(7)
「奏太さんって、お店を持っているんですか?」
社長室から空いている会議室に移った私と聖良さんは、これからの作戦を練っていた。先に明日香さんとネットで情報収集をしていたという聖良さんが、奏太氏がバーの店長をしているらしいと教えてくれた。どうやらその店は、都内にあるようだ。
「雇われ店長で、オーナーは別にいるみたいだね。本人がSNSに投稿した情報だから、正確だとは思うけど。少し引っ掛かるのが、その店の場所が比較的イカルの家に近いことなんだ」
「それは気になりますね」
「イカルは今でもギターを抱えて深夜に徘徊していたりするから、もし、新曲を歌っているのを聞かれていたとしたら……」
偶然通りがかった奏太さんが、そのメロディを勝手に自分の曲に使った――。
「それ、あり得そうですね!」
「でもこれはただの推論だし、本人に会って確かめないと」
私たちは電車に乗って、そのバーに行ってみることにした。まだ昼前だから開店していないだろうけど、運が良ければ奏太さんに会えるかもしれない。
「なんだか不思議な構造ですねえ」
奏太さんが雇われ店長をしているというバー「エコー」の入っている建物を見て、私は言った。
下りの坂道の先が入り口で、半地下になっている。頭上は幹線道路なので車がビュンビュン走っていて、ちょっとした洞窟探検のようだ。入り口に設置されていた地図を見るに、内部は円形で、出入口は二か所。もう一方の出入口はちょうど百八十度回った真正面にあるはずだが、通路がカーブを描いているので見えない。
ちなみに建物の名称は、「ラットラン」という。調べたら俗語で抜け道という意味だった。ここを抜ければ幹線道路を渡って向こう側に行けるからだろう。ネズミが駆けていくような道、と想像すると、あまり明るいイメージは持てない。入り口から覗くと居酒屋や喫茶店などがずらりと並んでいるが、中はやっぱり薄暗かった。
「昭和にできたらしいから、年季が入ってる店が多いね」
確かに、レトロな雰囲気が出ている。夜はもう少しにぎやかになるのかもしれないが、今開店しているのは喫茶店と床屋くらいのようで、シャッター商店街を思わせる物寂しさだった。
「イカルさんは、この辺りも徒歩圏内なんですか?」
「ここは少し遠いかな。イカルの家は幹線道路の向こう側だから。反対側の出入り口から入れば歩いてこられそうだけど……今は無理みたいだね」
聖良さんは建物の入り口に貼られた紙に目を留めて言った。そこには、「工事中のため、この先通り抜けられません」と書かれている。どうやら年季が入りすぎて補修する必要があるらしく、中で通行止めになっているようだ。せっかくの「ラットラン」が機能していない。
ドーナツ状にぐるりと巡っている通路を少し歩くと、「エコー」があった。ドアには準備中のプレートがかかっている。当然ながら施錠されていて、中の灯りも消えていた。それが早い時間だからなのか、盗作騒動が起きたからなのかは、わからなかった。
「もしかして、どこか遠くに逃げちゃったんじゃないですか?」
彼の出身地は知らないが、実家に帰っていたりするかもしれない。
「いや、そんなに遠くには行けないと思うよ」
ほら、と聖良さんが見せてくれたのは、一週間前の奏太さんの呟きだった。盗作騒動が起きる直前の投稿だ。
「左足首を捻挫……?」
写真には、ギプスで固定された足が写っている。この怪我なら、一週間では治ってはいないだろう。聖良さんの言葉の意味がわかった。
「エコー」は空振りだったので、SNSでの情報を頼りに、彼が出没していそうな店を回ってみようということになった。
「ラットラン」を出ようとしたところで、聖良さんがふいに立ち止まり、振り返った。
「聖良さん、どうしました?」
「いや……なんでもない」
奏太さんを見かけたのかと思ったが、そういうわけではなかったようだ。
私たちは奏太さんが訪れたことのある、近くのカフェや雑貨屋、古着屋などを訪ねてみたが、彼を最近見かけたと話す店員はいなかった。連絡先を知っているという古着屋の店員は、炎上騒ぎを心配してメッセージを送ったそうだが、一言ありがとうと返ってきただけだったという。こちらの事情を話すと、店員の男性はこんなことを言った。
「事情はよくわからないけど、やっぱり悩んでたのかなあ。あ、炎上のことじゃなくて、歌手活動のことでさ」
「どんなことを悩んでいたんですか?」
「彼、プロを目指してるんだけど、中々声がかからないみたいでね。オーディションもコンテストもダメで、もう夢を諦めて田舎で両親を手伝おうかって」
彼の実家は、酒蔵だという。もし家業を継ぐ気なら早いうちに帰ってこいと、親には言われているそうだ。
もしかして彼は、デビューしたいと思うあまり、追い詰められて曲を盗んでしまったのだろうか。それなら、理解はできる。でも、盗作はどんな理由があっても、許されることではない。イカルさんだって、自分のエネルギーを削って曲を作っているのだ。それを勝手に自分のものにしていいわけがない。
「奏太さん、どこにいるんでしょうねえ……」
結局、彼が今どこにいるかはわからなかった。近くにはネットカフェもビジネスホテルもあり、本気で潜伏する気なら簡単には見つからないだろう。
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