第18話
「次、伊藤さん、休憩入って下さいね。」
「はい。」
夜勤中は、スタッフが少ないから一人ずつ順番に休憩に入る。
一人、二時間ずつの休憩。
次は、あたしの休憩の番が回って来て、休憩室で一人、ぼんやりと座り込む。
あんなにやる気満々だった夜勤も、今じゃやる気ゼロ。
今月は酷い事ばかり起こる月だなと思って、さすがに落ち込んでくる。
休憩室独特の密室感が、とても窮屈に感じたあたしは、少し夜風に当たりに行こうと、夜間の救急外来の入り口から外に出た。
腕を伸ばして、大きく外の空気を吸い込む。
暑くもなく、寒くもない、ちょうどいい風。
綺麗な外の空気が、あたしの乱れた心を、ゆっくりと落ち着かせていく。
空を見上げると、キラキラと光る星がたくさん見えて、思わず見入った。
流れ星とか流れないかな。
これ以上、最悪な事が起きませんようにと、流れ星なんて見つかりっこないのに、心の中でお祈りしてみる。
それで、願い事が叶うなら、誰も苦労しないよね。
そう思って、小さく笑う。
さて、そろそろ戻って、少し仮眠でも取ろうかな。
病院の外から見る星空は、やけに綺麗に見えたから、名残惜しかったけれど、仕方なく入り口に向かって歩き出す。
「こめんね、彰彦くん。」
ふいに耳に届いた名前に、足を止めて思わず振り返る。
まさかとは思ったけれど、信じたくない気持ちでいっぱいになる。
けれど、現実というものは、時に容赦ないという事を、あたしは知っている。
「ううん、いいよ。それより大丈夫?」
聞き慣れた声。
この間まで、あたしの側で聞いていた声が、響く。
「本当にごめんね。私の早とちりだったみたい。」
「何事もなかったから、安心したよ。」
彰彦と呼ばれた男は、間違いなく一週間前に別れた元彼で、その隣にいる女の人は、きっと、妊娠した浮気相手。
ああ、もう。
だからどうして、こんなにも嫌な事が続くんだろう。
二人の事なんて、見たくないはずなのに。
会話だって、本当は聞きたくないはずなのに。
足が、動かない。
地面にピッタリと張り付いてしまって、その場から逃げられない。
彰彦は、優しく女の人のお腹を撫でる。
とても嬉しそうに。
そんな顔をする彰彦は、初めて見た。
その笑顔が、本当にあの女の人の事が好きなんだなと思い知らされる。
あたしには見せたことのない笑顔だから。
もしかしたら、あたしが浮気相手だったのかな。
そうだとしたら、あたしって本当にバカすぎる。
彰彦はいつだって優しかった。
どんなに会えなくても、優しく良いよって言ってくれて。
いつもいつも、大丈夫だよってあたしを安心させてくれた。
その優しさに甘えていたあたしは、彰彦にとって、最悪な女だっただろうな。
こんな女とは、別れて正解だよ。
彰彦は何も悪くない。
やっぱり、悪いのはあたしなんだ。
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