第5話 減価償却における私の疑問と先生への質問

「江崎君、めっちゃアホな質問かもしれないけど、いいかなあ」

「うん、なんでもいいよ」

「アーモンド入りの一口チョコと何も入っていないノーマルの一口チョコのどっちが好き?」

「身体に良さそうだからアーモンドチョコ。それが質問?」

「プププ‥‥違う」


簿記の質問と見せかけて全然違う質問をしてみた。最近はこういう冗談も言えたりするようになってきた。


江崎君も『なんだよ』と言いながら、次に来る季節、風に揺らめいた風鈴の鈴の音を連想させるような、爽やかで優しい笑みを浮かべて私を包んでくれている。


こうなると一緒に居るのがますます楽しくなり、別れ際の寂しさが増すんだなと最近実感している。私たちは学生でしかも阿須那のように大学じゃないから狭いクラスという単位でずっと居る。


だから今日お別れしてもまた明日確実に会える。けど以前、木村の奥さんの叶恵さんが付き合っている時に木村と合うのが一週間六日で『足りない』ってボヤいていたというのは本当にここ最近分かる気がする。


――――だって土曜日と日曜日離れ離れだし、夜、寝る時も一緒じゃないもん‥‥


もっとこういう気持ちになってから、過去の男たちには身体を許せば良かったかなとつくづく思う。無理矢理に好きになろうとしていた感が本当に強い。そしてやっぱり無理。投資したものが戻らない‥‥空しい、自分だけが汚れて行く、失われて行く‥‥そんなことの繰り返し。


好きになればなるほど、過去の自分を悔いてしまう。この狭間は、最後はどういう結末を迎えるのかは不安でしかない。そしてあまり良い結果にはならないと思えばとてつもなく悲しくなってくる。



「どうしたの?」

彼の声にハッと我に戻る。

「ううん、何でもないよ。質問なんだけどね」

「うん」


「減価償却費って費用でだけどちょっと費用には思いにくいなあって」

「ほう‥‥その心は?」


私のことをすごく興味深そうに見てくる。その視線にまた鼓動が高鳴る。



「だって、例えば事務消耗品費だったらペンとか消しゴムとか、顧客管理用のファイルとかを買うよね。通信費だったら携帯代とか。それに比べて減価償却費は‥‥お金が動いていないよね?」



「そう、減価償却費は実際には支払っていない。だからこの仕組みを利用すればその分キャッシュは出て行かないっていうことは僕も知っているんだけど、説明が完全にはうまくできないんだ。多分なんだけど買った時の資産があまりに高すぎて、それを費用化することができないから、なんじゃないかな。で、年単位で按分していく‥‥僕の知識はそのくらいかなあ。ごめんちゃんと答えれなくて‥‥」


「ううん、いいよいいよ。やっぱりそうなんだと思って。そこが納得できたから充分だよ」

実務家からすれば減価償却費はとてもありがたい費用というわけか。過去に借りたか、持ち金かは知らないが資産でもって資産を買った。その資産が多額だったためその費用を年按分している。その按分した費用はキャッシュレスの費用。つまり貯金と同じだ。マイナスにしているが事実上お金はマイナスにはならない。


その答えがはっきりしたのが翌日の朝だった。朝は江崎君の方が早く私は遅い。和井田さんの動向はこないだの件で気にしているが、江崎君の私に対する態度は変わっていないし、行動も同じだから、何か恋愛関係に至っているとかは無さそうに思える。よってちょっと警戒おさぼりと、睡眠時間の確保プラス、阿須那と一緒に途中まで通学することが重要ということで。


朝、彼と挨拶して教科書を出しながら少し雑談、スマホチェック。そして授業前のお手洗いを済ませて帰って来た時、吉山先生が来ていて、横に江崎君が立っていた。そして二人何かを話していたが、私が戻ってくるのを待ち構えていたかのように目がバッチリあった。


「おーい、角谷、こっち」

吉山先生が手招きをする。『はい』と返事して私は近寄る。一瞬昔のトラウマがよぎるが江崎君が私を見て微笑んでくれている。



「昨日の固定資産と減価償却の意味やけどな‥‥」



江崎君がわざわざ訊きに行ってくれていた。私の質問に百パーセント答えられなかったから朝一、先生を捕まえて訊いてくれたのだった。


建物などの固定資産は非常に高額になるため、それをその期で一括費用として認めてしまうと、もの凄い費用が計上されて一撃赤字になる。


ところがその翌期からVの字回復でバンバン黒字出して行ったら、財務諸表として費用と収益の対応関係が見にくくなる。出資予定先の企業が建物を買う年には誰も出資せず、それを回避して出資しようとしてくる動きが生まれる。


――――そうか、大赤字確定の年の株なんて誰も買わないかあ。特に多額の出資を行う人たちならより一層そうだろうなあ。財布に数千円しか入っていない私がこのお金の半分をどこかに出資するとしても、今期赤字で配当は見込めません、ならしないわ、となるなあ。

企業が営業活動をして収益を出す。それに伴いその企業が収益を生み出す大元、会社の建物を買った。この費用は減価償却という形で、生み出す収益と目減りしていく固定資産を費用化することで対応関係を図っている、ということだ。


そしてキャッシュレスの費用であること。つまり買った時に一気に出しただけで毎年支払ってはいない。支払ってはいないのに費用化されていくということはゼロをマイナスとして見てくれるようなもの。つまりお金が出て行ったことにしてくれているが今年は実際には払っていない。だからプラスとして残る。


「角谷さん、こんなこと言うんですよ」

「や、やめてよ、先生にそんなこと言うの‥‥」

江崎君が褒めてくれているのに私はついつい逃げてしまう。予備校での先生の対応があったから。どうせ大したことじゃないんだから‥‥



「角谷、おまえそれ一級の考え方やぞ」

「へ‥‥?」

私は言葉の意味が分からず、何を言われているかはっきりとしない。

「一級」

「い、一休さん?」

「なんでやねん」

私はとんちの名人ではなかったようだ。吉山先生がすかさず突っ込みを入れてきた。



「簿記一級の世界観だってことだよ」

「え?」

「簿記一級といえば、税理士や公認会計士試験の登竜門やからな。江崎から聞いたら角谷にはその才能があるわ」

「僕もそう思う。才能が普通と違うわ」


江崎くんの言葉に、今までとは違う感じたことのない鼓動の高鳴りを覚える。きっと私は目を丸くして、鯉のように口をパクパクさせているに違いない。

――――江崎君、私を煽てて、躍らせてようとしていない??


こないだのスクールカーストに踊らされた哀れで滑稽な自分を一瞬思い出して素直に喜べない。けど、今までのような浮かれた喜びではなく、何かが社会的に認められたかのような嬉しさがジワッと込み上げてくる。それが驚きでしかない。



「ええーー??」

私が簿記一級‥‥?税理士?公認会計士?そんな経済や経営のスペシャリストに大学ですらほとんど行くところがなかった私がーーーーええ??


「角谷のその才能を伸ばしたいわ。手堅く二級受かったら、一級のコースで待ってるからな」

吉山先生が不敵にニヤリと笑う。

――――冗談だ。きっと冗談だ。そうだそうだきっと冗談。うん、きっと冗談。


――――ただのおだてだ。江崎君も吉山先生もおだてがうまいんだ。きっと‥‥


でもやっぱり嬉しい。先生と勉強の質問を通してこんなに話したのっていつぶりだろう?

いや全くなかったかもしれない。そして全然悪くない。持ち上げてもらえたのもあるからかもしれないけど、それを差し引いてもかなり楽しい。


今まで先生という方々と話さなかったことはない。それなりにフレンドリーにはしてきた。しかし本来の形である勉学を通じて知識を与えてもらうためにこんなに話すのはなかった。私は先生という職種に対する向き合い方や付き合い方の根本を間違っていたかもしれない。


――――これなら、私一人でも質問しにいけるかもしれない。


もっと邪見に扱われるかなあって思っていたけどそうではなかった。きっとこれから『そんな時もあるかもしれない』それはお互い人間だから。気分というものが私にもあり、相性というのもある。とんでもないケアレスミスや基礎の脱落で質問しに行っている時もあるだろう。けどそれはその時に気が付けばいい。



また一つ江崎君に私という人間を大きくしてもらえた。先生に質問ができないなんて大の大人からしたら本当に愚かな話だけど、私にはネックになっていた。


それを彼が一緒に質問をして先生と向き合ってくれるところを私に見せてくれて、教えてくれた。結果として最高に私は称賛された。最後のはボーナスだ。毎回は無いし、無いとして丁度いい。


けど本当に嬉しかった。称賛の内容にビビったけど最高だった。成長も出来た。



良い男というのはどうしてこうもたくさんの、私にとっての人生のプラスを与えてくれるのか。つくづくそう思う。目先のプラスではなくて、将来に渡って効果を発揮し続けるプラスの作用を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る