6)


 それは十分な時間だっただろう。

 僕を罪に堕とすに充分な時間だということだ。

 天架と身体を密着させている僕は、誰がどう見ても卑劣な性犯罪者に成り果てていた。

 その痕跡はもう冷たいほどで、そう簡単に乾きはしないくらい、濡れた。

 どうやって言い逃れ出来ない。欲望の下僕と化したのだ。


 「こいつ、完全に欲情していたぞ」


 そんなものが本当にいるのかどうか知らないが、僕の下着をチェックする痴漢専門の鉄道警察は、憤りを覚えながら僕に手錠を嵌めることだろう。

 そう、もし天架が「この人、痴漢です」と声を上げれば、僕の人生は間違いなく破滅していたはずだ。


 「彼女は妹ですよ? いえいえ、義理のね、一緒に住んでるんです」


 そのような言い訳も通用するわけもない。


 「確かに一緒に住んでいます。その通りです。しかし義理の兄に、私は汚されたんです」


 天架が言えば、それで終わりだろうから。




 実際のところ、僕は様々に抵抗出来たはずなんだ。

 そのぎゅーぎゅーの満員電車の中、天架は僕の前に立って、後ろに体重を預けるような姿勢を見せてきたわけであるが、僕は自分の腰をぐっと後ろに下げれば、天架のお尻と密着することは避けられたのは間違いない。

 それなのに、僕はそれ幸いとばかり、押し付けられるがままにした。


 いや、最初はある程度の抵抗を僕は示したのである。腰を引いて、彼女から逃げる動作を見せた。

 しかし彼女は逃すものかとばかりに、僕のほうにもたれかかってきたと思う。

 まあ、そんな言い訳は無効だろうけど。

 かなり混雑している電車ではあるが、ちょっと無理をすれば、彼女の真後ろのポジションから移動出来たことも事実だ。

 僕はその行動に出なかったわけだ。なぜか? 欲望に屈したからだ。

 むしろ僕は楽しんでしまっただろう。天架の身体の感触と彼女の髪の毛の匂いを。




 それは地上の天国に思えた。地獄のはずの満員電車が天国と化したのだ。

 天架は言っていたはずだ。「私は履いていない」と。

 そのスカートの下は生なのだ。

 いや、別にそこは問題でもないのかもしれない。薄い下着なんかで、今更、強烈な刺激が減るわけでもないから。

 それくらいに、がっつりと僕の股間と彼女のお尻は触れ合っていた。

 しかしイマジネーションは刺激される。生の尻と触れ合っているというイマジネーションだ。




 電車の揺れに連動して、彼女の身体と僕の身体は少し離れたり、更に密着したりした。その度に天架の身体の感触は強まったり弱まったりもした。

 何と言えばいいだろうか、少し離れたとき、その感触は一旦リセットされて、そのせいで、また密着が強まったときの感触が新鮮で・・・。

 つまり、ずっとくっつき続けているよりも、ちょっと離れるのが効果を生んだに違いない。

 電車の自然な揺れが、天架の感触をより強めたというかね。


 それに揺れているのは電車だけではなかっただろう。徐々に彼女の呼吸が荒くなっていくのもわかった。

 その呼吸の度に、彼女の身体は収縮したり膨張したりしていた気がする。

 収縮したときはお互いの身体は離れ、膨張したときは、彼女の身体がこっちに近づいてくるかのように、ぎゅっと密着する。

 その刺激は波のようで、本当に僕は青い海の中で快楽に溺れ死にそうになってしまった。


 このままではヤバい。僕は終わってしまう。 

 僕は快楽に溺れながらも、ビクついていた。いつ、彼女が叫び出してしまうか。


 「この人、痴漢です!」


 その恐怖のフレーズ。

 それを口にされる前に、彼女の身体の魔力から逃げなければいけない。


 「三万、払うから」


 電車が次の駅に近づき、減速し始めた。僕はそのとき、自分の中の自制心を奮い立たせて、その言葉を彼女に耳につぶやいた。


  「だから許して欲しい・・・」


  天架はこっちを振り向くことなく、無言のまま電車を降りていった。


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僕たちは罪に堕ちていく @asyuh

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