第6話 商品有高帳
主要簿と補助簿を勉強している。主要簿って私はもっとビジネスに近いところ、つまり売掛金元帳とか売上帳、仕入帳だと思っていたがこれがあっさりと違っていて‥‥‥
違っている理由も後から考えれば納得で、つまりもっと総合的な奴ということだった。それは仕訳帳と総勘定元帳。いわゆる『全部』だ。
元々仕訳帳にきった仕訳を記入し、それらが勘定科目ごとに並ぶのが総勘定元帳。本当に全部だなって思う。
一方私がよりビジネスに近いところって言い方をしていた台帳たちは補助簿と言われる。現金出納帳、当座預金出納帳、仕入帳、売上帳などなど‥‥色々。
この中でも結構苦労してかつ試験に出てくることのある補助簿が個人的には『商品有高帳』と思う。
商品をいくらで仕入れてストックしておいて次また商品を仕入れて、そしてある時は売った分を記入する。それぞれ書くところがあって仕入れた時は一番左の<受入>売った時は<払出>そして残った分は<残高>。それぞれに数量・単価・金額とある。
――――これ、ヤバいかも。
すぐに思った。
最近様々な物資が高騰している。どっかのネット記事で書いてあった『色んなものが値上がりしていて材料費が高騰している』って‥‥高騰するということは価格が一度決まっていても次に仕入れる時は値段が違うということじゃない?
じゃあ商品ごとに単価の違いが出てきて、そんなの一緒くたに考えてしまえば下手したら実は『売って儲けたつもりが損していました』なんてことが起きるって。
――――江崎君に放課後の勉強会で私なりに考えた商品有高帳の重要性を質問として投げて見たら、めっちゃ誉められた。まあ吉山先生も同じようなことを言っていたのだが‥‥これで今日の夜は良い夢見れる‥‥のだけど。
最近学校で勉強していると、和井田さんが入ってくる時がある。彼女も『家に帰ってどうせ復習するんだったら今日はここでしようかな‥‥』とか言って教室の時は残りやがった。
――――とうとう出没したか。領空侵犯してくるやつが‥‥
それと同時に楽家という男子も入ってきた。目付きが大きいけど鋭くて茶髪で耳や首元まで全部被るほど長い髪を毛先だけ遊ばせてセットしている。
背は私より高いけど、江崎君ほどは高くない。丁度中間かもうちょっと低いかぐらい。細くて頬がこけた感じに見える容姿は派手でホストっぽい。
首からは何やら金色の細くて小さい、小指ほどのサイズで縦長のプレートのようなネックレスをつけていて左腕にも二重にビーズブレスレット、素材は分からないがシルバーと黒のリングも数個つけている。
こういう装飾品がさらに派手な感じにさせている。少しだけ話したけど女の扱いにも慣れている感があるし、彼女もいるみたい。
けばいコンビだ。
それでも、かつての私よりは全然マシだとも思う。名前の五十音順で座っているから多分後ろの方で二人一緒だったのだろう。和井田さんの男友達として入ってきた。スクールカーストを気にしていた時代はクラスメイトを隅から隅までデータ収集するように観察していたが、今は逆でなるべく江崎君のこと以外は我関せずで来ている。またそれの方がこういうところは合っている気がしたから。
入ってくるな‥‥そういう気持ちはあっても、それは言えない。
まあとりあえずは仲良く勉強している。それに和井田さん、割と私に気を遣ってくれているのか、本心は分からないけどフランクに話しかけてくれる。それか和井田さんも多分高校時代はスクールカーストがそれなりだったと思うから、そういうもん同士の波長の一致なのかもしれない。
で、話戻して商品有高帳。
「私、途中で分かんなくなるわ」
和井田さんがペンをくるくる回しながら憂鬱そうにぼやく。
「商品単価をどう計算するかなんだよ。さっき角谷さんが言ったように商品は、一応は仕入れた時の単価ごとで管理しないと、売った際の儲けが把握できない、つまり売上原価の把握ができないのと、下手したら赤字で売ってしまっているかもしれない。だから商品の払出にはとても気を遣うんだ」
江崎君が説明を続けて行く。
商品の払出の計算方法には『先入先出法』と『移動平均法』とがある。他にもあるらしいが簿記の試験上出てくるのはこの二つと言っていい。税理士試験の簿記論になると『総平均法』とかも出てきてバリエーションが豊か‥‥複雑になるそうだ。
『先入先出法』は先に入れたものから出していく、という話だけすれば単純なもの。
最初に、
一つ辺り一〇円の商品を一〇〇個仕入れました。ただの掛け算で一、〇〇〇円。
次にまた仕入で、
一つ辺り一二円の商品を五〇個仕入れました。ただの掛け算で六〇〇円。
今残高としては商品は、
別々の行に、
数量一〇〇個、単価一〇円、残高金額一、〇〇〇円。
数量五〇個、単価一二円、残高金額六〇〇円。
となる。
単価が違うので一本化できない。
これが一二〇個売れたとしよう。一〇〇個売れれば話は楽だったのに絶対にそうは来ない。中途半端な数字で来る。一〇〇は単価一〇円の分が払出されて一、〇〇〇円、残りの二〇個が一二円から払出されて二四〇円。合計一、二四〇円となる。これが売上原価だ。
残りは数量三〇個、単価一二円、残高三六〇円となる。
そしてここにまた数量一〇〇個、単価一三円、残高一、三〇〇円の仕入が行われ、さらに数量五〇個、単価十二円、残高六〇〇円の仕入が行われ、一五〇個が売れました、みたいな話がくれば、三種類の単価違いの仕入商品を合計しなければいけない。こうなってくると結構計算間違いをしたり、頭の中では処理しきれないことも出てくる。
ちなみに先入先出法は期末の在庫と金額を調べるのはラッキー問題の可能性が高い。
つまり期末に残るは最後に仕入れた分だけ、になる確率が高く、そこは知っているものだけがスパっと早く解けるラッキー問題になる可能性が高い。
最後は残高を次期繰越として払出に、数量、単価、残高を記載して終わり。
返品という事態は必ず起きる。
「これが鬱陶しいやんなあ‥‥」
楽家君の言うとり、鬱陶しい。後に語る移動平均法の場合は常に平均を取っていくので単価は一つしかないが、先入先出法はいくつもある。
本来なら戻ってきた商品はいつの分かをソフトウェアを使って実務でなら容易に調べれるかもしれない。そうだとしてもまぜこぜで返されたらたまったもんじゃない。古いの返すな!と言いたい。それでも面倒臭いけど在庫数と金額には直ぐに反映させられる。これが試験上になるとまさか在庫ソフトを持ち込むわけにもいかないため、計算でやる。でも案外そこは簡便的なものだった。
――――勘弁してもらっているみたいだ‥‥簡便だけに。
まさかこのメンバーの前で口に出すわけにもいかず、微妙に頬が緩む。多分思い付いた私しか笑わないから絶対に言えない。
先入先出法の場合、売上戻りがあった時は、『一番後に払い出した単価のものが戻ってきたとして記入する』がルールとなっている。ここが簡便的なところ。
移動平均法は最初に仕入れた分と次に仕入れた分の平均単価を取っていくやり方。行数の消費、ぱっと見はスマートそうなやり方だけど多分こっちのほうが最後は難しい。
最初の仕入が数量一〇〇、単価一〇、残高が一、〇〇〇円。
次の仕入が数量一〇〇、単価二〇、残高二、〇〇〇円。
倍の仕入れ単価は異様かもしれないが鉄関係とかは昨今それぐらいの上がり幅だとか聞く。
これをさっきは別々で記録したが今度は平均単価を出して一括で記載する。
数量二〇〇、残高三、〇〇〇円の平均は一五〇。
よって、数量二〇〇個、単価一五、残高三、〇〇〇円となる。払出の時はこの単価で払い出されるから、一二〇個の注文があれば払出は、一、八〇〇円。残りは八〇個で一、二〇〇円。この地点で結構ややこしい。
ここからまた新しい仕入が入ってきたらそこで平均取って、また入ってきたらそこでまた平均とってとなるから、一発で期末単価は出せないし、その度に平均を出す計算が必ず正解するとは限らない。
スマートに見えてややこしいやつだ。浮気する男子みたいだ。先入先出法は浮気しないで基本的には先に付き合った彼女がいなくなるまではそのままで、その次の彼女にはそれなりだが、移動平均法は浮気するから並行の時間があるんだ。
だから両方の彼女の都合に合わせなくちゃいけない。だから合計と数量で平均を取る。悪い奴だな。
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