第5話
「今、見たよね?」
人通りの少ない路地裏に連れてこられた。
腕は掴まれたまま、離してくれる気配はない。
「み、見てません…。」
咄嗟に嘘をついてみたけれど、信じてもらえるわけもなくたじろぐ。
あぁ、どうしてこんなことに…。
雑用なんて断れば良かったと、藤堂先生を少し恨む。
帰るのがこんなに遅くならなければ、こんな厄介なことに巻き込まれずに済んだはずなのに。
「悪いんだけど、今見たこと全部、黙っててくれない?」
顔は爽やかに笑っているけれど、声のトーンが明らかにおかしい。
“何であんなところにお前いたんだよ“と、水野くんの心の声が副音声のように聞こえてくる。
「その代わり、君の言うこと何でも聞いてあげるからさ。」
ね?と、何一つ表情を変えずに言う。
貼り付けたような笑顔が、私を見つめている。
やっぱあんまり好きじゃないんだよね、水野くんのこの顔。
いや、決して不細工だとかそういう事じゃないんだけどね。
イケメンはイケメンなんだけど、何だろう。
初めて見た時から感じる違和感。
それはまるで…
「ねえ、俺の話聞いてる?」
ハッと我にかえる。
うんうんと必死に首を縦に振って、ちゃんと聞いていることをアピールする。
えっと、何でも良いからして欲しい事言えって言っていたよね。
うーん。
考えても考えても答えは出てこない。
てか水野くんにしてほしいことなんて特にないんだけど。
「キスでも何でもしてあげるから、さっき見たこと内緒にしといてよ。」
「キ…?!」
突然出てきた単語にあためふためく。
キ、キスって、あのキス!?
水野くんにとってキスって、そんな簡単に出来ちゃうことなの??
モテる人ってさすがだ、なんて感心してしまう。
「で?俺に何してほしい?」
にっこりと水野くんは笑う。
また、だ。
この顔。
爽やかでカッコいいとみんなが言うこの笑顔。
まるで、
「…仮面をかぶってるみたい。」
小さく言葉を落とす。
落としてから、あっと思った。
思わず、声に出してしまったと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます