第4話 簿記のお話~減価償却~
名前だけどっかで誰かから聞いたことはある。多分予備校時代にアプリで出会って付き合っていたマルチ‥‥確か上の名前は山田。
別に思い出したくもない男の名前だけど。山田マルチ‥‥勝手にそう名付けている。小太りで背が低いけど、いつもブランドもののパーカーやデニムを着てて、ロレックスとかではないにしてもそこそこ高い腕時計をつけていた。そして香水をつけていた。私はその香水の香りは好きだった。あいつも中身は無い男だったな。確かマルチが投資用不動産の、建物の話をした時だった。減価償却分がどうのこうの‥‥って。その時はちゃんと聞いていなかったし、きっと『原価焼却』なんだと思ってた。多分焼けるように使い倒して、擦り減って元値より価値が下がるんだと。
多分その答えでも何割かは合っていると思う。男の話はしないで他の部分の話をするとやっぱり江崎君は『そうそう、結構合ってる』と笑ってくれた。その笑顔はおバカなことを言い出す私の苦みに、甘いミルクを注いで中和してくれるようだ。
ここはいつもの喫茶店。今日も焙煎された豆が電動ミルで粉砕された時の香りが店内に充満する。大体私たちはいつもの席レジカウンターを右前に見る三列ある席の一番左側で勉強している。レジと一番左の席の横に大きな観葉植物があって、それが先に目を引くのでここの三列はパッと入ってきた人には目立たない気がする。後ろめたい事は何もしていない、むしろ、アンタたちすごいなあって言われるぐらい努力熱心なことをしてくるのだが、何分にも江崎君を独占している感はあるので、そんなに隠れるわけでもないし、しかも一番左だから普通に見えるし‥‥なんだけど心理的隠蔽感を満たしている。
今日はコーヒーよりも高いカフェラテをごちそうになってしまった。
――――本当にいつもすみません、角谷亜香里商店はまだまだ貧乏企業なので‥‥カフェラテ受贈益、とでも言うのかな。
今日は先日バイトしたお金があったから自分で支払うつもりだった。私もわざわざ『コーヒーじゃなくて今日はカフェラテ~!』なんてど厚かましいことが言えない。自分で出すつもりだった。
けど‥‥押し負けて出されちゃった。また『僕の理解しているかどうかのごちゃごちゃしたお話に付き合わせちゃうから』だそうだ。なんと謙虚な態度。今まで私からお金を騙し取ったり付き合っても飲み代を奢るどころか、折半なふりして私の方がたくさん出させた男とかと全然違う。またバンバン使うふりして後から『紐付』で『あの時こんなことしてやったじゃないか』と言ってくる男でもない。
――――感謝が溜まって行ってどうしていいか分からなくなる。感謝ポイントでも発行したい。
それは江崎君がチラッと雑学を披露してくれたところの、収益の認識基準のお話だろうか?三級では出て来ない、いずれ二級を学ぶと出てくるところでポイント制のお話だ。
今はポイ活なるものがあるぐらいポイントをどこでどうつけるかによって家計のやりくりにまで影響してくるうんぬんかんぬん‥‥なぐらいポイントというのは生活に大きく左右する。そこの計算の仕方。
話を元に戻して、減価償却。
建物や備品、自動車は使っているうちに必ずくたびれてくる。角谷家は築二十二年ほど。確かに建物の感じとかが新築やそれに比べて見るとデザイン以外の面でも古さを感じる。この古さを感じる、へたりを感じる、を価値の減少として金額に変換したものが減価償却。固定資産の価値を減らすものである。
計算は実は簡単でそれぞれの固定資産に耐用年数が決められている。国税庁のホームページに掲載されていて、そこに耐用年数も記されている。果樹等の評価方法とかもある。試験用の場合は固定資産の価額、耐用年数、そして今まで減価償却し続けてきて溜まった価額、減価償却累計額は全部与えられている。
この減価償却累計額こそがその固定資産のマイナス評価をしている勘定である。つまり建物で一億あっても減価償却累計額が九千万だったとしたらその建物の価値は残り一千万しかないということになる。
三級は『定額法』というやり方を学ぶ。名前からして『資本』並みに難しい話かと気負いまくっていたが全然簡単だった。ここまでは‥‥‥。
単純に買った時の価額に手数料は運搬料などを加えた購入価額に対して、耐用年数を割るだけ。その値が減価償却費として当期の費用になる。
この授業中にふと疑問が湧いたのだがそれは後で江崎君に訊こう。私はまだ実は先生に訊くことができていない。あの予備校での完全に見下されて、『ああ、もう君無理だから、はい次の人‥‥』と、授業料払っているのに受けた扱いが凄くショックでまだ心の中にダメージが残っている。それに、私の質問はそれほど直近で重要なことではなさそうでもあったから。
しかしこの『割ればいい』というのは、タイミングが重要になる。簿記と言うのは案外このタイミングや時間の概念を問われる学問だなあと思う。
たとえば四月一日期首で三月末日期末としたら、四月一日に購入して使い始めたならそれでいいけど、そんな訳はなく、たとえば八月一日からとかになったりする。そうなると計算に一手間かかり月割りというものが入る。八月だと残存は八か月だから(八月・八か月と覚えておくとよい)一年で十二分の八。
例えば三六〇円の建物があったとして、それを五年で償却する。
そうすると三六〇÷五だから七二となる。これが十二か月分だからこのうちの八か月を償却した。だから七二×十二分の八で四八となる。これが八か月分の償却分だ。
この辺で計算間違いや月数の数え間違いで結構点が取れない人が多発する。特に月数の数え間違いはあるし、やってしまえば他の計算があっても合算の上で算出される減価償却費そのものが合わなくなるので痛い。
また固定資産というのは『手放す』ということがある。こないだの私みたいにアホアホな時代の服たち(実は結構高いのもある)は、古着買い取り店に行けば場合によっては買い取ってくれる。下着は除く。そういう稼ぎ方や趣味は私にはない。
私の着ていた実はそこそこ高いギャル服が仮に三六〇円で償却が五年とする。
当期末において三年前の期首にこのギャル服を購入していて‥‥
――――多分病んではまだなかったけど、道の逸れはじめと考えたらそんなもんかもしれないなあ。うん?今からアバウト三年前?高三?高二?あれどっちだ?って頭の中でなる。こういう計算間違いをすると痛いんだってば。
下手すればこれで一年間違えると減価償却累計額を間違えることになる。となれば売却益も確実に間違える。配点が来る箇所で点が取れない。実際に解くときはしっかりと線図で書いて行く方が確実だ。
五年中三年の償却が行われている。ということは減価償却累計額が二十六円になっている。そして予定通り当期の減価償却を済ませれば七二円。今これだけ出そろったところで売却の仕訳を始める。売却価額は九〇だったとしよう。そして現金でいただいた。
<現金>九〇 <減価償却費>七二 <減価償却累計額>二一六 / これが売却の借方。
手放すから減価償却累計額を貸方から借方に持ってくる。
貸方は、服だけどとりあえず当時の男惹きつけ用愛され小道具だったため<備品>とする。
本来、備品は資産勘定だから左、借方に存在するものを貸方に持ってくることで、さよならする、を意味している。
貸方 <備品>三六〇 ここに差額が生まれる。
借方合計三七八に対して、貸方合計三六〇。
この差額こそが収益勘定で貸方に現れる売却益一八である。
以前収益勘定は貸方で右。費用勘定は借方で左と述べたとおりになる。これが六〇とか、あるいは私のようにズタズタに刻んで廃棄したとしたなら費用勘定に出てくる。私の場合の仕訳は、
借方 <減価償却費>七二 <減価償却累計額>二一六 <固定資産除却損>七二
/貸方 <備品>三六〇
となる。
――――私の場合、もうあまりド派手なアホアホ服は買わないほうがいいわ。トホホ‥‥
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