二 高砂

有馬の朱印船は長崎に出発する予定です。

「よいか!皆の衆。このことを成す暁には、わが日の本の船、明国の船と、高山国を仲介に商いを出来るぞ!」

『有馬家代々墨付』には、晴信は高山国へ派遣した家臣たちこういう内容の掟書が残っている。

だが、実際はどうかな?

「そして、わしはこの功績によって、この肥前一国を牛耳るぞ!のう?従兄弟よ!」

「それはなぜおいを連れてくるだよ!」

顔たちは晴信と似ている若者は叫んでいる。

「そもそも私はもう棄教しておりました。デウスの教えを従う従兄弟と一緒にするのも良くないと思いますが」

と千々石清左衛門紀員(ミゲル)に言った。彼は天正十年に、大友宗麟・大村純忠・有馬晴信の名代としてローマへ派遣された遣欧少年使節の一人として、ローマへ行ったことがあります。しかも彼は純忠の甥でありながら有馬晴信の従兄弟で、有馬の一門でも入れる者です。

「ミゲルよ」

晴信は指を揺れながら、昔紀員がもらった洗礼名で彼を呼ぶ。

「渡海の儀はデウス様などと関係ないぞ」

「商人たちからもらった情報には、高山国には南蛮の人も多い。特にポルトガル人やオランダ人など、殿はそれなら、異国の言葉を詳しい人を連れていく方がもっと良いかと考え、大村様と相談致しました」

と、角兵衛が説明していた。

「さらにミゲル殿は使節団の時、伴天連殿たちと一緒に船でマカオ、マラッカまで行ったことも我々が調べ申した。東南アジアの航路もさぞ詳しいと思います」

「そういう訳で、ヨーロッパまで行ったミゲルは一番相応しい人と、わしと角兵衛もそう思っておる」

「…つまり通訳か?従兄弟殿と叔父上の求めるならば、それも仕方ありません」

ミゲルはやけくそな声で答えた。

「そして、一応其方は大村の臣じゃ、名を改めてなければならぬ」

「ただの通訳なのに、そこまで面倒くさいことをやるのか?」

「それはご公儀に良からぬことを言われないためにございます」

角兵衛を言う。

「この旅限りに、千々石采女と名乗らせていただきとうでございましょう」

「面倒くさいと思うが…はい」

苦虫を食う顔をしているミゲルは渋々と応じた。

記録的は、此度高山国へ偵察を行う指揮官は、有馬分家の千々石采女という人と言われる。


朱印船の構造は、清水寺奉納絵馬による角倉船、《茶屋交趾貿易図》と同じく清水寺へ奉納した《末吉家朱印船図》で、誇張の部分もあるが、ほぼ知ることができる。

例えば、シャムへ航海した角倉船では、長さは二十間(三十六メートル強)幅九間広く(十六メートル強)、約八百トンの大船で、乗組員は三百九十七人であったといわれる。

では、乗組員、つまり船員は日本人ですか?


「倭船は小にして大海を駕せず。白金八十両をもって唐船を購い、船中人共百八十名。しかして唐人の、海に慣習する人を航主とす。」


これは慶長九年(1604)から三ヶ年にわたり、角倉船に乗り組み、安南へ渡航した朝鮮人趙完璧の朱印船についての記録である。

当時の日本人は、外洋航海の技術はまだ熟練ではなかった。千石の安宅船でも瀬戸内海など近海でしか航海出来ないから、朱印船貿易初期は明国の外航船を購入し、明人の船長を雇っていた。さらに、船員も欠かせないから、明人ほかに、オランダ、イスパニア、ポルトガル、イギリスなどの船員を雇うことになる。

海に囲まれた日本人にとっても、当時の外海は未だ未知なる領域。

日本は天測航海の技術を完全に習得するのは、まだ先の元和年間(1615-24)である。しかし、この時はもう外洋航海が出来る大船を建造することが可能となった。

中国式の帆とヨーロッパの船身を融合する船。後に末次船と呼ばれる船型が、朱印船の主流となる。

「今回の船もまさにそういう類です」

「おお」

晴信の一行は、長さ二十五間(四十五.五メートル)以上の大船の前に止まった。

「九鬼様の日本丸もそこまで大きくないであろう」

「大きくだけではないぞ、よく走れるぜ。そうしないとあっちこっちに商売出来ないからなぁ、はははは!」

船の上に豪快な笑い声が出てきた。そして、船の端から一筋の縄が降り、一人の男はその縄で降りできた。

你好 リーホウ、俺は今回有馬家朱印船担当の甲必丹 カピタン顏思齊 ガンスージーと申す」

バサバサの髪で適当に束ねるこの男は、海に生きる人間に表すように潮風の臭いを漂いている。肌も墨を塗るように日焼けして、武将にも劣らない筋骨隆々の肉体を持っている。

「顏思齊?わしは甲比丹の李旦を頼むはずだ」

李旦は平戸を拠点とする海商である。

「ああ、李旦の頭か?」

顏思齊は顎の髭を撫でながら言う。

「今回頭は所用があるなぁ、今回の件は俺を任せた。大丈夫だ、雞籠を着いたと、会えるかもしれない」

平戸とマニラを拠点として、貿易ルートを建立した李旦は、どうやら高山国にも基地があるらしい。

流石海商。狡兔の理を深く知っている。

「人も揃ったし、そろそろ出発か?」

「いえ、まだ一人か…」

「まだおいたちとともにするものいるのか?」

「いえ、このまま行こう」

晴信が言う。

「もう時間じゃ、あの腹が立つ遅刻野郎が悪いじゃ。船主、頼む」

ようやくあの調子者を放って置けるじゃ。と、その時、晴信はそう思った。


「死のうは一定 しのび草には何をしよぞ~」

船は海をぶつかり、白い浪花を起こし、それを乗って進んでいる。

海原へ出ることは晴信には初めてではない。しかし戦に行く緊張感がなく、これは初めてだ。中々新鮮感がある。

海と空は青い一体となり、大海原にただ一つの船が浮いている。

かの聖人が世に生きる時も、こんな孤独感を感じているのか?

それども天の雲に、父デウスの存在を感じ、救世を力に尽くすのか?

単にその限りがない藍さを眺める晴信はそう思っているが。

「…一定かたり遺すよの」

後ろのはしゃぐ声は中々感懐を入れぬ。

「よう!もう一曲!」

「山田仁左!日本一!」

「仁左とやら、閩語の歌分かるかい?」

「はは、それは……」

「うるさいわ!お主ら!」

イライラしてたまらない晴信は甲板にいる長政と船員たちのはしゃぎを折った。

「まぁ、いいじゃないですか?皆も楽しいですし~」

「わしは楽しくない!もうちょっと海へ感懐を入れられぬのか?そもそも其方はなぜここにいる?」

船に上げるまで見なかった山田長政は、海に出ると、突然ノコノコとこの船に現れた。

「さらに何だ、其方のいでたちは?」

さらに、長政は奇抜な衣装を着ている。分厚い紺地小袖は桐唐草模様縫箔、下の袴は白地の市松模様。そして南蛮帽子をかぶり、長袖の緋色陣羽織を羽織っている、その背中に白象が入っている。黒漆塗りの太刀と長脇差を佩く、朱槍を持つこの人は、兎に角煌びやかな衣装です。

傾奇者 かぶきものか?!貴様は?!」

「いや~俺は旦那ならきっと長崎で最も大きな船を乗ろうと思って、先に乗る所存でございますなぁ。まさか大当たり、俺の運もいいですねぇ~」

「そういうときに敬語を使うな!」

「まぁまぁ」

この時、止めてくるのは船主の顏思齊である。

「子分たちをえらく喜んでいる。これに、こんな飄撇欸男子漢伊達男 をワシ等の船に乗せるのは面白れぇじゃねぇか?」

顏思齊は長政へ手を差し出す。

「わしの名は顏思齊、いつか第二の王直先生になる男じゃ!おめぃは?」

長政も手を差し、顏思齊と握手した。

「俺は八島大夫満政の流れ、尾張国山田郡山田荘住人、前大久保治右衛門忠佐家中、山田仁左衛門長政です!そして……」

長政は手を振って、槍をかきながら言う。

「いつか、どこぞの太閤殿下になる男なり~」

「おおおお!この大見得、傾奇か?」

顏思齊は長政と馬が合うみたい、面白げに彼を見ている。

「面白い人が入ったねぇ、有馬様」

「そうか、わしは、うるさい人が紛れ込んだと思うけど」

今更こやつを海へ投げるのは出来ないだろう。諦める気分で、と晴信は思った。


天にまします我らの父よ。

ねがわくは御名をあがめさせたまえ。

御国を来たらせたまえ。

みこころの天になるごとく、

地にもなさせたまえ。

我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。

我らに罪をおかす者を、我らがゆるすごとく、

我らの罪をもゆるしたまえ。

「ミゲル殿は、棄教してなかったのか?」

船倉で祈っている千々石ミゲルは背中の声を気付けて、振り返ると、谷川角兵衛だ。

「長年の日課じゃ、しばらく治られん」

ミゲルを言う。

「何しに来た?」

「いえ、此度の件、承知しかねるご様子、だから伺いたい」

なぜ切支丹を捨てた?なぜ外国への貿易する気がない?角兵衛を言う。

「何だ、それか?」

不機嫌そうで答えと、ミゲルは床に寝込んだ。

「どうせどこも同じじゃ」

ヴァリニャーノ神父とともに、天川(マカオ)、ゴア、西へ西へ、ポルトガルとイスパニアを遊覧して、やがてローマに着いた私たち、その天堂以外の世界は、貧しい人と物乞いだらけ、戦乱も消えない世界だ。

「谷川殿も見たでしょう。従兄弟殿は領内の民を奴隷として、他国へ売り出す行いは。あれは領主たるものがする所業か?と疑いがあるが、どこの国も、それを同じことに手を染めた」

汝、人を愛するべし。

これはデウス様の教えだ。ですがそれに従う人は少なくはない。華麗なる宮殿や教会は、貧しい人のために存在するではないか?だが、教皇猊下も、イスパニアとイタリアの王様も、それもしなかった。

「おいの信仰は、ここから揺らいだ」

もうひとため息。

「従兄弟殿もお前も、他国の人と物を奪い、それをご公儀の引き出しに如何なる取引をする魂胆でしょう?」

「貿易はそればかりじゃない、それは国を豊かにする手じゃ」

「どこの『国』じゃ?従兄弟殿と武家、そして商人たちか?」

全ての人を助けぬ商売は、おいはまっぴらごめんじゃ。とミゲル言う。

「甘いねぇ、ミゲル殿は。」

政はこういうものじゃ。戦のない世に領地を広げて、利を得るには、戦以外のことで活躍しか他にない。

「おいはデウス様の教えを貫くだけじゃ。」

「ならば、どうして共に?」

「従兄弟殿は、一生他人に振り回されている」

僅か四歳で家督を継ぎ、最初は大友の御屋形様、そして龍造寺、島津、豊臣、徳川につく。その転ぶ中には自分の意志は少ない、ただお家存続の深い執念だけでやり遂げた。

「此度は多分従兄弟殿は初めて、自分がやりたいことを見つけるやもしれない行い故、それを付き合わないと、野暮と思います」

それは同情じゃない、愛でもない、初めて意志を見せた人に対する「興味」と思います。

その行いは良し悪しはともかく、その思いだけで敬意に値する。

その行く末は、良い結果を出るかまだ分からないけど……


美人でも三日飽るという諺がある。ましてやいつも領地で見える海、最初は海を広さと藍さを楽しめるが、二日後には海ばかり見え、つまらないと思ってきた。

「顔殿、陸はまだか?」

海水の藍はこっちが深いのか、ここは浅いのか、などろくでもないことを考えている晴信は、梶にいる顏思齊に問い掛けている。

「もう琉球を越えたぞ。あと数刻くらいで大員ダイワン を見えますぞ」

「あそこは島津様と厳しくなる国か?」

船倉から甲板に上げる角兵衛は左の小さな島々を見ながら言う。

「一瞬の判断の間違いで、兵禍を招いてしまうのは、とこの国でも同じよなぁ」

「島津?薩摩の殿様は琉球へ攻めるのか?」

「ただの噂じゃ。我が国の事情は、お前は明国など漏れたことないなぁ」

角兵衛の眼は鋭くになる。

「ははは、うちは商売相手の秘密を漏れぬだぞ。そうしないと商売は出来んじゃからなぁ」

もし欲しいなら金で買って来い!はははは。顏思齊は大笑した。

「それは商人の性根か?」

「海賊の性根だろう!」

豪快な声で上げるのは寝不足なミゲルを引き連れた山田長政。

「だがそこは気に入った!戦い続ける人生を生きるこそ、この浮世の生き甲斐じゃ!」

「お、お前もそう思っているか!今日は気分がいい、野郎共、歌ぞ!」

「おおおお!」

まだ騒いでいる海賊たち朝から樽を持って、宴を開くみたい。

「あのもの、夜も大声で話しておる。なんでおいを彼と同じ部屋にするだ?」

ミゲルの駄々を無視して、晴信は考えている。

「連日の船旅、其方たちもそろそろ海を見るだけで飽きるだろう?あれを入れたらどうじゃ?」

「わしは構わぬが……」

「従兄弟殿はあの海賊たちを煩いと思うのか?」

確かに今もそう思っているが、だが、この旅で長く付き合わなくではならない相手ですから。それに、移動中の無聊を慰める一つの手と思う。

「だから、皆、酒もわしを一献くれ~」

晴信は海賊の群れに入った。

「ははは、有馬様はそのような真似をあまり気に入らぬでは?」

「何!わしの先祖も海賊じゃ!」

船で多い仲間たちとはしゃいでいる。それは藤原純友もやっていたことなのか?

盃を交わす晴信、そう思っている。


船を揺られている、あれから何刻を過ぎたのか?

「高砂や、この浦舟に帆をあげて。この浦舟に帆をあげて。月もろともに出汐の、波の淡路の島影や」

ちょっと後ろの長政はこの謡を歌っていたところかな。

「お!あの島は何だ?」

船の縁を掴んだミゲルは叫んでいる。

おお、麗しの島じゃIlha formosa !」

船の先にあるのは、海に浮かばれている、周りに小さな島々を飾って、上に雲が流れる濃い緑尽くめの山が立つ、この世の蓬莱と言えるでも過言ではない大島を見えます。

「ああ、もう着いたか?」

顔が赤い顏思齊は酔っているらしい、彼は自分が揺られているか、それども船が揺られているか分からない、身を揺さぶって言う。

「ようこそ、大員ダイワン へ」

「あれは、高山国……」

晴信は仙人が住んでいるみたいなこの島を、目を離さなかった。

「遠く鳴尾の沖過ぎて、はや住江に、着きにけり、はや住江に、着きにけり」


雞籠という名前は、その湊の外にある島(のちの平和島)が鶏の籠に似ているから名付けられた。その名前を基隆に改めるのはまだ先のことである。

台湾の最も北にあるこの地は台湾海峡の険悪な海象を避け、自然の港として古くから商人たちを集まり、商いの拠点として盛んでいる。

日本と台湾の貿易事情を記録する《異國渡海船路ノ積り》には、「雞頭籠、此所先年亥年より初て御朱印舟参候、五百里。」と日本人貿易の足跡を残っている。

「うわ~ここはまるで外国の堺じゃの~」

晴信たち一行は雞籠を降りて、淡水という町についた。

唐人をはじめ、南蛮のイスパニア人、ポルトガル人、赤髮のオランダ人など、色々な国の人をここに集まっている。

「まさか南の島にこんなところが……」

この旅の目的の一つは貿易あるから、朱印船にも大勢な商人衆がいるが、この光景は晴信たちの予想を遥かに超えている。

町には隅々まで人の住家が見えない、色な店を占領された。明の生糸、巻物、光っている青磁。天竺の仏像、更紗、香料、南蛮の織物、絵、武器など見える。

「賑やかな街だのう……」

「見よう!和人にもいるよ!」

よく見ると、いくつの露店に、着物を着る日本人を鉄や漆器などを売っている。

「殿、あれは!」

横にも顔が濃い、黒白な服を着ている人たちを歩いている。

「ここの先住民だろう」

「あれは芭蕉布でござろう?琉球の民を着ているものとよう似ている、もしかして高山国と琉球は何がの関わりが……」

一行は驚くことばかりです。

「中々商売する甲斐がある町ですねぇ、殿」

町を回しながら、角兵衛は嬉しげな顔をしている。

「其方、何目的もう完成した顔しているじゃ。わしらは来たばかりじゃぞ!」

「それはそれは。」

「ですが、ここを見逃すのも惜しいから、商人たちはここで自由に商売をする。そう伝えせよ」

晴信はそう命じた。

「だが、ここは異国のものたち結構混雑しているので、余計な騒ぎを起こさないように気を付けろう」

「かしこまりました」

ちょっとこの折、顏思齊が小走ってここに向いている。

「有馬様~」

「どうしたじゃ?」

「雞籠で降りた時、頭を貴方様のことを伝えた。丁度頭は今淡水の屋敷にいる。商売のこと、相談しませんか?」

「アンドレア殿か?それは良い!案内せい!」

アンドレア.ディニス、つまり李旦は今日本でも名を轟く豪商。この人を話せばきっともっとこの国の情報を得られる。

「では、護衛を致します」

「いえ」

角兵衛を断って、晴信は別の名を呼んだ。

「仁左~山田仁左衛門~何処に?」

「はい~」

ちょっと離れたところに快活な応じ声を聞き、そして、桐紋の羽織をかぶる長政フラフラとこっちに来た。

「ったく、あんた、どこに油を売ったのか?」

「それに、その桐の羽織をなんじゃ!身分を弁えろ!」

「これは父上を太閤殿下から賜った品でございます!」

長政は言う。

「そして、せっかく異国に来たから、それを楽しめないと」

長政は手を緑な実を持って、その皮を剝き、黄色の果肉を食っている。

まったく行儀がない姿である。

「私たちは遊びに来て訳ではございませぬ!」

「お前たちはそうですけど、俺は遊びに来て遊ばせたぜ。」

長政は懐から同じようなものを取り出す。

「これ、先地元の人を買ったもの、檨仔 マンゴーというものだぜ。ちょっと酸っぱいですけど、おいしいぜ!」

一つを食えばどうですか?長政は果物を晴信たちに裾分けしたが、相手はあまり興味がなさそうな様子。

「果物の話はどうでもいいじゃ!其方、わしらの船を乗る以上、その借りを返してもらおう」

「俺に何をしたい?」

「機会があれば、其方の武辺を振れるかも」

「?」

晴信はニコニコと笑った。

「其方を、この海に一番怖い人と会いにいこう」


「面白い話を持って来たのう、修理殿」

淡水の南東には、北投という地があります。

そのまだ名がない山の麓に、赤い瓦が持つ閩式建築、主屋は真ん中に配置し、別屋が両側に並ぶ、広い庭を持つ「三合院」という屋敷があります。

広い敷地を持つその屋敷の主は、今晴信たちをもてなししている。

「高山国と貿易でございますか?ここの商人は多いですが、修理殿は望んでいるのは、国と国の貿易関係を結ぼうでござらぬのだろう?」

錦袍を着て、立派なひげを蓄える、明国の将軍でも人を思わせる大男――李旦りたんは言う。

「いかにも」

「だが、実はそれは難しいじゃのう…」

李旦は髭を撫でながら、困るそうに考えている。

もし顏思齊は「未来の王直」と目指しているなら、この人、頭の李旦は「今の王直」そのものである。

ポルトガル宣教師とともに種子島に来て、鉄砲伝来のきっかけを作る儒生、五峰王直は後に海賊となり、舟山諸島と平戸を拠点に、海賊活動と海商をやっていた。

王直の行いは陸に生活を苦しむ人々を誘い、やがて海上最も大きい海賊団となった。徽王という、王まで称する。

「大抵真倭(日本人海賊)は十の中に三、從倭者(日本人と合力する中国人、朝鮮人など)十の中に七あり。」

《明史日本伝》にそう云く。

その後、王直討たれでも、李旦はその勢力を引継ぎ、大御所徳川家康とも結び付ける豪商となる。

「この島には商人は大勢いるが、独立な国はございません故」

「なら、この高山国は一体誰のものなの?」

「分からぬ」

「分からぬ!?」

晴信は戸惑いもう一度重複した。

「そう、わしらさえこの島を知ることは少ない。知られるところは僅かである。明はかの島当方の地と、幾度なく申したが、役人一人一度たりともこの大員に来なかった」

まさに未知の島じゃ。李旦が言う。

「下の町も見申したか?あれは全て密貿易商人じゃ。海に出られない、私貿易が出来ないと定められた明国故じゃ。利益を求める皆は法がない大員に来て、ここにやりとりをやって、全ての利益は廟堂に召し上げられずに自分の手に入れる。これはこの島しか出来ないことじゃ」

ここは巨富たちを集めた地じゃ、異国もこちらに棚を出して狙いでいる。我らはいつ、ここは不審な輩たちを攻め入れるかどうか、ずっと心配しているのだぞ。と李旦は言う。

「だが、わしも迷っている」

「迷う?」

「この大員は、誰のものにならないという気持ちもおります故。この島は、国を問わず、仕置よりあぶれた、世のはぐれものたちの砦ですから、それを守れなければ……」

「世のはぐれものたちの砦……」

今、日本には大勢の牢人が溢れている。

関ヶ原の戦後、主家を失い、戦場もなくなった牢人は、世にあっちこっちに流れている。そのものたちは今京、大阪を頼り、跳梁跋扈、狼藉をやるばかりと聞き及んでいる。

「昔、助左衛門殿も言った。この者たちも居場所も要ると」

呂宋助左衛門は堺の豪商。昔蝋燭、麝香などの珍品を太閤殿下(羽柴秀吉)へ献上、さらに名物の茶器、「呂宋壺」の献上で、太閤殿下の贔屓を受けていた、しかしその呂宋壺は、実は地元で便器として使っていることと発覚、殿下の勘気を触れ、行方不明になったと聞いている。

連雀れんじゃく、海賊、牢人、欠落者。法の箍を適わないものたちは、生きる必要もあると、助左殿はそう申した」

「なんとかわかる気がする」

晴信は淡々と答えた。

だが、分からないわけではない。

晴信のような切支丹大名は今の日本にはどんどん少なくなった。今は無事だが、公儀を何かの出来事で、太閤殿下のように禁教令をするかもしれない。今でも肩身が狭く思い、何かの働きがあれば道が開くと、この旅を立った。

「そうじゃ!ならば修理殿をこの島の物主になればいかがでしょうか?」

李旦はいきなり、そんな方言をした。

「何ッ!」

「いい話でしょう?もし修理殿のような貿易熱心な大名をわれらの後ろ盾になれるなら、倭国と明国の官憲も異国も安々とこの島に手を出すまいだろう?」

「アンドレア殿、わしは保衛者プロタジオだぞ。しかも日野江の小名で、島一つの大領の仕置なぞ、わしが及ぶとところでない」

バテレンから聞いた話、晴信の洗礼名「プロタジオ」は「保衛者」の意味らしい。

「旧領恢復のも領地を拡大する一つではないか?」

それも確かだが、たかが四万石の小名である晴信はこの大きな島の切取など出来ない。ここを治めるのはなおのことです。

「大御所様に願えば?」

李旦も徳川家康から朱印状を頂いた商人。家康とお目通りを願え、話すのは難しくないと思います。

「それも面白いでござるが、大御所様は唐人であるわしに、大身の知行を与えないだろう……」

李旦は話が詰めた。

「どうした?」

「いえ、話すべきか分らぬか……」

李旦は難しそうな顔で言う。

「昔、助左殿を言った。この大員の南に、倭人の隠れ村があると。」


「つまらないのう……」

門前で護衛をやる長政は呟いた。

護衛とはいえ、ただ門番に過ぎないじゃないか?

「海賊とはいえ、俺はどんなに悪鬼羅刹だと思うのにねぇ……」

槍を持って佇む長政は言う。

「落ち着いてまともな奴じゃねぇか……」

「奪い合うのは危険でございますから」

その時、長政の下に幼い声が響いた。

「?」

見下ろすと、下は歳五つか六つかの子供は立っている。

「うわ!君いつから来た!」

「お茶はいかがですか?」

童子は方盤に青花瓷の茶器がある。その茶器に淡茶色の液体が溢れるほど注される。

「煎茶か?」

長政は茶器を持って、一気にその茶を飲み干した。

「俺は数寄には分らぬが、茶はうまい」

「それはもちろんだ。あれは閩の茶でございます。いつかこの島にも移って、植わりたいものさ」

童子はドヤ顔で言う。

「小童、稚児なくせに生意気だねぇ。お前、名はなんと申す?」

「一官と申します」

「一官よ、先に口にした、『奪い合うのは危険』というのはどういうことじゃ?」

「そのままの意味でございます。略奪は命懸け、余計な騒ぎを起こす故、今の海賊さえあれをやりませぬ」

一官を言う。

「海未を抑えた私どもは海賊より、『武力を持つ商人』と見做してよろしいかと。航行の要所で、札浦に見立てた通航料の徴収、ついでに商いをするのは、すでに大儲けです」

誇らしげに言うが、一官の顔も不満そうに見えます。

「だが、これも危険です。もしいつか明国が海禁を改めれば、われらは用済みだ。商人たちは利鞘を独占する我らを邪魔と見なし、朝廷も武力を持つ商人も脅威と思い、課の王直の如く討伐される危険もあります。今はさっさと朝廷と話し、役職を頂くことが、一番安泰だと思うが……」

「君、石田治部と似ているねぇ」

「誰か?その人は」

不機嫌な一官は、さすが生まれる前に処刑された異国の人物を聞いたことないだろう。

「とにかく、海賊が夢を見る時代は終わりました。私はもっと安定な生活を送りたいのです」

「さすがにこれは聞き流しにはいかねぇなぁ、小童」

「なに?」

槍を背負う長政は一官を睨んでいる。

「いいか!人の夢は、終わらねぇ!!」

長政は叫んだ。

「俺は太閤殿下になる男だ!太閤のような男は存在する、ならば、俺が出世する世はきっと存在するさ!」

「吞気な人ね」

「お前こそ、そんな幼い子供が夢を失ったどうする?せっかくの美男が台無しだぜぇ」

長政は麓で下を見下ろした。熱帯ならではの濃緑の広葉樹林が暖簾のように下の街を被っている、その樹林にはいくつか鮮やかな花を飾っていることで、何がの神秘を感じる。遠いところには上半身が裸になる人影がいるようだ。未開発の異国感が溢れている。

「播州の浜はこことよう似ているなぁ」

長政は懐から短冊を取り出す。

「船出れば、もろこし見たり、高砂や」

「なにそれ?」

「連歌じゃ……下の句はなかなか出ないなぁ」

「武士も詩でも詠めるのか……?」

和歌と連歌などは、異国の人には流石に難しいと思う。

「そういう教養も武士の習い事だぞ。この島はこれから、高砂と呼ぶのだ!」

「何その勝手を……」

「まぁまぁ、いいじゃないか?」

長政は屋敷前の道を指している。

「あそこの人は喜んでいるじゃない。」

「どう見てもここへ向かってくるしかないだろう――向かってくる?!」

まだ遠いところだが、今一つの人影は凄まじい速度でこっちへ向かう。

先までチャラしている顔をする長政は顔一変。槍を構え来客を待っている。

「乗るものがないように見える…徒歩でこんな速度を?!」

「大員は馬がないから。あれはここの先住民かも!」

「女人!?」

はっきり向かってくる人の姿を見える時、長政は驚いた。それは、日焼けで褐色肌を持つ女である。長政より若いと見える彼女、長い髪を髻でかたどって、ほとんど裸姿の上半身は縞紋の短上着を着て辛うじて乳などを遮られ、下は草や葉で作った、短い裙を回る。よく言えば野性、悪く言えばだらしない風体と言える。

風のように驚くほどの速度で走る彼女は、首筋に鮮やかな色の瑪瑙珠で繋ぐ首飾りを光っている。

「お!止まれよ!この前には李旦様の屋敷だぞ!」

「何をするつもりだ!」

反応がない。女は奔り続けるだけ。

「くッ!所詮番人か?」

長政は槍で女を狙っている。

「女だろうか男だろうか、総見院様から頂いたこの赤槍を食らえ!」

ヤァー!!と怪鳥叫を叫んだ長政は槍を真っ直ぐに女の胸元へ突き出した。

もらった!と思うが、物を貫く実感はなかった。

「避けた?」

「いえ、立っている!」

そう、女は槍先に立っている。

「――ッ!」

言葉が失った。避けたところが、跳躍力と軽業で槍の上に立つなど、そんな神業を…

「……」

「?!」

女の唇を動いたらしい。

濃い顔を持つ女は十六七くらいに見える少女である。琥珀色の瞳は長政、いえ、正確にいうと、長政の服を見つめている。

(この女は桐の紋を知っているか?!)

「おい!お前大和言葉を知っているか?!」

返す言葉がない。

(やっぱり気のせいか?)

この時、少女はひざを屈する。

「山田のやら、跳ねるぞ!」

間に合わない。その時、少女は飛ぶように跳ねって、屋敷の塀を飛ぶ越える。

「旦那!」

「親分!」


「何事じゃ!」

屋敷にいる二人は同時に騒ぎを感知し、立てるのはまさにこの時であった。

少女は三合院真ん中にある広場に飛び降りた。

「女?!」

晴信は見たことがない少女を驚き。

番仔先住民 か?」

李旦は逆に警戒して、手元にいる倭刀を取る。

だが、バァーと轟音を鳴って、少女は身動きが取れなくなった。

少女の前の広場に穴が開いた。

「動くな!」

言わずでも後ろからの仕業とわかるでしょう?少女は身一つ動かず、ただいつでも奔る出来る姿を保って待っている。

「動ければ撃つ!もし痛い目に会いたくないなら何しに来たと答えろう!」

大門が開いて、外側にいる長政は短筒を持っている。

「仁左~汝使えぬじゃのう~」

「ちょっと油断していっただけです」

長政は言う。

「まぁ、ですが大和言葉は多分わかりませぬ、何を申す前にそれを分かる人を……」

「…てくださいませ」

「?」

「!」

小さいですが、間違いない。この女、日本語らしい声を出た…と晴信を思う。

「もう一度申してみよう」

「旦那、先も言ったが……」

「私を助けてくださいませ!!」

突然、少女は大声で言った。

「……!お前はやっぱり大和言葉を知っているのか!?」

「なるほど、アンドレア殿」

驚いた長政と違い、晴信は笑った。彼は李旦のところを見て、その意見を求める。

「ああ、助左殿言う噂、誠である」


「さて、助けるとはどうするものじゃ?」

侵入者として、一官と屋敷のものは少女を捕縛すべしと主張したが、李旦と晴信は、「その必要がない」と、屋敷内に招きた。

「一応言っておくが、縄にしないのはお主が私たちに敵意がない故ぞ。もし何がしようとしたら、わしらは容赦がないぞ」

少女を下段の床に座させ、李旦と晴信は椅子に座る、二人は刀を持ち、万が一のことを備える。後ろにも長政を警戒している。

「あたしはユライ―.タカロマといいます」

「どこの社の人じゃ?」

李旦がユライに問う。

「社?」

「番仔の村ということじゃ。ここの人をそう呼ぶのじゃ」

「番仔」という言葉を聞くと、ユライーは口を尖って、不満そうな顔をする。

「いつもさつま芋を食うプーに番に言われたくない」

「はぁ?」

李旦は笑いながら言う、ですが刀はもう鯉口から三寸まで抜き、輝く抜き身を見せている。

「お前、誰のおかげで今不自由なく動けるのか?」

笑っているけど、李旦の目は全然笑っていない。

「何、そのプーとやらを?」

後ろに控えている長政は問った。

「あ、あれは漢人たちはねぇ、番薯(さつま芋)を食うといつもプープーと屁を放つ……」

「仁左!ここはお前の口がない!」

「ひい!李旦の旦那、こえ~」

「まぁまぁ、彼女も若い故、少し収めばどうじゃ?」

ここに喧嘩するのも何の利益もない。そう思う晴信は李旦を宥めた。

「しかしお主、肝が据わっておるのう」

「そうですか?あたしはただ逃げる道に屋敷があると、何も考えず飛び込んでしまっただけ」

どうやらこの女は目の前にいる人はどんな大物が分からないそうだ。

「なら教えてやろう。わしは日ノ本肥前国日野江城主、有馬修理大夫晴信じゃ。あそこの者はカピタンの李旦」

「俺は山田仁左衛門長政でござる」

「仁左、ここもお前の口を出る所がない」

「え~それはないだろう、旦那」

「ヒゼン…」

ユライーは肥前の名の呟いた。

「聞いたことあるのか?」

「あたしを貴方たちの言葉を教える人、自分はヒーセンから来たものだと言った」

肥前から来た?ここの先住民に大和言葉を教えている?

益々分からない。けれど益々興味深い話となった。

「その者は今何処に?」

「えっと…その人はあたしの村のまわりにあっちこっちいくゆえ、タゲロエロエ(新港)とタカウのあたりにかと」

「高雄?都にいるか?」

「いえ、修理殿、彼女が言った地は、この島の南にある場所らしい」

李旦は説明している同時に、一官は地図を持ってきた。

この時の台湾地図は、宣教師たちや商人たちが描いたものが多い、彼は台湾への認識もまだ少ないから、正確率も低い。例えば、ポルトガル人が描いた台湾絵図には、台湾は濁水溪と高屏溪で分けて、三つの島のようになった。そのような描き方も日本の《東洋諸国図》に影響された。さらに、東部もまだ開発していなかったから、東部を省略され、西部しか描いていない例もある。

「今私たちにいるのは北。そのタゲロエロエ…我々漢人を新港社と呼ばれる地は…ここ」

李旦が指したのは、今の台南市あたりである。

「こちらからは三日くらいかかる」

さすがわしも行ったことがございません。と李旦が言う。

「何でお主はそこまで遠いところからこっちに来たか?」

「それは…あたし、奴隷として、外国の人にここに連れられたのです」

「奴隷……」

李旦の顔を厳しくなる。

「修理殿、この番仔は深く関わらない方がいい」

「何だ?義侠心の其方には珍しいじゃ」

「他人の商品を奪うのは義侠と言えなくもないが、ここの人やもの全て無主物です故、そんな人を助けるのは、持ち主と面倒なことになります」

「…人身売買はもう禁じられたぞ」

「それはそっち(倭国)のことでしょう?こことは違う」

戦国時代には盛んだ、略奪と伴い起こした人取り、乱捕り、それをポルトガルなどの南蛮商人によって海外に輸出された奴隷売買は、天下統一した豊臣政権に禁止された。

「別に数年前には当たり前のことでしょう、修理殿も奴隷売買を行ったし、ここはわしの言うことを聞き、身を引きましょう」

「海賊でも争いは嫌いか?平和なものねぇ」

長政は皮肉な物言いで言う。

「わしはここの元締めじゃ、お前のような牢人とは違う。いざ助けと決めればわしは別に不満ではないが、その前にその面倒さを理解してもらいたい」

「諍いを避けるのは、窮屈でござる!」

長政は晴信に言う。

「窮鳥懐に入れば猟師も殺さず。ここは助けるべきではないか?!」

話を聞いているユライーは、少し涙目になった。

「あたしを…助けてくれないの……?」

「わしの屋敷に飛び入る腕前があれば、自分で何とかなるでしょう。」

「あたしはただ……家に帰りたいだけ……」

家に帰りたい…か?晴信は言う。

わしたちは、 領地を回復するために、ここを来たじゃないか?

それに、この女子は、日本語を話せる。交渉の相手になれる。

「アンドレア殿、わしは決めた。わしが決めたぞ!」

晴信はユライーを近づいて、その顔を握った。

「其方は奴隷と言ったなぁ?」

「はい。」

澄む眼差しは晴信を見つめている。

「よかろう、なら其方はわしが買う。案内役として、其方をこの言葉を教えるものを探せ」

「よっしゃー!そうこうなくじゃ!」

「承知しかねる。この女を助けはそこまで大きな利益を持ちませぬと思う。まさか修理殿は尊大な慈悲心など手を出すと言うつもりがあるまいか?」

「もちろんそれは違う。」

李旦の疑いに対して、晴信はそう答えた。

「わしは、この女子に興味が湧いた」

「ホホ~」

まさか旦那は。長政は笑いながら小指を立った。

「それはそれは…違うかな?」

「そう、違う」長政のからかうに対して、晴信がはっきり言った。

「わしはこの女の身に、大和言葉を話せる者、そしてひょっととするとご公儀と交渉できる国がこの島におると、確信した故」

「なるほど、それなら、わしを是非、力になって下さいませ」

その時、四人の背中に、声が出た。


「それは、難しゅうかもなぁ」

「この声、誰?」

目を上げると、正房の入口前に浮かぬ顔をしている角兵衛がいた。

だが、その後ろに、もう一人の男がいる。

「ユライー.タカロマ、お前を奴隷にさせられる者の名は、なんと申す?」

「何でお前はあたしの……」

ユライーが角兵衛を向かていたが、その後ろの人を気付いたと、顔が厳しくなった。

「お前は……!」

「久しぶりの、有馬晴信」

カイゼル髭を蓄えるあの黒髪男は西洋人の顔を持つ、不敵な笑顔をしている。

「天川(マカオ)のことを忘れないかな?」

「わしは天川で人の諱を呼ぶ無礼者を知っていない。」

当時、人の本名たる実名は「忌み名」と呼ばれ、直接呼ぶのは極めて無礼、刃傷沙汰でも起こる行動であった。

「こちらはわが家と些か諍いがあるアンドレ・ペソア殿でございますが…… 」

角兵衛は冷や冷やで紹介していたが……

「ああ、わが船員を鎮圧したあの……」

あれは去年、慶長十三年(1608)十一月の出来事でした。晴信が占城(チャンパ)に派遣した朱印船がマカオに寄港の時、船員が取引をめぐって騒擾事件を起こし、騒乱が大きくなり、寧波争貢事件くらいの勢いが上げました。それを危険視とする当時マカオのカピタン・モール(総司令官)がそれを鎮圧し、有馬家の家来に多数の死者が出たことであった。そのカピタン・モールはアンドレ・ペソアである。

「さて、今回は何の用件を?」

晴信は獣のようにペソアへ低く呻っているユライを庇いながら、ペソアを睨んでいる。

「実はあの女はこっちを取った奴隷ですのう、すみませんが返して貰いますか?」

「あいにくわしはこの日本語を話せる子を買い申した」

「買った?」

ペソアはもう一度それを言った。

「なら金でも払うのか?…そういえば、てめぇは日本語も話せるのか?」

ペソアは珍獣を見る目でユライを一目をちらっと見る。

「それなら千両でも能える品でございます。払いますか?」

「そんな大金なら肥前に帰った折また払おう」

「なに?」

ペソアは手を腰に差すレイピアを握る。

「払うつもりはないか……」

「どうするつもりかい?」

晴信も笑いながら手を脇差に添えている。

「はいはい」

そんな一触即発な二人の間に、李旦が入り込んだ。

「ここは商人たちが自由に生きられる土地じゃ。元締めのわしの顔を立てて、仲良くしようか?」

「アンドレア、君はそっちの味方にするつもりか?」

「わしは誰の味方ではない」

李旦は笑顔のままですが、目が笑っていない。

「だがもし誰かはわしの縄張りに暴れようとしたいなら、一人残さず海に沈めるのみよ。」

「チッ!」

ペソアは舌が打ったと、渋々と屋敷に去った。

「助かりました。アンドレア殿」

「これではプロタジオ殿はわしに借りがあるのじゃ。大御所様の前に是非口添えを……」

その時、角兵衛は膝を崩して、晴信に謝る。

「申し訳ございません、殿。手前は下の街で商いをしている間に有馬の家来を見つけまして……」

その後、角兵衛は無理矢理に晴信にいるところに聞かせられて、李旦の屋敷に強制連行されてしまった。

「ですが、先争っているかの女とは…?」

角兵衛はユライーを見つめている。

「ああ、丁度じゃ。下知がある」

晴信はユライの手を掴む。

「この女はユライ―.タカロマ。わしは彼女を案内役として、この島の南部へ向かう」


「ミゲル殿、家臣たちをこの屋敷を集めよう!」

北投麓にある李旦の屋敷前に篝火を構え、さらに数十人の人が小具足姿をして、弓矢、鉄砲まで調整している。まるで陣を敷いているようだ。

「はい!」

「商人はこっちじゃ!」

もう一方、武装していない人はあちらこちらに物を運んたり、帳簿を確かめたりなど、忙しくてしょうがない。

「はい!」

晴信の命に受けた角兵衛急いで家臣と商人たちを集めているが、さすがに百人以上の大所帯には簡単に集めるわけにはいかなかった。

「ご苦労様だなぁ。主の気まぐれで」

集める場所と定められた李旦屋敷の前に、李旦が出てきた。

「いえ、一つとしでも、殿は交渉のできる道を見つけ申しました。それで此度の働きも成果が出るでござろう、これ以上嬉しいことがない」

人と物を集めている角兵衛は忙しいながらそう言う。

「もう夜だぞ、少し休めないか?」

「いえ、それは遠慮しておこう。ポルトガルの連中は、いつ襲って来るか分かりません故。」

そう、今アンドレ・ペソアたちの商団と衝突した上に、他人の商品を横取りしまった今、有馬とペソアの間は再び一触即発の状態になっているのである。

「一戦を交えるやもしれない。今はまだ下の町にいる人達を集めて、あの女子の案内で次の場所へ移動しなければならん」

角兵衛は焦り気味に言う。

「それは大変だ。まぁ、構わん。わしと修理殿は長く取引の誼があるゆえ、商人の皆はわしで保護しよう。この屋敷、今度我らの仮砦として、どうぞ陣取りしてくだされ。」

マカオの連中の横行は我らへの侮りに等しいのじゃ。そいつらをちゃんと返さないと。李旦が言う。

「それはかたじけない。だが、我が家だけは南蛮の軍を太刀打ちできるのか…」

「心配しないさ、谷川殿」

それを言うのは、萌黄の鎧直垂を着替えて、その上大袖付きの沢瀉威の胴丸を纏い、頭には黒漆塗りの大天衝脇立桃形兜を被り、まるで安土桃山時代の武者が異国に現れる山田長政。

「もし戦となれば、俺はあいつらを蹴り飛ばせばよい」

長政はそう言いながら手に携えた朱槍を振り回している。

あいつ、鎧兜まで揃って…。有馬の一団はもちろん武士がいるが、大規模の戦闘は想定しないから、精々五十人くらいで、全ての人に鎧を用意していない。この山田長政という人、最初から戦を求めるために海へ渡すつもりだろう…と、角兵衛の心にそう思った。

「だが、山田殿は殿の用心棒ではございませんか?殿はどこにおる?」

確かに、今いるはずの総大将有馬晴信はどこにもいませんでした。

「えっと…それはなぁ……」

「緊張過ぎると戦いにやれんだろう?」

長政は言葉を濁る時、李旦は先に言った。

「こっちも温泉はいいものだぞ」


「はぁ、まさかこんなところにも温泉がおるとは……」

北投と陽明山火山群と近い、昔から地元の人たちは磺水頭と呼ばれ、硫磺が含む水が出るところの意味です。後に『台湾温泉の源』と呼ばれたこの地は、当時まだ誰にも発見されていなかった。秘湯とも称せる隠し湯である。

「岩風呂にも趣があるの……」

温泉にいる晴信は空にある月に見つめて考えている。

ここはただひと時の楽しみだ。外は多分騒がっているだろう?あのペソアのやつ、きっと有馬を襲ってくる。もし日本人にいる村を探したいなら、まずあの連中を推し通るよりない。

「吞気に風呂する場合じゃなさそうねぇ……」

ざわ…ざわ…晴信そう呟いたところに、向こうの叢に何か動きが見える。

(動物か…それども……)

「あ」

あれはユライーだ。

日焼けした裸に健康な小麦色を持っている。細い四肢に筋肉があり、しっかり締めるくびれ、そしてなにより目に引くのは胸から持ち上げた、二つ柔らかそうな膨らみと、その上咲いている桜色な花蕾である。

(ほ~これは日本の女とは違う……)

平らかな顔と体を持つ日本の女より、ユライーのような濃い顔を持つ子は別の趣があると晴信は思っている。織田信長様は昔南蛮の女が所望したと聞きましたが、そのような女は如何に……?

「あ、あたし、まさかさきにもう人がいるとは…?!」

晴信を見たユライーは顔が赤くなって、慌ただしい仕草を取った。

「はは、まさかそのような初々しい反応が見たとは、まるで生娘のようだ」

「生娘ですから!」

「まぁ、それでもそなたより年上じゃ。入れ」

「え?」

笑う晴信を手でユライーを招きた。

「其方たちの縄張りで先客になるとはわしが悪かった。それに、後の同盟相手と腹を割って話したいものさ。それども」

晴信の眼差しは鋭くユライーを貫いた。

「そなたはわしらをまた信用してくれないか?」

晴信に言われたユライーは固まった。そして恐る恐る、温泉に入る。

「あたしの父は社の長です。」

「ほ、偉いものじゃのう、其方の父は」

「ある日、彼奴らはあたしたちの社に来て、色々な社内の獲物を交換したいと言う、さらに、敵対の社と戦うために我が社と盟約を結びたいと言った」

父と皆は相談した挙句、それを社に有益と思いますから、女の地位は男より高いわが社を代表として、あたしを選んだ。

結局、盟約の場に彼奴らをすぐ変わって、あたしらを売り出しと、あたしを攫われた。

「外の人は信用できない」

ユライーは上目遣いで晴信を見つめている。

「それは正しい」

と晴信を言う。

(何も心配せんでもよか!有馬どんはおいらを任せにゃそいでよかじゃ!)

島原での合戦前、あの薩摩より援兵を率いてやって来た快活な、中書とやらの野郎は悪意なくでその時言う。しかし龍造寺の熊を倒した際に、有馬は独立を得ても、島津の家臣同然となった。

例え最初に悪意がないが、強く側はきっと弱い方に何か強要、服属させられたいと思うのは違いないのである。

「だが、其方たちの力だけで、本当に自分を守りきれるのか?」

晴信は冷静にユライーを問う。

「それは…」

「もし出来ないなら、たとえ危険があっても、他人の力を求めよう。」

「恥ずかしがる必要がない、胸を張って生きなさい」

晴信は手を伸ばし、ユライを頭をなでる。

「我が国の支配者 徳川の大御所様も、昔頭を下げて、今川、織田、羽柴に力を求めた。わしもじゃ。鞍替えこそ、国衆我らの生き方じゃ。」

人生の先輩として、この女を教えろと、晴信を思った。

だが、温泉の熱のせいか、何か頭をなでられるユライーは、顔が赤くなった。

「修理様の手…暖かい……」

「そうか?この手、いつか其方を殺すかもしれぬぞ」

「ですが、今この手は、こうしてあたしをなでるではないか?」

そうか…この子も、わしと似ているかもしれない…と晴信を思っている。

必死に生きっているなぁ…

しばらく静寂の中、二人は奇妙な感情を萌えるところに…

「従兄弟殿~~!!」

甲高い声はいきなり出てきた。

「ミゲルか?」

「はい!」

慌ただしく身を隠すユライーに対して、晴信は顔変わらずに問う。

「来たか?」

「間違いございません。先、下の町で久兵衛らの六人に襲い掛かられ、人を殺し、荷物を奪い取ってしまったとの由!それはペソアたちに違いございません!」

「われらが集めていないうちに攻めかかるのか?兵は拙速を尊ぶ。南蛮人のくせに兵法をよく心得ておる。」

「具足持って!」と晴信は下知を発した。

「まことに一戦を交えるおつもりか?」

「やつらもユライーを奪い返すだろう?残念だがそちらも彼女を大事にしておる故、夜這いの輩に易々譲る道理もあるまい。それに、武士の本懐は、舐められたら殺す。それに尽きる。」

わしは、随分と舐められたからじゃ……晴信は、手を血に出せるくらいに、拳を強く握った。


篝火で照らす南蛮の鎧を銀の光を煌めいている。

「槍斧と鉄砲など持っているなぁ」

だが兜を被らない、照らした顔に、黒、黄、白などの肌色と異なる容貌をしている。

傭兵だそうだ。

「兵の数は?」

「約七十人ばかり……殿?!」

「よ、角兵衛。」

物見している角兵衛は晴信の声を振り向いて、南蛮外套を陣羽織代わりに被り、クルスの前立の南蛮兜を被る晴信がいた。ユライーはその背中に隠れている。

「物見大儀。今どんな具合じゃ?」

「手前のところに近くている。だが攻める気配がなさそうでござる」

「七十人か…これじゃ戦になれないじゃ」

「はい、小競り合いしか叶えますまい……」

麓へ下りる道は彼らをふさぎ込んだ。それを突破しないと前に進めない。

「ならば、わしと変われ」

「それは…」

「戦い相手と少し話だと、双方が死ぬ前に悔いを残るのはどうする?」

晴信は薄い笑いながら、梯子を登って、屋敷塀から少し頭を出た。

「よくもアンドレア李の屋敷に隠したなぁ!探したぞ!」

鎧武者たちは声を聴くと、すぐさま道を開け、その中に歩いたのは、生意気な顔をしているペソア。

「この大員はポルトガル人が物とする!これからわれらは日本人も唐人も排除していく!」

ゴアからマレーの航路を掌握し、インド、日本、明とも貿易できるこの地は、マカオより儲ける、副王様をきっと喜ぶだろう…とペソアを言う。

「ペソアよ、君らはマカオでも物足りないのか?」

「そうさ、お前らの太閤殿下と同じ、この世のすべては、わがポルトガル王のものぞ!」

「少なくとも、かの女子は其方を拒否したのじゃ。それに、これはイエズス会の意志なのか?其方たちの所業は、日本にいる七十万の切支丹たちに類を及ぼすものぞ!」

さきの発言は、まるで日本でもポルトガル王の地になるとしよう。それを日本へ伝えると、公儀はどう思うか?日本にいる教徒たちはどうなるか、想像はしたくない。

「アンドレ・ペソアよ!義の心を忘れ、利益だけ貪る貴方の有様は、デウス様に顔を向けるのか?!」

晴信のそばにいるミゲルも激昂し、ペソアへ叫ぶ。

「黙れ!お前のような棄教者か!撃て!」

ペソアの命で、前にいる鉄砲隊は一斉に火蓋を切った。

ぼぼぼぼ!!との轟音と伴い、李旦の屋敷に蜂の巣のように、数多くの風穴を開いた。

「あれは……鉄砲?!」

ユイラ―は鉄砲隊の発砲を見るとそう呟いた。

「これは驚くだろう……大員はそんなものはないだろう?」

晴信は楽しそうに言う。

「いえ、それは……」

「やつら…本当にやりやがるじゃ!」

プロタジオ殿!海賊どもの意地を見せてやろう!と李旦を言うが――……

「まぁ、少し待って頂いたいじゃ」

晴信は得意げに笑った。

「本番はこれからじゃから」

「これじゃ少し静かになるだろう。」

ペソアは満足げに硝煙を見ている――

「甘いぞ」

ぽぽぽ!と同じ爆発は向こうからも押し寄せた。

「うわぁ!」

「ああ!!」

と、数人が倒れた。

「あれは……」

煙が散ったと、屋敷の塀の上に、竹のような物が現れた。

「まさか……」

「そのまさかじゃ。其方はわしらが何の準備もなく其方ら相手と戦をすると思うのか?」

竹束。竹を束ねて縄で縛ったもの。それで火縄銃の弾丸を防ぐ戦国時代から誕生した防具。

「お陰で当地は竹も多い、竹束の拵えなど造作もあるまい」

どうじゃ。顔が見えないが、竹束の後ろには、ペソアと同じ、得意洋々な晴信の顔を思い浮いている。

「おのれ…ェ!!」

「次、用意!」

屋敷内の角兵衛は有馬の鉄砲隊の指揮を執る、その第二隊を構えるところ…

「撃てぇ!」

双方の鉄砲はほぼ同時に撃ち、有馬方の数人が倒れた。

(やられたのに、もう反撃出来るだと?しかも、手前の鉄砲より装填速度が速い?!)

「多分ホイールロック式のだろう」

「ああ」

李旦と晴信は顔一つ変わらずに推測する。

ホイールロック式銃は火縄銃の改良型として登場したもの。特に火縄を使わず、ハンマーに装着した燧石を打ち付け擦り付けることで火花を得て装薬に点火して、発砲する方式で、装填と発射速度がもっと速いと言われる。

「だが所詮戦道具の一つじゃ、絡繰りが割れているなら恐るべきものではない」

「ですが、それじゃ我らにとっては不利じゃ。」

遠戦は続くと、いつか風は寄せ手に傾く。これじゃこの屋敷も危なくなる。

「ならば誰かあの鉄砲陣の中に討ち入り、その隊列を乱さればよい」

「そう言われても……」

「待~~~~~ってました!!」

声は風の如く走り、その声の主は風に勝る如く追う、陣羽織の白象が翻し、人影が屋敷門を蹴り破り、皆の前に表す。

ペソアの隊に距離五十間(約54m)である。

「誰じゃ!」

「撃てぇ!」

ホイールロック式銃の銃口その人影に集中して撃ちまくるもーー

「待て、子ともがいるぞ!」

射撃が止まった。武者の腕の中に一人の子ともを捕まえたから。

「おお、なぜ俺を連れてきたのじゃ!このバカものめ!」

捕まえた子とも、一官は腕の中に暴れている。

「そうですね。一官君がもし俺の戦いぶりを見せるなら、その安定を求める心は、多分変わるかなと思うから…ったけ?」

「絶対さき思いついたばかりだろう!あともう見たし、ユライ―に負けちゃったし!」

「いえいえ、あれは俺の本気じゃねぇからねぇ…」

武者は一官を下ろした。

「まぁ、いいか。あいつらは親方様の前に土足で踏みいじるのは、わしにもきにいらないし。」

「なら決まりねぇ」

二人は手を打ち、

「あの野郎……」

晴信は呆れた気のように言う。

「まぁ、いいじゃないか?青瞑牛不驚虎盲蛇に怖じずというものじゃ。」

李旦は逆に面白そうに見える。

こうして、かの武者は仁王立ちに双方の前に名乗り出てきた。

「遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ!われこそは、八島大夫満政の流れ、尾張国山田郡山田荘住人、前大久保治右衛門忠佐家中、山田仁左衛門長政である!」

「『前』大久保治右衛門忠佐家中だと…?!何でただの一浪人のお前が有馬のために戦うのか?!」

いきなり現れた長政にはペソアにイライラさせると見え、頭には血管が浮いてきた。

「いや、それは…面白いからじゃ」

そして、長政も飄々と答えた。

「俺は元々戦を求めるために、国に出たからじゃ」

「それじゃお前に討ち死にしてやる!」

頭にきたペソアは鉄砲隊に命じる。

「子ともを気にするな!あいつを狙って撃て!」

命令が終わったところにすぐ数発の弾が長政へ飛んできた。

「う、お、お、お、お」

ですが、長政は体を少し動きで、僅かに距離で避けてしまった。

「お、一官よ、お前は全然盾になれないじゃないか!」

「やっぱり盾にするつもりか?!」

そんなツッコミを気にせず、長政は槍を構えている。

「まぁ、こっちにも好都合だし」

不敵な笑顔をしている長政は喜んでいる。体には初めて向いた「合戦らしい合戦」に力が湧いていく。

自分は強い、負けたりしない。

(仁左衛門よ、お前は強い。だが、下剋上の世はもう終わる)

父は夢を諦めた。晩年の父は信長公と太閤殿下の家臣としての誇りを持ちつつ、他家を仕えず、天下人の家来として一生を果たした。

俺は、その憤懣を晴らす──!!

「参る!」

体中に火をつけ、燃料を燃やし、長政は地面に蹴り、逆にペソアのところへ飛んできている。

「なぁ…に…!?」

霰のように撃ち向いた弾は全てないようにと見られ、むしろ弾より素早くは走っていって、長政は五十間の距離を一瞬で縮めている。

「何だこの人は?!」

「はやい!」

長政は片手で槍をもって…

「太閤殿下に……俺になる!!」

槍を鞭のように繰り出した。

「うあああ!」

前線の鉄砲隊は一気になぎ倒され、その後ろのペソアをさらしてしまった。

「なぁ…」

「見つけ~」

長政はもう片手で馬上筒を抜き取り、その銃口でペソアを狙う。

「チッ!」

ボ!と轟音が鳴くと、双方が舌打ちする音もした。

「汚ねぇなぁてめぇは」

長政は手で顔を弾で擦れた掠り傷の血痕を擦る。

「戦場には汚くないものものおるのか?」

同じ馬上筒を抜いたペソアは隣にいる兵士を捕まえ、その人を肉盾でする。

「この人を囲め!」

虫の息をしている、被弾した兵士の手を離せないペソアの命で、十人ほどの兵士が長政を囲む。

「お前は気に入らねぇが、そのことは正しいとしか認めざるをえん」

不敵な笑みをしている長政は囲まれる兵士たちを見回って、再び槍を握った。


「見事な戦いぶりじゃ……」

「どんでもないつわものじゃ…」

晴信と李旦が感嘆しまいました。

まさかこれほどの拾い物とは。

「殿、それを感心している場合ではございませぬ」

しかし、この感嘆を角兵衛を中断させた。

「我らは戦をするためにこの島に赴いたのではございませぬ。あいつはそうございますけど」

角兵衛は言う。

「今こそ好機、軍勢を整えて、一気にペソアらを突破しましょう!」

「其方の言う通りじゃ」

晴信のような長年戦を潜り抜けた古兵は決断が速いのは特徴です。だが、今回の返す言葉は少し淀みがある

「仁左を救援すべし」

「なに?殿は仁左を気に入らぬのでは?」

「確かにわしはあの粗忽者を気に入らぬが、今戦っているのは彼の者じゃ」

晴信は言う。

「それは武士の義理と申す!助けにくる者を救えぬとあれば、もののふの恥と知れ!!」

珍しく激しい激昂している晴信。自分は何でその人にーーと自分へ可笑しいと思うくらい。

「恐れながら、従兄弟殿に申し上げます」

その時にミゲルは言う。

「その言葉はごもっともですが、今突破するなら、こちらにも手一杯となります……」

「そのことなら」

ひょっとその時、ある女の声が上げた。

「ユライ―…」

そのに控えているのは、先住民の少女ユライー。

「あたしも戦います」

「死ぬかもしれぬぞ」

「分かっております」

ユライーの目がまっすぐだ。

「あたしだって、あいつから取り戻したいものがおる故」


「オラオラオラ~!!」

背後の気配が気付いて、石突きに後ろの兵士の腹の力を込めて一突き、それを倒したと今度は前に突き、槍先が西洋の鎧と六尺の筋肉質の人体を貫き、そして……

「へぇ~~~!!」

槍と骸を一緒に振り上げている。

「この者は誠に人間なのか!?」

「まだ~まだ~」

その振り上げる槍と骸を振り下ろし、前にいる三人の頭にぶつけた。

「バケモノ…」

それは、目の前の男、山田仁左衛門長政の仕業だ。

「まだおるか~!!」

「ヒィ~~!」

長政の雄叫に対して、ペソアの兵士は怯えているのは明らかだ。

「中々やるなぁ……」

と……

「ッ!!」

兵士と兵士の間に、一本のレイピアを長政へ突き刺した。

「おいおい、まさか総大将の出回しかよ?」

槍の柄でレイピアの方向をずらし、ギリギリでデコを貫いてないところにとどめ、長政は不敵に笑っている。

「こちらは二十人ほどやられたからなぁ」

西洋鎧の兵士は二列になって、そこに出たのはポルトガル総督より海賊と呼ぶ方がもっとふさわしいペソア。

「お前の剣捌き、速ぇねぇ」

「山田仁左衛門長政というものか?お前の槍も。ジャパオンの武士も、皆お前と同じか?」

「それはどうかな…俺より強いやつは、山ほどいるぞ」

「それは困りますなぁ…ならば、国王陛下のために……」

いきなり、ペソアと長政の距離が詰まった。

(相変わらず早い!)

「お前を討つ!!」

長政はこの時即座に槍を反り返し、石突きでペソアを薙ぎ払う。

「ウッ」

「はは!貰った!」

ペソアは呻きが出たが、笑った。

レイピアの刃先が長政の鎧を貫き、脇腹に刺した。

だが…

「いえ、こちらこそ貰い申した」

長政の笑顔は崩れていない。

「?」

疑問ばかりのところに、あるものを飛んできた。

「アバよ~」

長政は身を避けると、ある長く重くものは凄まじい速度でここへ飛んでくる。

「なぁ…」

空気を切り裂け、弓矢より重く、飛び石より早くものを飛んできた。

ペソアが反応出来ない間に、その物は彼の左肩を貫き、彼ととともに樹に突き刺さった。

「ああああああああああああああ!!」

甲高い悲鳴を上げる中、長政は塀の上にある少女を見ている。

「すげぇ犬鑓だ……」

あれは、何か投げつけたユイラ―であった。

先住民の狩り技術として、台湾の先住民は投げ槍を多くこなす、そして鹿と虎も、一発で死に追い詰めると、後に明国国境の防衛のために大員へ考察した陳第の《東番記》に記載された。

そのユイラ―は身軽く塀へ飛び降り、ゆっくりと顔は土気色になったペソアのところへ歩いた。

「あたしのもの、返して」

そして手を彼の腰へ差し伸べて、一つのものをもぎ取った。

あれは、複雑な彫りがある、一腰の小刀。

「蝦夷のマキリみたいなものか?」

「生活に大切なものです」

ユイラ―はそこだけは簡潔にする。

「おい!そこの兵士共!」

長政は西洋鎧を身に着けるペソアの傭兵たちを声をかけた。

「おめぇらの大将はもう負けた。さっさと撤退して、彼を治療しろ!」

恐慌状態になっている傭兵たちその時はようやく我を返し、苦しげにうめき声を出ているペソアのもとに近づく。

あいつは手を一本くらい失うだろう。だがもしよい治療を受ければ生きられるでしょうと、長政は思っている。

近頃はこの島に勝手にできません。そのくらいはいいだろう。

自分はこいつを気に食わないが、同じ海に出る同士、死なせるのも如何なものだと思う。もし生き延びるなら、また俺と戦おう。と長政は思った。

「どうやら勝ったようでございますなぁ」

「ええ」

「ならば、わしらも行こうか」

外の様子を落ち着いたと見た晴信は、李旦へ言う。

「ええ、いってらっしゃい」

「そして、あのことも頼んだぞ。アンドレア殿」

未知の高山国の南へいくから、すべての人には行かせぬ。

だから力と勇気がある人だけを同行して、他の人たちへここへ残ると、事前にそう決めました。

その残った人の保護は、李旦に頼んだ。

「承知致しました」

「かたじけない」

「それは貿易の国を作るため。心配せん、わしは顔を遣って貴殿たちが向かいますから」

「その儀はありがたい。ならば」

有馬晴信たち武装したままの十数人たちはもう乱れた陣勢に通過して、山を下りる道を旅に立つ。

もしまた機会があれば、またこっちへ来られるだろうと、晴信は思った。

向こうの兵士を誰か担ぎ上げているのも見えている。

ペソアのやつだろう?大御所様は出来るだけ平穏にことを進めと言いましたが、そいつがないとこの島の南には日本の足跡があると分からない、それにユイラ―という娘も出会えぬ。ならば、こいつと事を構えるのも、悪いことばかりではないようだ。

もう一度そういうことを会えるのも、退屈はしませんぬなぁ…と晴信は思っている。

(いやいや、いかんいかん。どうやらわしも、戦国武将の考えは抜けないのう)と晴信は心に自嘲気味に笑った。

「おい~!!一官の坊主!」

一列の最後尾に、山田長政は門前の一官へ叫んだ。

「夢を諦めるな!お前の子や孫は、きっといつか、夢を追い叶える!」

人の夢は、終わらねぇ!はははは!

「はぁ~」

大笑に去った、風の如き人の背中を見ながら、一官はため息をついた。

「ないよ、私は安定の生活を送る故。その子々孫々も」

だが、一官、後に鄭芝龍と名を改めるこの男の息である鄭森(成功)は、後に明の忠臣となり、安寧を捨て、海を渡り、当時オランダ人の手にあるこの高山国を攻め取り、国作りの夢を叶えたの、またまた先の話である。

「さぁ、ユイラ―、案内せい」

「はい」

こうして、有馬晴信一行は、高山国の南へ。

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