(8)
「こうなると、彼の自宅に行くしかないかな」
「自宅って……どこにあるかご存知なんですか?」
私は驚いて聖良さんを見上げた。さすがにSNSに自分の住所を載せている人はいないはずだが。
「この前、会社の信用調査を頼んだ探偵がいたでしょ?」
「ああ、栗栖さんでしたっけ」
「そう、彼に色々と調べてもらった。やっぱり、この近くみたいだね」
あの時も思ったが、ずいぶんと手回しが良い。まるでトラブルが起きるのを事前に知っていたみたいだ。
ともかく、私たちはその探偵の情報を頼りに、奏太さんの家に向かった。駅から歩いて十五分くらいのところにある、二階建てのアパートだった。外から出入りが丸見えの、セキュリティーという概念を捨て去った造りをしている。
奏太さんの部屋は二階の一番端で、私たちは錆びついた階段を上って部屋の前まで行った。
インターホンを鳴らしたが、反応はない。ドアの脇のすりガラスの向こうにも、人影は見えなかった。
「いないみたいですね。とりあえず、手紙でも入れておきましょうか」
私は自分の手帳の一部にメッセージを書いて破ると、名刺と一緒に郵便受けに入れた。
私がその作業を終えて振り向くと、聖良さんの姿が消えていた。奏太さんの部屋の前を見たがそこにもいない。首を傾げつつアパートのベランダ側に回ってみると、なんと彼は塀の上に立っていた。
「ちょっと、何してるんですか!」
「上れば部屋の中が見えるかな、と思って」
「完全に覗きじゃないですか。捕まるから降りてください!」
脳裏に、「人気バンドのメンバー、覗きで逮捕」という見出しが浮かぶ。焦る様子を面白がってか、聖良さんは悠々と塀から降りた。
「人はいないみたいだったよ」
「そうですか……まあ、いないのがわかって良かったですけど」
私はびくびくしながら周囲を窺ったが、人通りはなく、ほっと息を吐いた。
「それでこれが、彼の部屋の中なんだけど」
「この上盗撮まで!」
私は写真を消そうと聖良さんのスマホに手を伸ばしたが、目に入った光景に全部吹っ飛んでしまった。
「なんですか、これ……」
カーテンの隙間から覗く、部屋の中。荒んだ空気が写真からでも伝わってきた。積み上がったコンビニ弁当のゴミや、空のペットボトルくらいは、まだわかる。でも、ビリビリに破かれた本や足の折れた椅子が床に転がっているのは、異常だ。
特に異様な雰囲気を感じたのは、部屋の中央辺りに、一定の間隔でロウソクが立てられていることだった。よく見れば、壁も暗幕のようなもので覆われている。
「これ、“何か”を召喚しようとしてません?」
聖良さんはそれには答えを返さず、今度はSNSの画面を私に見せた。
――どれだけ頑張っても、神様は見向きもしない。試練ばかり与えて、残酷だ。
――努力したって、どうにもならないこともある。
――嘘で塗り固めたっていい。夢を叶えるためなら。
「『カナ』って人の投稿ですね。この女性が何か?」
「このアカウント、旅行先とか食べたものが彼とよく被ってるんだよね」
「奏太さんの彼女ですか? でも内容的には、奏太さん本人の想いに近いような……。もしかして、女性のふりをして本音を?」
いわゆる裏アカというヤツかもしれない。
「決定的なのが、コレ」
カナがアップした写真を見せられ、私はギョッとした。
「これ、奏太さんの家にも同じものがありましたね」
床にロウソクが立てられ、怪しげな魔法陣のようなものが書かれている。「黒猫の目玉を手に入れなきゃ」、という不穏なコメント付きだ。
「『奏太』が呟かないような、ネガティブなことばかりですね」
古着屋の店員が言っていたように、歌手活動のことで悩んでいたのだろう。
「このアカウントの方は、炎上後も稼働していますね」
日付を見ると、最新の呟きは昨日だった。最悪の状況には至っていないようだと、ほっとした。
「もう一つ気になったのが、この言葉なんだけど……」
聖良さんが画面をスクロールして、奏太さんが動画をアップする五日ほど前の呟きを見せた。
「『メロディが、降ってきた。美しいギターと男の声だった』、その三日後が、『もうすぐ完成。すごいものができた』……。これって、盗作騒ぎになった曲の話ですか?」
「タイミング的には、ピッタリだね」
「でも、この書き方だと盗作っぽくないですね。裏アカとはいえ、警戒したんでしょうか?」
「それなら『ギターと男の声』と書くのはおかしい。イカルと一致する要素を出すのは不用心だ」
「じゃあ、本当にメロディが降ってきたっていうんですか?」
そんなこと、あるだろうか。曲に限らず詩や小説でも、“降りてくる”なんて表現をする作家はいるけれど、あれはあくまでも脳内での話だ。イカルさんの歌が聞こえてきたとしたら、ライブ会場か、イカルさんの弾き語りか、直接耳にしたとしか考えられない。
聖良さんはしばらく無言で、何事か考えている様子だった。
「……もう一度、あの店に戻ればわかるかもしれない」
「あの店って、『エコー』ですか?」
「そう、エコーだよ。今回の事の原因は、それだ」
どういう意味だろう。首を捻る私に、聖良さんは思わせぶりに言った。
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