第10話

「瀬戸くん、ピアノ、上手なんだね。」





そう言うと、瀬戸くんは少し照れたように笑った。



なんて、綺麗に笑うんだろう。



さっきからずっとドキドキして、おかしくなりそう。



初めて見る瀬戸くんのはにかむような笑顔に、目が離せなくなる。






「牧野さんも、弾いてみる?」



「え、いや、私は、ピアノなんて弾けないよ。」



「大丈夫。僕が教えてあげる。」






軽く背中を押されて、ピアノの前に置いてある椅子に腰かけるように促される。



ちょこんと椅子に座ると、瀬戸くんはとても優しく教えてくれた。





「ここ、押してみて。」



「えっと、ここ?」



「うん。次はここ。」







ポーンとピアノの音が鳴る。




一音一音、丁寧に教えてくれる瀬戸くん。



私の隣で、耳元で、彼の声が響く。



音楽室に響くピアノの音と共に、瀬戸くんの少し低めの声が右耳から流れ込んできて、頭がクラクラしてくる。



どうしよう。



全然、ピアノに集中出来ない。




耳元で囁くように聞こえてくるその声に、どうしても、瀬戸くんの方に意識が飛んでしまう。



だって、男の人とこんなに接近したこともないし、耳元で話されたこともない。



慣れないシチュエーションに、ドキドキしない方がおかしい。




それに、想像を超えるほどピアノは難しかった。



右と左で違う音を弾くだなんて、初心者の私なんかに出来ないよ。







「ぅわ、間違えた。」





それでも私なりにちゃんと綺麗なメロディを弾いていたのに、ピアノの音?と思ってしまうほど、力の抜ける変な音が響いた。



瀬戸くんの事を考えすぎて、教えてもらった所とは違う鍵盤を押してしまったよう。





「あはは!何その力ない音!」





ぶはっと吹き出すように笑い出す瀬戸くん。



こんな風に笑うことも出来るんだ、なんて思う。






「ご、ごめん。もう一回、やってみる。」





教えてもらったとおりに弾いてみるけれど、同じところでどうしても間違えてしまう。




間違える度に、瀬戸くんはケラケラと笑い出して、少しだけどむっとする。






「あの、瀬戸くん、わ、笑いすぎ。」



「ごめんごめん。面白くて。」






少し目に涙を溜めながら笑う瀬戸くんを見て、こうなったら意地でも弾けるようになってやると思った。

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