような物か?呆れた、物好きだなぁ其方は」

信長が怒った理由も分からなくもない。と晴信を思っている。

今思えば、ここに来たから鹿の胃から出した物とか、粟の粽とか、鶏を食べないとか、ここの人たちの食べ物は変な物ばかりである。

「私も最初から何も食べられないほど不慣れだが、そのおかげで己でも飯を作ることも覚えた。それで、私は一つ学んだ」

世は広い。

ただ海一つ越えても、言葉も違い、食べ物の好みまで異なった。

世は「正確」があるでしょうか?

そこに、私が気づいた。

「人々の各々の自由を尊重し、それを自由にさせる方が一番だと思うのです」

「殿下とまったく違う結論じゃのう」

晴信は台江の紺碧を見ながら言った。

各々の自由を尊重し、それを自由にさせれば、わざわざ日ノ本を一つにまとめて、海を越えて隣国を攻めるはずがないだろう?

「だが、その考えのおかげで殿下の忘れ形見もこうして残しているじゃないか?」

だから、それも殿下からの賜物じゃ。孫七郎はそう主張する。

晴信はそれを否定する気がないが、

「だが、儂は自分一所故、其方の『自由』を守れぬ。一所を背負う武士(もののふ)ははそういう生き物なんだ。其方の保衛者プロタジオにはなれん。」

「例えここにいる人は貴殿を保衛されるべき者切支丹達だとしても?」

「ああ」

「『神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。』という教えがあるのに?」

孫七郎はロザリオを持ち上げた。

「それでもじゃ。儂は別にデウス様ではない、ここの土地は例えくつろげても、自分の所領より大事ではない。貿易出来なければ、今回は失敗じゃ」

「別に失敗など断言するのも早いであろう?『花』を持って帰れば良いのじゃ」

孫七郎は小指を立った。

「花?何のことか?」

「とぼけるなぁ」

孫七郎を言った。

「ユイラ―が貴殿を好いてると分かっているのに」

「儂は妻がおるぞ」

「だが側室がおるであろう?」

孫七郎は意味深長な笑顔で晴信の疑問を返した。

「シラヤの女は、好きな人へ対する瑪瑙の珠を送るのは風習じゃ。そして古の妻問いのように、もし気に入るなら、男は夜女の家へ訪ね、その一夜を過ごす」

「其方はねぇ、ユイラ―は長く我々とともに旅をした仲間ぞ」

晴信はまだ何か言いたいが、遠い所から「おい~」という声が聞こえて、山田長政がほかの二人の若い者とともに、鹿二匹を担って歩いて来ていると見える。

「まぁ、その件、少し考えれば良いぞ、手ぶらで帰りたくないなら。北から向かれば、三日くらいここへ辿り着ける故」

孫七郎が去ったと引き継ぎ、角兵衛も村の方向から歩いて来た。

「殿、さき社へ調べて来ましたが、ここにいる人は物々交換をするのは主流なので、銭は飾り物や金属を来源として使っているそうでござる。だが、ここのサトウキビ、生姜、煙草も多い、硫黄もあるようです、琉球と替わりに甘味の産地になれると思っております。だが今の様子じゃ、ガスパル原田殿抜きでここに貿易するのは難しいだと……殿?」

角兵衛は滔々たる語りはいきなり止まる。

「おい~!有馬の旦那、ここの人たち、狩りが凄いよ!槍は鋭いし、そして男の人たちの犬鑓の技術は……?」

角兵衛も鹿を担う長政は晴信の異様を気づいた。彼は心にあらずのように、話はまるで耳を通していないと見える。その目だけは、どこか遠い所を見つめているようです。

(私は……源義朝公になるのか?)

晴信は、心の中にそう呟いた。


「修理様……」

「其方本当に家を持っているのう」

結局来てしまった。夜になると晴信はユイラ―の家に踏み込んだ。

「その、修理様が来たら、その……つまり……」

いつも明るいユイラ―は急にもじもじとしていた。夜の暗闇の中に、枝で作る屋根から漏らした月光が唯一の明りになって、木洩れ日の如くの光りが照らして、ユイラ―の小麦色の肌まで光っていると見える。しかも今の彼女は顔に緋色を染めて、可愛さに上乗して、神秘感と色気が増えていった。

源氏物語の逢瀬もこのような場面なのか。と晴信の心にそう思った。

「その前に、其方へ伝えしたい事がある」

晴信は座って言った。社の長の家とはいえ、家の中には必要なものしかない簡素な物だ。だが、孫七郎の伝聞から、屍がなければそれがいいだと晴信が思った。

「儂は旧領回復のために、貿易路線を開拓する目的でここに来た」

「それは、分かります」

まぁ、当たり前だろう。通訳として、ユイラ―は晴信たちと一緒に旅をして、交渉の場でもいます。

「分かるなら、我々はどれだけ長い旅をして、どれだけ苦労をかけたと分かるはずじゃ。そのために、領地の民たちのためにも、我々は益々何も得られないまま帰る訳がない。」

お為ごかしか?孫七郎の言う通りかも、儂は民など富などを虚仮にして、己の栄達をしか考えていない人間じゃ。

「だけど、今すべて台無しになった。まさかここは西軍の生き残り里がおるとは……それは報告しなければならぬことだが、ガスパル殿は長年の友人ですので、そうはいかぬ」

「お優しいですねぇ、修理様」

「優しくないぞ、狸娘め。これは取引じゃ、このことを秘密にして、ここと南蛮の貿易を優遇する方策じゃ」

晴信は言った。

「儂はそういう人じゃ、ならばなぜ儂を惚れる?」

「それは、修理様は私を救ったから」

「ただ今後のためだけじゃ」

「それでもです」

ユイラ―はそう答えた。

「あたしは盟約の場にペソアたちに去らされて、自力で逃げてきたが、修理様たちはそのようなあたしを庇護して、彼たちと戦って、あたしを連れて色な冒険をしました!」

あたしは生まれたからこの社にいて、師匠と出会ったからずっと外の世界はどんなものか気になるから、修理様はあたしが憧れる日本の人と会い、外の世界を見に来てくれる人です!ユイラ―はそう言った。

「買いぶりすぎじゃ」

「だけどあたしを救ったのは事実です!修理様はいい人を信じて、貴方たちをここまで連れて来たです!もし修理様の使命がまだ果していないなら、せめてあたしを恩返しください!これは、修理様はあたしを救い、あたしを家に返した『御恩と奉公』です!」

ユイラ―の言葉を聞いた晴信は、思わずユイラ―の手を掴んで、彼女を床に押し倒した。

「きゃあ!」

声が裏返したユイラ―を気にせず、彼女を見る晴信は目が炎の如く燃えているようだ。

「さきの言葉もガスパル殿が教えたか?」

「そ……それは……」

「まぁ、構わぬ……」

晴信は冷静に見えるが、動きはそうと見えないほど口でユイラ―の唇を吸い、手が彼女の乳房を揉み始まった。

(最低だのう……儂は……)

月明かりで朦朧の光景。

赤みを帯びるユイラ―の肌色。

熱気が出る二人の吐息。

官能を刺激する空気。

(この期を及んで、儂はまだ……)

「御恩と奉公なら、儂をどこにでも付くであろう?」

「はい、修理様の仰せのままに」

恍惚の中に、晴信はこの答えで事を決めました。


「今度はどうした?」

「儂は其方らの物主にはなれぬ。だが、其方らに大きな後ろ盾を探す事が出来る。どうかユイラ―を、使者として儂とともに日ノ本へ来ていただきたく候」

翌日、晴信は再び公廨を訪ねて、孫七郎と長老の理加と相談しました。

「我々は徳川に信用出来ぬと言っただろう?使者を出すのは不要である」

「徳川に信用出来ぬなら、儂は信用して頂きたい!」

晴信は言った。

「儂がこの一か月、この島を見た。この高山国は様々な里を散らして、漢人、社の民と和人も入り乱れておる。互いに協力も交流しない、争いがある時に戦になって、人の首を取り合いばかりでございます。このままじゃ、バラバラのこの島は異国の餌食になると愚考いたす」

「それでも我々は自由を求める。」

「自由を守る挙句自由を失うはどういう料簡じゃ!」

晴信は本心でそう思っている。

「今この地にやるべきことは、過大の干渉しない国を後ろ盾にし、それを公儀と仰ぎ、外来の脅威から自身を守ると存じます!それは連雀(れんじゃく)、海賊、牢人、欠落者の自由を保つ唯一の方法故!」

「原田殿は故太閤殿下の政権の人間なら、琉球のことを覚えましょう」

傍にいる角兵衛も言った。

薩摩の島津氏は琉球を「当家附用国」と主張したから、秀吉が唐入りする時、琉球にも合力すべしと薩摩の島津氏を通じて使者を出した。その際、島津氏は琉球の財政と明との関係を考えて、琉球の替わりに兵糧と軍役の半分を負担した。

「儂は、高山国の薩摩になりとうでございます。そのために、ユイラ―を使者として日ノ本へ行き、大御所様へ謁見してその許しを得て、有馬が高山国を附用するよう求めるべきなのです!」

それじゃ、我々は高山国を守ることが出来る、例え御公儀が高山国に野心を表しても、我も先陣として、攻める振りで高山国の自由を保つ!と晴信を叫んだ。

「……」

孫七郎はしばらく考え込んだと、顔は理加へ向かって何を言って、互いに言葉を交わしたと、孫七郎は再び晴信へ向かった。

「長老殿は、別に良いと言いましたが、一つだけ有馬様へ尋ねたい」

「はい、何なりと」

「前回の事もあったから、有馬様は、ユイラ―の保衛者プロタジオになれるか?」

孫七郎の目が晴信の目の中の中まで見ようほど晴信を見つめている。

(すまぬなぁ、ガスパル殿……)

儂は、このような我田引水の男を許してくれ。晴信は心にそう孫七郎へ詫びた。

「はい、ユイラ―は、この有馬修理大夫晴信がしかと守り、きっと無事に彼女を高山国へ帰らせます。」

儂はそう決めたのじゃ。晴信はじっくり孫七郎の目を見つめていた。

「どう思うのう?尪姨」

晴信の答えを聞いた孫七郎は続いて尪姨を見る、盲目の尪姨は無言のまま孫七郎へ頷いた。

「大丈夫ですか?ユイラ―?」

孫七郎は最後自分の弟子へ向かって言った。

「はい、修理様はあたしの命の恩人ですから!ちゃんと奉公しないと!」

「ほ……はははっは!」

ユイラ―の答えを聞いて、孫七郎は一瞬失笑した。

「私は武士を育ったのか?ならば、行こう、武士は武士の国を見ないと」

孫七郎は笑顔でユイラ―の頭を撫で、そう同意した。

「それは、新港の総意と見做しても宜しいでしょうか?」

「ああ、長老殿と尪姨も同意した故、これは祖霊様が認められた行いじゃ」

同意した事で自分の目的を果たせると思って、思わず口元が上げた晴信は、孫七郎はこの時晴信たちを見る目には悲しさを含めているのは気にするも、知る由もなかった。


昇っていく旭の光りが大員の内海に幻想的な金碧珠を染めた時、一艘のジャンク船が鯤鯓の囲みに錨を下ろして、小船で浅瀬まで進んでいく。

「おい~無事ですか~」

墨を塗るように日焼けした肌と武将にも劣らない筋骨隆々の肉体を持っている豪快な海賊、顔思斉がそう叫んで岸へ近づいて来た。

「久しぶりじゃ」

「原田殿も、久しぶりだ」

陸に上がった顔も孫七郎へ挨拶した。

「やけに早くに来たのじゃのう、振泉殿」

「俺たちは頭のように、大員に拠点を据わると思ってなぁ」

顔思斉の話によると、彼は数人の仲間を集めて、この高山国中部の「魍港」という地に根城として作り、これから魍港を中心にして密貿易と開拓をしたいと思います。

「精が出るのじゃ」

「この島に住む皆は必死に進んでいるからのじゃ」

「それにしても、このお嬢ちゃんも船を乗るのか?」

顔思斉はユイラ―を見た。ユイラ―は普段新港の女たちと違って、華麗な民族衣装を身につけて、頭には蝶みたいな花を飾って、長い花の蔓がユイラ―の腰まで流して来た。

「貴殿は今日から『シラヤの姫様』じゃ。誇りを張って、日ノ本の人間を存分に驚かせてくだされ」

服は孫七郎が用意したものです。頭に飾った花は山の蘭と聞きます。

「そして」

孫七郎は晴信へ向かい、懐にある物を取り出した。

「これも有馬様へ預ける方がいいと思う。旅にもお土産が必要でしょう」

「これは……」

黒漆塗りの箱である。開けて見ると、軸に金と玉石を飾り、絹で巻く巻物にぴったり納めている。

「太閤殿下の国書じゃ。私が持ってきたのじゃ」

「そんな物は……!」

危ない過ぎる。もしこれで自分は大坂方と繋がりがあると疑われるとどうする?内緒にしておこう。と晴信は思っている。

「ここに骨を埋める覚悟をした私にはもう無用の長物になった。私は社の皆に読めぬ国書より、あれで亡き太閤殿下を御奉公します」

もし要らないならどこへ売れば良い。孫七郎は清々しい顔で鯤鯓の身にある落人村を見ている。

「それじゃ、荷もまとまったじゃろう?全員はまず小船を乗って、それからジャンクで日本へ戻ろう。」

顔思斉は手を伸ばして、晴信、ユイラ―、角兵衛とミゲルを見回りした。

「おや?一人欠けているのうじゃ」

その時、晴信たちは山田長政がいなくなったと気付いた。

「あいつ、どこに行ったか?」

「ここにいるぞ~~」

馴染む声が遠くから来たので、晴信たちは声の源を追ってきたが、山田長政は一匹の鯤鯓の背中にある小山に座っている。

「仁左、何をやっているじゃ!早く来ないかい!」

だが、長政の答えは驚いたものだ。

「悪ィ、俺は戻らないよ」

「何!」

「俺はこの旅で旦那と一緒にした事で分かってきた。日本はもう『合戦』がなくなったかも。そうすると、俺は今の日本は相容れぬ人となってしまった」

山田仁左衛門長政は、戦で興奮して、戦で出世したい、戦を求める、太平と似合わない人。

「だが、日本が合戦がなくても、海外にはまだある」

ペソアとの戦いや、大肚と新港の合戦で長政が楽しんでいた。

「しかも、原田の旦那から聞きました。助左の旦那にいる呂宋と暹羅は、傭兵を募集しているらしい」

天下一統から関ヶ原後も、戦がなくなったから多くの牢人が生まれた。その牢人たちは時に外国の商人に雇われ、傭兵として日本から出て、商団の用心棒や資源を得るために新しい土地への尖兵として、各地の紛争を介入して、東南アジア各地の歴史の影にその足跡を残した。

「俺はしばらくここへ遊んで、傭兵として世界に働きたい」

長政は不敵の笑顔で楽しげに話した。

「日本は戦がないなら、俺は世界中の人々に我が名を知らせてやる!大名は俺になる!!」

晴信は笑った。

「仁左、儂は考えを変った。其方は戦が知らない若造ではなかった。儂が其方に合戦を見せたでも、其方はなお戦で自分の出世を求めて、それを楽しんでいる奴じゃ。それは、『戦国大名』じゃ。」

その時、晴信は初めて、山田長政へ妙な親近感と好感が湧いてきた。

「へへへ、旦那にそんなに褒められたと照れるよ」

初めて晴信に褒めてあげた長政はそんな不意打ちで急に赤面して、その恥ずかしさを隠すために指で人中を擦った。

「だが、其方は国を治めた事おるのか?」

「そ、それは……」

「はは、其方はまだまだ未熟者じゃのう」

今回の晴信の笑いは意地悪と聞こえた。

「ならば、さらばじゃ」

「ええ、またいつか会おう」

船出れば、もろこし見たり、高砂や。

誰に向ったのか?長政はすっきりした顔でこの歌を詠んだ。

「武も誉でも、の彼方には」

晴信の返しを聞いたと、長政の驚きが止まなかった。

「それは?!」

「餞じゃ。これからよく学べよ、後学じゃ」

口が開けばなしの長政は置いてきて、「船を出せ!」と言いながら、角兵衛とミゲルを小船の櫂を漕ぎ始まった。

「有馬の旦那!俺は旦那のことを忘れませんぞ!」

長政は晴信の背中を見て涙を流しながら叫んで来た、だが、晴信は再び振り返る事がなかった。晴信は使命があって、領民もあって、きっと彼はやるべきことがあるだろう。長政は手を振る同時にそう思っていた。

大丈夫、海外に名を轟き、大名でもなったと、有馬の旦那はきっとそれは俺だと知るだろう?

そんな思いを馳せる山田長政の幻想は、後に傭兵として暹羅に渡って、リゴール王に封じられ、オークヤーという地位まで得て、日本人町まで作って、異国に大名の夢を叶ったのは、まだまだ先の話である。

だが、人影はどんどん小さくなって、ジャンク船に入った晴信一行も、はしゃいでいる長政も、どこか冷たい目を見ている人もいる。

「これで良いのじゃのう?尪姨。」

その時、孫七郎の声は急に感情がなくなった。

「良いのじゃ。これもさだめじゃ」

尪姨の先住民言葉はもし翻訳するとそう言った。

「死ぬ。皆死ぬ。不慮の死で果てる」

尪姨の呟きに、とても不祥の色を含めて、晴信一行へ向かって言った。

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