第19話

「美穂?」





ふいに声をかけられて、ハッとする。



あたしの存在に気付いた彰彦が、小走りでこっちに向かってくる。



どうしようと、その場で慌ててみるけれど、時すでに遅く、気付けば目の前に彰彦が立っていた。






「美穂、今日夜勤だったんだ。今は休憩中?」



「あ、えっと、まぁ、そんなとこ。」





動揺して言葉が上手く出てこない。



彰彦は少し申し訳なさそうな顔をしながら、チラリと彼女の方を見た。





「あの、ごめん。俺、本当に最低な事したよな。」



「いや、もう別に、気にしてないし。それより彼女さん、何かあったの?」



「お腹痛いって言うから、病院きてみたんだけど、ただの便秘だったらしくて。」



「あはは、妊婦さんあるあるだよ、それ。」



「そうなんだ。さすが看護師だな。」



「そんな事ないって。」







今、思っている感情を表に出すと、きっと壊れてしまう。



だから、全然大丈夫だよと言うように、笑ってみせる。



そんなあたしを見て、少し安心したように笑う彰彦。


自分でそうさせているのに、苦しい。


本当は、気にしてるに決まってる。


だって、五年も付き合ったんだよ?


それをたった一週間で、全て水に流せるほど、あたしは強くなんてない。







「ほら、彼女さん待ってるから、早く行きなよ。」





これ以上、彰彦と話すのは辛すぎて、さりげなく帰ってと言う。


そんなあたしを見た彰彦は、何かを悟ったように小さく頷く。






「あ、ああ、悪いな。じゃ、また。」







“また”なんて、もうないよ、彰彦。



そう思いながら小さく手を振ると、彼女さんがペコリと頭を下げた。



それがどういう意味なのか、分からない。


知りたくもない。



もう、何も考えたくないよ。





ジワリと目頭が熱くなる。



遠くなっていく二人の後ろ姿が、かすれていく。





ねぇ、神様。


あたしが何したって言うの?




この数日、嫌なことばかり。




何もかもが、嫌になる。





どうして。







「バーカ。」





後ろから聞こえきた声。



誰が誰に言っている言葉かどうかなんて、振り返らなくてもすぐにわかる。






「どうせあたしはバカですよ。」






投げやりにそう言うと、あたしは空を見上げた。



さっきまで、キラキラと輝いていた星が、瞬きを失って、ただの暗い空になる。



星が全然見えない。



隠してしまっているのは、あたしの涙。



見上げていないと、こぼれ落ちてしまいそうだったから。




そして、一番泣いている所を見られたくない津崎先生が、何故か後ろにいる。



さっさとどっかに行って欲しいのに。



あたしの思いとは裏腹に、津崎先生は近付いてくる。




津崎先生なんて、嫌いだ。




いつもいつも、あたしが困った時にこうして現れる。



弱ってる時に、いつも。







「大丈夫。お前は、何も悪くないから。」






ふわりと津崎先生の大きな手が、あたしの瞳に覆いかぶさる。



そんな優しい言葉、今言うなんてずるい。


こんな自分、一番見られたくないのに。


抑えられない。




先生の手があたしの瞼に触れたせいで、溜まっていたものがこぼれ落ちて、キラリと光る。



それは、さっき見た星の輝きに似ていて、思わず綺麗だなんて思ってしまった。

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