(4)

 寄り道せずに帰ってきた私は、早速ファーストアルバムを再生した。昨日聞いたアルバムと比べると、全体的に音が少なく荒い印象だ。でも、その分ボーカルの声の力が際立っていた。剥き出しの魂の叫びを聞いているみたいに、心が揺さぶられる感じがする。色でいえば、ビビッドな原色が多い感じ。思い通りにいかなくてもがく自分の姿と重なって、また少し、涙が零れた。


 一枚を通して聞き終えたところで、雑誌の存在を思い出した。私はセカンドアルバムをBGMに、雑誌を開いた。


 最初に読んだのはもちろん、アルモニカのライブレポートだ。ネットで見ることができたのはファンの感想と会場外の写真くらいだったので、全てが始めて見る情報だった。


 見開きのページいっぱいに、客席後方からステージを撮った写真が載っている。やや暗めの照明の中に、人の形をした三つのシルエットが浮かび上がっていた。彼らの覆面は、紗幕に姿を隠すことだったのだ。


「すごい……」


 紗幕自体がキラキラと光を発していて、まるで星空のようだった。投影された照明が、流れ星のように走る写真もある。一瞬を捉えただけの写真でこれだけ綺麗なら、生で見れば息をのむほどだっただろう。この空間の中で、あの語りかけてくるような歌声を聞けるのだ。


「あー、ライブ行きたい!」

 私は床に手足を投げ出して、ジタバタした。次のツアーの申し込みが始まったら、絶対に応募しようと決める。


 私はそのまま寝転がって、ページをめくっていった。五万字に及ぶ記者のレポートも読み応えがあって、臨場感たっぷりに描かれていた。静謐なライブ前の空気や幻想的な演出、クライマックスへと駆け上がる息の合ったアンサンブル……。この人もきっと、アルモニカの音楽が好きでたまらないのだ。


 一通り読み終えた私は、満ち足りた気持ちでイケメン店員サルちゃんに感謝の祈りをささげた。こんな素晴らしい雑誌をタダでくれるなんて、神様かもしれない。気づけばお昼時をとうに過ぎていたが、胸が一杯で空腹は感じなかった。


 そのままパラパラと他のアーティストの記事を眺め、雑誌を閉じようとしていた私は、視界の隅に「アルモニカ」の文字が見えた気がして、手を止めた。もう一度慎重に一ページずつ手繰っていくと、二色刷りのページの下半分に、確かに見つかった。


「マネージャー募集?」


 どうやら、アルモニカを担当するマネージャーを、所属事務所が募集しているらしい。まずは事務所に就職してから担当を割り振られるものかと思っていたが、これは既にアルモニカに限定して募集しているようだ。


 応募条件の項目を順に見ていった私は、途中で首を捻った。

 経験不問。三十代まで。健康な方。そのあたりはわかる。ツアー中は移動も多くてハードだから、若くて体力があった方が良いのだろう。問題はその次からだ。


「『相次ぐトラブルにも動じない方。特にエクソシストの方歓迎』……?」


 どうにも怪しい。エクソシストというと、確か悪魔を祓う能力を持つ人だったはずだが。

「危ない……かなあ?」

 実際に悪魔や幽霊が出るかはともかく、こんな募集をする会社はまともなのだろうか。


 でも、紗幕の向こうにいる「アルモニカ」に会えるという誘惑は強烈だった。

「まあ、どうせ受からないでしょ」

 度重なる連敗で感覚が麻痺していた私は、深く考えずに履歴書を引っ張り出し、項目を埋めていった。志望動機がこんなにノリノリで書けたのは初めてだ。何十回と繰り返した作業なので、その日のうちに履歴書は書き上がり、郵便局に持って行った。





 それから三日後、私の元にまさかの電話がかかってきた。事務所まで面接を受けに来てほしいという。私が電話を持ったままぽかんとしていると、今まではきはきと喋っていた女性が、遠慮がちに言った。


「あの、やっぱり辞退されますか……?」


 はっと我に返った私は、電話なのにぶんぶんと首を振りながら慌てて答えた。

「いえ、とんでもない! ぜひ受けさせてください」

「本当ですか? ありがとうございます! では、気が変わらないうちに――」


 全力でお礼を言われるのも、気が変わらないうちにという言葉も、不穏だ。しかし口を挟む隙はなく、彼女は面接の場所と日時を伝えるとすぐに電話を切った。面接は明後日。急展開についていけない私は、これは果たして現実だろうか、と少し不安になった。

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