(10)
喫茶店を出た私は、あの、と聖良さんの背中に声をかけた。
「奈波さんはちゃんと、奏太さんに伝えてくれるでしょうか?」
「音緒さんは、どう思う?」
質問を質問で返すなと思いつつ、私は言った。
「あの人、本当は奏太さんの居場所を知っているんじゃないかと思います」
「なぜ?」
声の色が紫色……嘘の色だったから、とは言えるはずもなく、私はなんとなくと答えた。
「室町さんを疑った時と同じように?」
今更一か月以上前のことを蒸し返されるとは思っていなかったので、私は言葉に詰まった。あれはやはり詐欺目的の資金集めだったらしく、表沙汰にはならなかったものの、室町さんは業界から追放される形になったと聞いていた。
「君はどうして、室町さんを疑ったの?」
「それも、なんとなくです。私、そういう勘が当たることがよくあって」
「論理的な君が、“なんとなく”であそこまで必死になるとは思えないけど?」
バッサリと切り捨てられてしまっては、もうごまかしようもない。私は観念して、口を開いた。
「信じてもらえるか、わからないですけど」
そう前置きして、私は声が色になって見えることや、その色は声を発した人の感情を示しているらしいことを説明した。
聖良さんは相変わらずの無表情だったが、きっと呆れているのだろう。
「ほら、だから言いたくなかったんです!」
不貞腐れる私を見てどう思ったのか、聖良さんは私に尋ねた。
「君には、イカルの歌声はどう“視える”?」
「えっ? ええと……海みたいな深い青……寂しさを感じている時の色です。でも、同時に常に温かい橙色が流れていて……。だから、イカルさんの声は落ち込む人に寄り添うだけじゃなくて、励ますこともできるんじゃないかなって思います」
たどたどしく答えると、聖良さんは少しだけ笑ったように見えた。
「つまり、室町さんの件も先ほどの彼女も、声の色から察した、と」
「ええ、そういうことです……」
予想とは違って、彼は私の告白を笑い飛ばしたりしなかった。まあ、おそらく聖良さんも“普通”ではないから、すんなり受け入れてくれたのかもしれない。
「白鳥さんは事情を知って、彼を匿っているんだろうね。そうじゃないと、ああやって探りを入れたりしないだろうから」
「私たちの出方を知りたかったということですね」
だから彼女の方から、声をかけてきたのだ。
「そこまで一生懸命になるなら、彼女は奏太に最善の選択をするよう説得するはず。そう考えると、こちらと穏便に話ができるチャンスをふいにするとは思えない」
「つまり聖良さんは、奈波さんが奏太さんを連れてやって来るだろうと考えているわけですね。めっちゃ回りくどい説明でしたけど」
「脱線したのは、君が声の色がどうこう言うからだよ」
「室町さんの件まで持ち出されなかったら、脱線しませんでした!」
聖良さんはニヤニヤと私が吠えるのを聞いていて、これは丸っきり子ども扱いでは、とようやく気づいた。
「で、でも、奏太さんが正常な判断ができるか、ちょっと怪しくないですか? あんな黒魔術みたいな真似、普通の人はしないですよ」
「確かに、かなり思い詰めている感じはあったね」
いくら奈波さんが説得しようとしても、聞き入れてくれるかわからない。例えば、盗作騒動の解決なんかよりもっと美味しい話を囁く存在と、もう出会っていたら?
「奏太さんの家にあった魔法陣? みたいなのって、本当に効果があるものなんですか?」
「どうして俺に聞くの?」
聖良さんは白々しくすっとぼける。思わずチッと舌打ちすると、品がないと窘められた。
「まあ噂で聞いたところでは、魔法陣とか生贄を捧げる儀式とか、ああいうもの自体に効果はないね」
「えっ、そうなんですか? あんなに手の込んだ準備をしても?」
「まったく無意味ではないよ。魔法陣から何かが現れることはなくても、“匂い”は広がる。意外と身近に、それを感知して“営業”をかけてくる者がいたりして」
「そうなると結局、望んだ結果になるわけですね」
わざわざ呼び出す必要なんてないのだ。“彼ら”は私たちのすぐ近くにいて、私たちを窺っている。私たちが欲望に支配される瞬間を、手ぐすねを引いて待っている。誰でも簡単に、引きずり込まれる。その方が、ずっと怖いではないか。
「大丈夫だよ。イイ子にしてれば、何も寄って来ない。自分の身の丈を、きちんと弁えていればね」
聖良さんは楽し気に、口の端を上げる。私はぞわりと背筋に寒気を感じた。
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