第3話

「よし、これなら大丈夫。」





朝、鏡の前で自分の顔を眺めながら呟く。



思ったより、目は腫れていなくて安心した。



これくらいなら、化粧で誤魔化せるなと思う。






昨日、勢いよく閉めた玄関のドアを開けると、眩しい太陽の光が目に飛び込んで来て、少し目が眩んだ。



ああ、もう。


太陽、眩しすぎるわ!!



そんな事ですら、ムカついてくる。




こんな時に仕事だなんて。


憂鬱すぎる。



全部、全部あの男が悪いんだ。





浮気なんて、ありえないでしょ。


しかも、子供まで作って。




ほんと、あたしの五年、返せって話だよね。







「あー!!むかつく!!」






バタン!とドアを閉めて鍵をかけると、駅に向かって歩き出す。



駅に近くなると、人が多くなってきて、軽く人とぶつかる。


その度に小さくイラっとしながら、通勤ラッシュでごった返したホームで電車を待つ。




昨日はきっと、あたしの人生で一番最悪な日だ。



今日からは、いい事が起こるはず。




そう、自分に言い聞かせる。




大丈夫。




あたしの人生これからだ!!!






なのに。





満員電車の中で感じる違和感。




ああ、昨日の今日なんだから、勘弁してよ。




明らかにおかしい手の動きで、背後からあたしの足に触れる。


電車の揺れに合わせて触れられるその手は、次第に自由に動き出す。




痴漢だ。




深くため息を落とす。





この人、痴漢です!と言えばいいんだけど、その後が面倒なんだよね。



通勤でこの満員電車に何度も乗っているから、痴漢も今回が初めてではない。



だから、その後、どうなるかはよく知っている。




駅員が来て、警察が来て、話聞かれて。



それが結構時間かかるんだよね。



痴漢のせいで仕事に遅刻した事もある。



今は面倒な事はゴメンだ。





とりあえず、次が降りる駅だからと思って、我慢する。




何も言わないことをいい事に、背後の手は、更にエスカレートしていく。



スリスリと足を撫でられて、思わず寒気がした。




しかも、最悪な事に、今日はスカートを履いて来てしまった。



ゆっくりスカートの中に侵入してくる手に、さすがに気持ち悪くなって、さりげなく逃げてみるけれど、満員電車にあまり逃げられるスペースはなくて、全然意味がない。



ああ、気持ちが悪い。


少し荒くなった息遣いが後ろから聞こえてきて、吐き気がする。



早く、早く、駅についてよ。



このままじゃ、本当にやばい。

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