5)
★
こんな嫌な気分のまま、家に帰れるわけがない。寄り道をしよう。
それは当然の判断。
C子に連絡するのだ。我が浮気相手。
今、このときほど浮気するに打ってつけのタイミングはないだろう。
妻が優しかったとき、何か良いことがあったとき、そういうときにC子と会ってしまうと、その帰り道は自己嫌悪にうちのめされ、僕は何をやっているんだと自分が情けなくなってくるけど、今日は違う。
気分はやさぐれ、心はささくれ立ち、イライラが沸々と湧いてくる。
これを解消するには、殴り合いのケンカをするか、セックス。それしかないだろう。
家に帰りたくない。天架も座っているテーブルに。
恐いとか気まずいとかではなくて、今、あいつの顔を見たくない。
いや、違うぞ。妻のもとに帰りたくないのかもしれない。妻がいる前で、天架と会いたくないのだ。
とにかくC子に会いに行こう。天架が脅迫のネタに使ってきた相手。あの写真の中の女性だ。
★
我が浮気相手であるC子は、天架とまるで違うタイプである。
あんなに気が強くない。栗子とも違う。あんなにキビキビしていない。
とても大人しい女子なのだ。
大人しいというか、優しいというか、何ならば暗いとも言えて。
まず、彼女と話しをしていて盛り上がったことがない。彼女と共有の趣味なんてないし、共通の話題もない。似ている部分もない。
彼女はニュースもネットも観ていないようだから、ごく普通の世間話しすら成立しなかった。
僕たちの共通言語は身体を重ねる以外にないのである。
しかしそれだけは異常に盛り上がる。
楽しくて仕方がない。
C子は恐るべき受け身の女で、何をしても、どんな欲望をぶつけても、並外れた器の大きさで、全てを受け入れてくれる。
C子の柔らかい肉体と心のことを考えて、僕は心がウキウキしてくるのを感じる。
彼女がいてくれて良かった。Ⅽ子を忍耐強くキープしておいて正解だった。今夜はいつもよりも無茶なプレイをしてやろう。
少し雑に扱ってやるのだ。
★
C子の朝はいつも早い。出勤がやたらと早いらしいのだ。だから就寝時間も老人並み。
夕方には夕食を済ませて、風呂に入り、眠る準備に入っているらしい。
つまり、この時間でも、どこかに出歩いたりはしてないってことでもある。
いきなり押しかけても彼女が在宅しているのは間違いない。
セックスのとき、C子に学校の制服を着せよう。今夜はそんな気分だった。
C子は学校の制服を持っているだろうか。
持っていないのなら、これからどこかで買ってもいい。セーラー服ではいけない。ブレザータイプで、スカートの色は何色だっけ?
僕は天架の着ていた制服を思い出している。
確か紺色である。格子模様は意外と細かいタイプで。
毎日、あのスカートを見ているのに、意外とディテールは覚えていないものだけど、オーソドックスなタイプだから簡単に手に入るはずだ。
★
C子のことだから、「今夜は君のことを、天架って呼ぶけどいいだろ?」と言っても、「うん、いいよ」と即座に頷いてくれるだろう。
「どうして?」くらいは尋ねてくるかもしれない。
あるいは、「その人、誰?」かもしれない。
「うるさい、別に、そんなことどうでもいいだろ」と強い口調で言い返せば、それで終わりだ。
彼女は何も言ってこない。その代り僕が彼女をベッドに押し倒す。
押し倒すというか、肩のあたりを強めに押して、突き倒すのだ。
その感触が自分の手の中に溢れてくる。柔らかく軽いが、それでもある種の抵抗感を感じさせるあの身体。
その身体を、あの木製の安っぽいシングルベッドへ。何ら衝撃を緩和しない薄いマットレスに。
性的なこととは無縁な質素なベッド。貧しい子供が寝ているようなベッドだった。
彼女に尋ねたこともないが、あのベッドは子供の頃から使っていたに違いない。わざわざ実家から、一人暮らしのあの部屋に、持ってきたのだろう。
貧乏たらしい女だ。何だかあのベッドを思い出したら、あの部屋に行くのが嫌になってきた。
隣人の生活音も気になる部屋だった。ドアの開け閉めにも気を遣う。当然、行為中の声も。
だからといってホテルに誘い出すのも億劫である。ましてや、制服を買うなんて不必要な出費じゃないか。
どれくらいの相場か知らないが安くはないだろう。だいたい、どこに行けば本格な制服が手に入るのかも知らない。
まあ、最初からそんなことを試みるつもりもなかったのだけど。
似ている制服を着せても、別に盛り上がりはしないだろう。天架が着ている制服そのものじゃないと。
いや、Ⅽ子が天架の制服を着ても別に似合いはしないだろう。あれは天架が着てこそなのだ。C子には彼女の別の魅力があり・・・。
僕はふと通りがかったラーメン屋に立ち寄る。ラーメンとチャーハンを注文して、それで満腹になったら、C子に会う気は完全に失せてきた。
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