5)



 こんな嫌な気分のまま、家に帰れるわけがない。寄り道をしよう。

 それは当然の判断。

 C子に連絡するのだ。我が浮気相手。

 今、このときほど浮気するに打ってつけのタイミングはないだろう。

 妻が優しかったとき、何か良いことがあったとき、そういうときにC子と会ってしまうと、その帰り道は自己嫌悪にうちのめされ、僕は何をやっているんだと自分が情けなくなってくるけど、今日は違う。

 気分はやさぐれ、心はささくれ立ち、イライラが沸々と湧いてくる。

 これを解消するには、殴り合いのケンカをするか、セックス。それしかないだろう。


 家に帰りたくない。天架も座っているテーブルに。

 恐いとか気まずいとかではなくて、今、あいつの顔を見たくない。

 いや、違うぞ。妻のもとに帰りたくないのかもしれない。妻がいる前で、天架と会いたくないのだ。

 とにかくC子に会いに行こう。天架が脅迫のネタに使ってきた相手。あの写真の中の女性だ。




 我が浮気相手であるC子は、天架とまるで違うタイプである。

 あんなに気が強くない。栗子とも違う。あんなにキビキビしていない。

 とても大人しい女子なのだ。

 大人しいというか、優しいというか、何ならば暗いとも言えて。


 まず、彼女と話しをしていて盛り上がったことがない。彼女と共有の趣味なんてないし、共通の話題もない。似ている部分もない。

 彼女はニュースもネットも観ていないようだから、ごく普通の世間話しすら成立しなかった。

 僕たちの共通言語は身体を重ねる以外にないのである。


 しかしそれだけは異常に盛り上がる。

 楽しくて仕方がない。

 C子は恐るべき受け身の女で、何をしても、どんな欲望をぶつけても、並外れた器の大きさで、全てを受け入れてくれる。

 C子の柔らかい肉体と心のことを考えて、僕は心がウキウキしてくるのを感じる。

 彼女がいてくれて良かった。Ⅽ子を忍耐強くキープしておいて正解だった。今夜はいつもよりも無茶なプレイをしてやろう。

 少し雑に扱ってやるのだ。




 C子の朝はいつも早い。出勤がやたらと早いらしいのだ。だから就寝時間も老人並み。

 夕方には夕食を済ませて、風呂に入り、眠る準備に入っているらしい。

 つまり、この時間でも、どこかに出歩いたりはしてないってことでもある。

 いきなり押しかけても彼女が在宅しているのは間違いない。


 セックスのとき、C子に学校の制服を着せよう。今夜はそんな気分だった。

 C子は学校の制服を持っているだろうか。

 持っていないのなら、これからどこかで買ってもいい。セーラー服ではいけない。ブレザータイプで、スカートの色は何色だっけ? 

 僕は天架の着ていた制服を思い出している。

 確か紺色である。格子模様は意外と細かいタイプで。

 毎日、あのスカートを見ているのに、意外とディテールは覚えていないものだけど、オーソドックスなタイプだから簡単に手に入るはずだ。




 C子のことだから、「今夜は君のことを、天架って呼ぶけどいいだろ?」と言っても、「うん、いいよ」と即座に頷いてくれるだろう。

 「どうして?」くらいは尋ねてくるかもしれない。

 あるいは、「その人、誰?」かもしれない。

 「うるさい、別に、そんなことどうでもいいだろ」と強い口調で言い返せば、それで終わりだ。

 彼女は何も言ってこない。その代り僕が彼女をベッドに押し倒す。

 押し倒すというか、肩のあたりを強めに押して、突き倒すのだ。

 その感触が自分の手の中に溢れてくる。柔らかく軽いが、それでもある種の抵抗感を感じさせるあの身体。

 その身体を、あの木製の安っぽいシングルベッドへ。何ら衝撃を緩和しない薄いマットレスに。


 性的なこととは無縁な質素なベッド。貧しい子供が寝ているようなベッドだった。

 彼女に尋ねたこともないが、あのベッドは子供の頃から使っていたに違いない。わざわざ実家から、一人暮らしのあの部屋に、持ってきたのだろう。


 貧乏たらしい女だ。何だかあのベッドを思い出したら、あの部屋に行くのが嫌になってきた。

 隣人の生活音も気になる部屋だった。ドアの開け閉めにも気を遣う。当然、行為中の声も。

 だからといってホテルに誘い出すのも億劫である。ましてや、制服を買うなんて不必要な出費じゃないか。

 どれくらいの相場か知らないが安くはないだろう。だいたい、どこに行けば本格な制服が手に入るのかも知らない。


 まあ、最初からそんなことを試みるつもりもなかったのだけど。

 似ている制服を着せても、別に盛り上がりはしないだろう。天架が着ている制服そのものじゃないと。

 いや、Ⅽ子が天架の制服を着ても別に似合いはしないだろう。あれは天架が着てこそなのだ。C子には彼女の別の魅力があり・・・。


 僕はふと通りがかったラーメン屋に立ち寄る。ラーメンとチャーハンを注文して、それで満腹になったら、C子に会う気は完全に失せてきた。

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