第4話 裏切りと変貌

 その夜、盗賊団の親玉がアジトに全員を集めた。



 広間には豪勢な食事が用意されていた。



 普段碌な食事をとらない盗賊たちは目をランランと輝かせた。



「今日は記念すべき日だ。これは俺からのご馳走だ! 存分に食って、吞んでくれよ!」



 親玉に向かってさらにどっと歓声が上がる。



「でも親分、何の記念日なんです?」



「いいじゃねぇか、細かいことは!」



 笑い飛ばす親玉の言葉に場は一気に盛り上がり、歓声が上がり、盗賊たちは夢中で飯に手を伸ばした。



 しかし、それは束の間だった。



 しばらくすると全員の動きが止まった。



 一人、また一人と箸を落とす。



 皆がバタバタと床に倒れていく。



「な、なんだ⁉」



「体が動かねぇ!」



 その時になって気が付いた。



 毒だ。



 全身にしびれが周り、手足が岩のように重くなる。



 視界の奥で誰かが立ち上がった。



 親玉だった。



「ヒヒヒ、お前たち残念だな。俺はお前たちを喰うつもりだったんだよ!」



 親玉が額の包帯を外した。



「ヒィィ! 何だありゃ!」



 顔の半分は黒ずんだ硬い肌に覆われ、一本の角が頭から突き出ていた。紅く光る左目が、薄笑いを浮かべる。



「顔の半分が物の怪じゃねぇか!」



「鬼だ!」



「噂は本当だったんだ! 親分は人間じゃないってのは」



 親玉は手近にいた盗賊の体を片手で持ち上げ、体を思い切り嚙み切った。



「ギャアアアァ!」



 肉が裂け、骨が砕ける音が生々しく響く。



 だが、誰も逃げられない。全員の体は毒で麻痺し、目の前の地獄をただ見つめるこ

としかできなかった。



(俺も死ぬのか)



 こんな生き方をしてきた自分にはある意味正しい終わり方なのかもしれない。



 ここであのときの老婆の言葉が蘇った、生きるためなら、何をしてもよいのか。



 その時、

「おい、大丈夫か⁉」



「あんた……動けるのか?」



 しぐれが男の前に現れた。



「俺は口にしてなかったのが幸いしてな」



 しぐれは男の肩をとり無理やり立たせた。



「行くぞ!」



 二人で根城から抜け出していく。山の中を進んでいく。



 突然、しぐれが立ち止まり、男の体から離れた。



「逃げろ……!」



「なんで? 俺をおとりにすればあんたなら逃げられるだろ」



「俺はいい!」



 しぐれは小さくも強く叫んだ。



「お前はできるかぎり、生きろ。少しでも長く、生き続けろ」



 しぐれの声に恐れも悲しみもなかった。ただまっすぐ男の目を見ている。



「待て!」



 男はしぐれの背中を見つめるしかできなかった。



 男はその背を追おうとするが、毒がまだ体を蝕んでいる。膝が崩れ、地面に転がった。



 そして、親玉が姿を現す。



 しぐれはどうなったのだろう。



「ちっ……面倒かけさせやがって。だが、こいつでちょうど千人目だ。千の人間を喰らった物の怪は、さらに力を得るのさ」



 親分はゲヘヘと笑った。



 ゆっくりと近づいてくる。



「お前は何なんだ?」



 ただの妖怪さ。喰えば喰うほど強くなる、業深い化け物よ。あの『殺生蔵』の中にいた死体――お前、見たろ? あれは全部、俺が喰った人間の成れの果てだ」



「……!」



 怒りと恐怖が同時にこみ上げてきた。



(俺はこんなところで死ぬのかよ……!)



 どうせ大した命ではない。



 しかし今この瞬間は違った。こんなところで、こんな終わり方はイヤだと思った。



 しぐれの顔が頭に浮かんだ。



 生きろ。



 これまでの後悔、怒り、恐怖が目まぐるしく男の体を駆け巡った。



「!」



 ドクン、と心臓が跳ねた。熱い。焼ける。



 血が、逆流するような灼熱となって全身を駆け巡る。

 


 目の奥が焼け付く。耳鳴りが爆音になり、世界の音がすべて鮮明に聞こえる。草木が擦れ合う音、親玉の歯軋りまでも。



 体が途端に熱くなる。



 血が、燃える。



(燃える、燃えて灰になっちまう……)



 男は毒とは別の症状に苦しみだした。



「ウ……ウ……」



 視界が赤く染まり、五感が極限まで研ぎ澄まされていく。



(これは……なんだ? 俺の体なのか……!?)



 本能が開く。



 そして親玉の手が男に伸びだしたその瞬間、



 信じられないことが起きた。




「これは……」



 親分の頭がはるか下にある。



 気が付くと、男は高く飛んでいた。



 自分が自分じゃない感覚、自分の中に他の自分がいる、男はそんな感覚を持った。



「なぜその力を持っているんだ! まさかお前は……」



 親玉が驚き目を丸くする。



「俺にもわからん」



 長く伸びた爪。



 五感も鋭くなっている。



 興奮していながらもどこか冷静だ。



「今なら生き残れる」



 そう確信した。

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