第14話

「まあ、お前言う通り、俺は完璧人間だけどな。」



「はぁ?」





何だか良い奴かもと、少しでも思ったあたしがバカだった。


そうだよ。


この人は、こういう人だった。


最低な男だったんだ。







「変態さんは、新しい恋とかしねぇの?」






変態と呼ばれて、あからさまに怒った顔をする。


もう、その呼び方、本当にやめてほしい。






「当分男はこりごりです。これからは仕事に生きるんです!」



「寂しい人生だな。」



「うるさい!」






本当だったらビールを飲みたかったけれど、さっき麦茶を渡されてしまったから、仕方なく麦茶を飲み干す。


ガンッとわざと大きな音を立てて、空になったグラスをテーブルに置く。



やっぱこいつむかつく。


無駄イケメンめ。



あーもう、帰ろ。



こんなやつと飲んでたら、逆にストレス溜まりそうだよ。


これだったら、一人で家で飲んでる方がマジだ。



そう思って立ち上がると、玄関に向かう。






「あれ?帰んの?」





後ろから聞こえた声が、やけに寂しそうに聞こえて、思わず振り返る。





「か、帰りますよ。津崎先生といると、すっごく疲れます。」



「ひでぇな。せっかく一人ぼっちの寂しいお前を誘ってやったのに。」



「別に、そんなこと頼んでませんから。」






ははっと声を漏らして笑う津崎先生。


凄くむかつくけれど、津崎先生の笑う顔を見ると、どういうわけか、心臓が大きく跳ね上がる。


それが嫌で、ふいっと視線を玄関に戻す。




気に入らない。


なんで、こんな奴にドキドキすんのよ。






「じゃ、あたし帰りますね。」






後ろにいる津崎先生の顔も見ずに、ガチャリと玄関のドアを開ける。


その瞬間、ふわりと外の風が頬をくすぐった。






「ああ、そうだ。お前、あの医者だけはやめとけ。」



「あの医者?」






よく分からないと思って、振り返って聞き返す。







「井田だよ、井田。」



「え?なんで?」



「俺がやめとけって言ってんだから、やめとけ。」






何それっ!!


どんだけ自己中なんだ!!



そもそも、津崎先生には関係なくない?


万が一、井田先生とあたしに何かあったって、津崎先生が困ることなんて何もないじゃない。





「何なのよ!意味わかんないし!」





そう叫ぶと、津崎先生の家を出た。




自分の玄関のドアを勢いよく開けて、わざと津崎先生に聞こえるように音を立てて閉める。




ほんと、何あいつ。




昨日があたしの人生で一番最悪な日になるはずだったのに、今日もそこそこ最悪な日だよ。


痴漢に合うし、最低男と同じ職場だし、遅くまで残業だったし。



もう、ほとんど昨日と同じくらい最悪な日になってしまったと思う。



特にあの男のせいで。




パタリとベッドに倒れこむ。



しんとした部屋が、なぜか寂しさを強調させて、悲しくなった。



あんな奴でも、側にいてくれた方が良かったのかもなんて、思ってしまう。




そんな事を考えていると、スマホが鳴った。



ラインの音だと思って、スマホを開く。





「え?な、何で!?」






あいつ、いつの間にあたしのラインを!!!


スマホの画面には津崎先生からきたメッセージが表示されていて、目を見開く。




しかも、“三十路前の寂しい美穂ちゃんへ”って書いてある。



すぐにまたラインの音が鳴って、津崎先生のメッセージの後に、また新しいメッセージが送られてきた。





「っな!!」





メッセージを見て思わず声が漏れる。


あまりにも、むかつきすぎて。





“せいぜい仕事に生きろよ。もし病気になったら、俺が治してやる。”






そう書いてあるメッセージ。



あたしはベッドに伏せていた身体を起き上がらせると、津崎先生の部屋側の壁を殴った。


もちろん、穴が開かない程度の強さで。




一体、何なのよ。



あんなやつ、早く移動になればいいのに!!!


来たばかりだから、当分移動なんてものはないだろうけど。



今度みんなにこんな医者なんだって、言いふらしてやる!!



津崎先生なんて、大嫌いだ!!

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