第16話

「伊藤さん、悪いんだけど薬剤部行って薬取りに行って来てくれないかしら?」



「あ、はーい。」






あたしは一階にある薬剤部へと向かうため、階段を降りていく。



もうすぐ一階に着く頃、地下に向かう階段から男の人の話声が聞こえて、思わず足を止めた。


知ってる人の、声だったから。





「お前、まだ落とせてないの?」



「美穂ちゃんって、なかなかガード固くてさ。」



「このまま彼女落とせなかったら五万だからなー。」



「分かってるって。絶対落とすから、見てろって。落としたらちゃんと五万払えよな。」



「落とせたらな!」







井田先生と、確か麻酔科の先生の声。



ガード固くて?


落とす?



頭で考えなくても、言葉の意味はよく分かるのに。



何だか追いつかなくて、グルグルと井田先生の言葉が頭の中でリピートされる。



別に、井田先生と付き合おうだなんて、思ったことない。


そんな事したら、他の井田先生を好きでいる人たちに睨まれるし、そもそもあたしはこの間まで彼氏が居たんだから。



だけど、井田先生が何故かあたしの事を下の名前で呼んできて、いつも話しかけてくるから、好意は持ってくれているんだろうなと思ったのは事実で。


それはそれで、少しは嬉しかったんだけどな。


全部、あたしを落としてお金をもらう為だったなんてね。



そういえば津崎先生、井田先生はやめろって言ってたよね。



もしかして、あたしが落ちるかどうか、かけてたの知ってたのかな。


知ってたから、やめとけって言ってくれたの?




だんだん井田先生の声が遠くなっていく。



しばらく階段の踊り場で佇んだ。



今、井田先生と鉢合わせしてしまったら、この動揺した気持ちを見られてしまうと思ったから。



思ったよりもショックを受けていることに、自分でも驚く。


先生たちのバカみたいな遊びのターゲットになっていたのも、それに気付けなかったのも。




完全に井田先生の声が聞こえなくなってから、ゆっくり薬剤部に向かって歩き出した。

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