第3話 経験人数の問題
第一巻がこちらです。
https://kakuyomu.jp/works/16818093083999233254
第二巻がこちらです。
https://kakuyomu.jp/works/16818093084038552052
よろしくお願いいたします。
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収入を得た私はゴールデンウィーク最後の一日はバイトを入れずに、買い物へ。とりあえずお母さんが晩御飯のおかずを買いに行くから、場所はこちらで指定してリーズナブルなチェーン店の服屋が入っている複合施設へ。
もう阿須那と同様、細部には拘っている余裕がない。質より量。
このあいだ雨水を被ってヘドロ臭くなったパーカーは浄化するかのごとく何回も洗われて、ようやく物干し台に上がったときにはだいぶんと日数が経過していた。
あれが一番学校に来ていく多様着だったのに。一着無いだけで困った。全く無いわけではなく、あるのだが『ちょっと着ていくのどうなん?』って言いたくなるようなものばかり。よくこんな格好で予備校に行ってたなあと思う。
ヤンキーがかったジャージの上下及び、キラキラとラメが入っていてあらゆるところから下着が見えてしまいそうな服など、ことごとく廃棄!
あと、「なんだこれは?」と言いたくなるおバカ下着の数々‥‥多分今日買った下着が一セットで三セットほど買える値段だけれど、黒歴史のチェキの写真と一緒に廃棄。これで阿須那には二度と見られない‥‥
――――いや、待てよ?あいつならひょっとしたら写真撮って画像データで残してやがるかもしれない。
一度機会があればスマホのデータをチェックしてやるつもりだ。
それにしても我ながら改めてよくこんなのを着ていたなあと思う。
(だいぶ頭がおかしかったんやなあ‥‥)
廃棄する際に一切見られたくないから半透明のゴミ袋を折込広告で完全に防御。こんなの裁断していても見られたくない。
やっと落ち着いた清楚系地味子ファッションが何通りかできるようになった。そして同じく清楚系の下着類を購入した。
やっぱり考えてしまう。
――――江崎君と並んで歩くなら、やっぱりこんなのかなあ。でもどうだろ、これちょっと胸開いてるけどこれぐらいなら普通にしていれば谷間までは見えないから大丈夫かなあ。江崎君が「キレイだよ」って言ってくれたらいいんだけどなあ。
そんなことばっかり考えている。
そう、服を買う基準、それは江崎くんの横に並んで歩いておかしくないかどうか。きっと江崎くんが来ているのは色々だけどやっぱりなんか違う。セレクトショップとかで買ったのかなあって思う、同じ色同じ種類のものなのに、ちょっとずつ何かが違う。今の私はそこまで拘れる余裕が無いけど、何となく寄せることはできる。
――――こんなもんかしら‥‥ね。江崎くん、ちょっとだけ私、江崎くんに近づいたのかな。
たかが服、されど服。服だけで近づけるわけではないけど、着ていくものというのはその日の気持ちを体現してくれる。
前のように調子に乗ったパリピではないので、そんなに高価な変わったものを身につける必要もない。
▽▼▽▼
今日は阿須那ではなく、お母さんが運転している。お母さんの車内サウンドの趣味はなかなか渋くて私たちみたいに好きな音楽やFMではなく、AMをFMのチャンネルで聴く。
聴いていると歌よりも司会者さんとゲストさんとのトークや、投稿されたメッセージを読んでコメントすることの方が多く、これはこれでたまにクスッと笑える。
お母さんが言うにはお父さんもそうなんだけど、年を取ると歌をずっと聴き続けたら頭が痛くなり、歌よりも人の声のほうが良くなってくるらしい。そういえば公園とかで座っているおじいちゃんらは、世代が世代だからもあるけれど、AMラジオだ。きっとそういう理由もあるのかもしれない。
そんなことを考えていると不意に、これはさすがにFMではあまり聞かない話だなというようなネタが途中から私の耳に入ってきた。
《嫁の方が経験人数が多くて悔しがる旦那。どうしても経験人数を増やしたいけど今更浮気するわけにも行かず、悶々とする日々‥‥》
――――どこに拘っとるねんて。
コメンテーターたちが、『嫁さんと付き合っている時はちゃんと過去にどんな男たちとそういう関係になってきたか、何人ぐらいとしてきたか、聞かへんだんかなー』とか、『そんなんよう聞かんやろう』とか『やっぱりその辺は聞いとかな後からこの人みたいに悶々するわ、なんかの拍子にえらいこと知ってんねんなあ、とか思ったときに』とか、芸人さんと司会者が掛け合いのように多分冗談半分で絡んでいくと女性司会者のほうが『そんなん関係ありますー?』と違う観点で斬り込んでいく。下世話な話でわちゃわちゃしているのを興味なさそうにすかして外を眺めながら、実はめちゃくちゃ気にして聴いている私。冷や汗たらりものだ。
自分が江崎くんと不釣り合いだなって思うところはそういうところがかなり大きい。後は過去のその男たちの質。分かっている。分かっているけど誰かに否定はしてもらいたい。
そんなこと江崎くんが知ることはないから堂々と付き合ってしまえと思うところもゼロではないけど、あれだけの大金持ちなら私立探偵を使うこともできる。そうなったら私の過去など秒でバレて終わる。そんなことはしないとしても、さっきのラジオの出演者が言ってたように、なにかの拍子にポロッと分かってしまうことが結構ある。遊び人の男たちが真面目ぶった演技をしてもどこかが違っていて分かってくる私の感覚と同じことだ。それが凄く怖い。
「お母さん、やっぱり今もまだ男の人って女の人の経験人数って気にするのかなあ」
本来は逆に質問される立場なのに、思わずお母さんに質問してしまう。至ってクールに、風に髪を少し遊ばせながら、こんな質問をしている。
「え‥‥‥?」
意外すぎる質問にお母さんが一瞬目を丸くしてしまう。横目で見ていても分かるぐらいだ。
できれば『今どきそんなことはないよ。これは変わった話だからラジオで取り上げられているの』と言ってもらいたかったから。
「もう今どきそんな事言わないんじゃない?知らんけどね」
ありがたいお言葉が、大阪独特のあやふやな言い方で返ってくる。
「そうやんねえ‥‥」
私もそう思っている。そう思いたい。けど相手が相手だけに自信が全然持てない。
「そんなんもうおばあちゃんらの時代やと思うよ。亜香里らやったら経験ある方が喜ばれるくらいじゃないの?」
「そんなことはないけど‥‥」
多分私のことを気にして言ってくれている。気を遣っているんだ。
「じゃあ、もしさ、お母さんの子供に男の子がいたとして、経験人数二十人と二人ならどっちのお嫁さんがいい?」
「二人」
「‥‥‥‥‥‥‥」
――――即答されてしまった。
表層は相変わらずクールに窓の外を見て髪を風に遊ばせている。
母は私に、気を遣ってくれていたが、超が付くバカ正直者でもあったようだ。
「今日はお肉安かったから、お肉たっぷりのすき焼きねー」
「うん」
しかしどんどんと悄然とした顔になっていった私にまた気を遣ってくれて、晩御飯の話題に無理矢理感満々でチェンジした。
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