第3話

 手元を覗き込んできた陽狐は、悠斗の肩に顎を乗せる。

 短冊には一言『陽狐と遊んできなさい』とだけ書かれていた。まるでこちらの様子が見えているかのようだ。

 喉の奥でぐっと言葉をこらえてから、くしゃくしゃに短冊を丸めてごみ箱に力いっぱい投げ捨てた。短冊が投げ込まれたごみ箱を睨みつけ、深くため息を吐く。祖母の指示に反旗を翻すと、その後がめんどうなことになるは火を見るよりも明らかだ。しばらく考えてから、悠斗は問題集とノートをまとめて乱暴に閉じる。


「……どこ行くんだ?」

「アイス屋!」

「どこのだよ」

「あそこだよ、あそこ。去年学校帰りに寄った、たぬき女将の」

「……あそこか」


 学校から家までの帰り道にある一つの古びた神社の脇道を入って行くと、竹林がある。竹林の歩道を十分くらい歩くと見えてくる昔ながらの駄菓子屋が現れる。そこは、たぬきのあやかしが人間に化けて営んでいる。人間に化けるのが上手すぎるせいで、あやかしが視える人間でも疑うことはほとんどない。悠斗も最初は気づかなかっ たが、陽狐がこそっと教えてくれたのだ。


「あそこのアイスが良いんだよ」

「はいはい」


 コート掛けにかけていたショルダーバッグを手に取り、帽子を深く被る。横目で陽狐を見ると、鼻歌を歌っていた。僅かな苛立ちを抱えながら、階段を下りて、リビングを覗いてみたが、共働きの両親は、今日もいない。

 外に出ると容赦ない暑さにすぐに家から出たことを後悔した。祖母の指示を無視することができずに、悠斗はショルダーバッグを肩から掛けて、目的に向かってゆるゆると歩き出した。


「今日はストロベリーあるかなぁ。ソーダ味も捨てがたい。そう言えば、悠斗は何にするんだ?」


 浮かれている陽狐の問いを無視して歩く。

 外にいる時は、他の人に視えないものと会話すべからず。

 周りに人がいなくても、それは徹底している。うっかり返事をしたときに、周りに人がいようものなら、変人を見るようなで見られることに違いない。

 だからこういう時は、ひたすら聞き流すに限る。


「なぁなぁ、無視すんなよぉ。今日くらいは良いだろ」


 聞き流すのさえも難しいくらいしつこく話しかけてくる陽狐の話に耳を塞ぎたくなるのを我慢しながら、なんとか無視し続ける。今日は陽炎が見えるくらい暑いからか、不思議と人とすれ違わない。高温注意報が出ている真昼間に歩くのは、社会人か遊び歩いている奴くらいなのかもしれない。悠斗は汗が額から流れる汗を腕で拭った。

 大通りに出ても思ったよりも車も少なかった。腕時計をちらりと見るとちょうどバスが通っても良さそうな時間だが、バスが走る音もしない。


「……まさかな」


 頭の片隅に嫌な予感がよぎった。

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