(3)
滞在するホテルでチェックインを済ませると、私たちもスタッフと合流した。会議用のホールを借りて、搬入機材やスタッフの配置をもう一度確認する。それぞれの責任者がきちんと管理しているので、私はそれをうんうんと聞いていた。ライブハウスの機材も借りられるということで、今回は準備もあまり手間がかからないようだ。ひとまず、滞りなく進んでいるとわかってほっとした。
そうこうしているうちに、イカルさんと聖良さんも時間通り到着した。私は預かっていた部屋のカードキーを二人に渡す。
「既にご存知だと思いますが、明日は午前九時から機材搬入、午後二時から会場でゲネプロです。ゲネプロ後はそのまま会場で本番を待つことになります。ゲネプロまでは自由行動で構いませんが、外出するときは大体どこにいるか、私に連絡してくださると助かります」
手帳を見ながら、私はメンバー三人にスケジュールを伝えた。
「あのう……」
遠慮がちに、イカルさんが手を上げる。
「音を出しても良い部屋を用意してもらったと思うんだけど、それは今から使える?」
「ああ、地下の部屋でしたよね。はい、チェックインしたのでもう使えますよ」
私は彼に、その部屋の場所を説明した。
「じゃあ、僕はずっとそこにいるから」
泊まる部屋に荷物を置くのも後回しにして、彼はすたすたと一人で行ってしまった。その背中が見えなくなってから、私は連絡事項を一つ言いそびれたことに気づく。
「夕飯ですけど、皆さんが泊まっている階のホールに、お食事をビュッフェ形式で用意していただきます。時間は十八時から二十時までなので、その間にいらしてください。お酒もありますが、くれぐれも――」
「飲み過ぎないように、だよね」
明日香さんの言葉に、私はその通りと頷いた。イカルさんにも伝えなければとスマホを出したが、おそらくその必要はないと聖良さんが言った。
「イカルはたぶんずっと練習しているから、部屋に持って行かないと食べないと思うよ。あとトランクの中に水とのど飴とマスクが入っているはずだから、それを先に――」
ぽんぽんと言われて、私は慌ててメモ帳を取り出した。
「水とかはすぐに必要ですよね。練習中に入っていくのは大丈夫なんですか?」
「正面に回って視界に入れば大丈夫。音は聞こえてないだろうから、いきなり触ると飛び上がると思うけど」
なるほど、とそれもメモを取っていると、明日香さんが笑った。
「まるで珍獣の取扱説明書だね」
「噛み付いたりはしないけど、人としての生活能力をどこかで落として来たんだろうね」
聖良さんは淡々と言い、彼も用事があるからとさっさといなくなってしまった。
「皆さんって、ライブ前はわりとバラバラに過ごしているんですか?」
明日香さんは少し考えてから、一つ頷いた。
「イカルは大体どこかにこもってるけど、私はスタッフと話してる方が好きだし。ほら、これから始まるぞって空気ってわくわくするじゃん。聖良は演出の人とか音響監督とギリギリまで打ち合わせしてることが多いかな」
明日香さんが自分のことも書いてほしいと催促するので、とりあえず「大食いモンスター」とメモしておいた。褒め言葉のつもりはなかったが、覗き込んだ彼女は得意げな顔をしていた。
午後七時を回ったあたりで、イカルさんに夕飯を持って行くことにした。イカルさんは子供が好きなメニューが好きだと明日香さんに聞いたので、ハンバーグとカレー、それから鳥の唐揚げを中心にプラスチックのパックに詰めていく。野菜は苦手だとも言われたが、さすがに偏りすぎだと思い、温野菜をカレーに混ぜた。これならカレーの味で誤魔化せるだろう。
「マネージャーっていうか、お母さんだよね」
野菜を追加されたカレーを見て、明日香さんがニヤニヤと笑っていた。
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