第3話 盗賊の夜と優しい悪党

 その後、男はある盗賊団に身を置いていた。そこを取り仕切るのは顔に包帯を巻いている大男だった。親分と呼ばれ、裏の世界では名の知れた存在だった。



 男は親玉に直談判し、自らを売り込んだ。親玉は男の持つ匂いを見抜き、それを気に入って仲間入りを許した。



 盗み、おいはぎ、何でもやった。



 そこまでしてこの世界に身を投じた理由はただ一つ。



 生きるため、食うためである。



 真っ当な世界では、生きていけないと思っていた。



 男は仲間内で「霧雨(きりさめ)」と呼ばれていた。もちろん本名ではない。



 ぶっきらぼうな声とともに現れるその男は、「しぐれ」と呼ばれていた。髭面で、年のころは霧雨よりもずっと上だ。



 霧雨は軽く会釈を返すだけだったが、しぐれは気にする様子もなく、その隣に座り込むと煙草に火をつけた。



「これも食えよ」



 しぐれは男に握り飯を渡した。



「……いいのか?」



「俺は腹減ってないんだ。お前育ち盛りだろ。遠慮すんな」



 確かに腹は減っていた。



 少し恥ずかしかったが、男は握り飯にかぶりつく。



 しぐれはその様子を見て喉の奥で笑った。



「あんたは俺の名前を呼ばないんだな」



 しぐれは今まで一度も男を霧雨と呼んだことは無かった。



「それはお前だって同じだろう。俺をしぐれとは呼んでいない」



「俺は誰のことも呼んでないから」



 しぐれは大きく笑った。



 悪党には似合わない屈託のない笑顔。男はそれがとてもまぶしく見えた。



「どうして俺に構うんだ?」



「さぁ……、なんでだろうなぁ」



 遠い目をした後、ふと尋ねた。



「お前、人を殺したことはあるか?」



 男は首を横に振る。



「そりゃあ、お前、幸運だな」



 しぐれは煙草に火をつけて、長く煙を吐いた。



「人なんて殺さないほうがいい」



「あんたは殺したことがあるのか?」



 男がそう訊くと、しぐれは煙草の煙を空に向かって大きく吐いた。



「あるさ……山ほどな」



「戦か?」



「戦なら、どんなに良かったか……」



 彼は息を吐く。



「一度殺しちまえば、あとは何人殺そうが同じだった……」



 しぐれは手のひらを見た。



「お前、この手がどう見える?」



「どうって、普通の手に見えるが?」



「俺にはこれがどす黒い何かに見えるんだ……。気が付いたらこの世界に居ついちまった」



 しぐれは喉の奥で笑った。



「生きていくってのは難しいもんだな……。もがいても、苦しいばかりだ」



「どうしてそんなことを俺に話すんだ?」



「どうしてだろうなぁ……、お前は他の奴と違う感じがするんだ」



 しぐれはまた笑った。寂しそうな笑顔だった。



「お前には話せると思ったんだろうな」



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