第20話
「げぇっ!お前、白衣に鼻水付けんな!」
「良いじゃないですか。どうせ白衣なんて汚いもんでしょ。」
グリグリと涙と鼻水を、これでもかってくらい真っ白な白衣になすり付ける。
あの後、あたしは津崎先生が泊まっている当直室に連れてこられた。
チラリと壁に掛かった時計に目をやる。
ああ、休憩時間、あと三十分しかないじゃん。
仮眠取れなかったな、なんてぼんやりと考える。
けれど、そんな事よりも、あたしが泣いている事に気付いて、手で顔を隠してくれたり、当直室まで優しく手を握ってくれた津崎先生の事が、頭から離れない。
今も、あたしの顔は見ないように、ギュッと抱きしめてくれている。
多分、見られたくないって事、気付いてくれてるんだ。
こんなの院内の誰かに見られたら、間違いなく病院中に広まって大変な事になるって分かっているのに。
離れられない。
先生の温かさが、優しさが、胸に染み込んでくる。
この人は、最低な男なのに。
あたしのこと、変態って言ったり、バカって言ったり、意地悪く笑う顔も、全部嫌だったはずなのに。
津崎先生に話しかけられたり、触れられたりすると、あたしの心臓は大きく震えだす。
ドキドキと高鳴って、どうしようもなくなる。
本当は、この一週間、楽しかったんだ。
彰彦と別れて、寂しくて仕方ながなくて。
一人になると、いろんなことを考えてしまって辛かった。
そんな気持ちに気付いてくれた津崎先生に、少し嬉しくなった。
痴漢の時だって、怖くて怖くて。
叫ぼうとは思ったけれど、実際、津崎先生があの時助けてくれなかったらどうなってたか分からない。
井田先生のことを知った時も、すぐにあたしの異変に気が付いて、何かあったか聞いてくれた。
津崎先生には、どんなに隠したって全部お見通しで。
あたしに何かある度に、優しく手を差し伸べてくれる。
最低な男なんかじゃない。
本当はとても優しくて良い奴で。
いつもあたしを気にかけてくれる人。
鳴り止まない鼓動。
どんどん速くなる。
「ねぇ、津崎先生。」
「何?」
見上げると、白衣を汚されて少し不機嫌な先生と目が合った。
あ、怒ってる!と思って少し笑う。
「何だよ。」
不機嫌な顔のまま、あたしの目尻に付いた涙を、大きな手で拭う。
そんな仕草にも、狂ったように胸が鳴る。
ああ、苦しい。
苦しいよ、先生。
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