10 招待

 もうどれくらい歩いただろう。感覚的には、かなり長い事歩いているような気がする。

 誤算だった。馬車が通れる道だから、上り坂が続いても大した事はないと思っていたのだ。

 

 しかし緩くても上り坂が続くというのは、かなりきつい。

 こんな道、普通の人は本当に歩いているのだろうか。


「マイナ、関所はまだなの」


 思わずそう、聞いてしまう。


「あと1ケムkmでヴィクター王国の関所。ルレセン国の関所はそこから登り1ケムkm、下り2ケムkm


 今日出たのは関所まで4ケムkmの地点だから、3ケムkmは歩いた訳だ。

 おかげで足が、心臓が、そして呼吸がもう限界だ。


「そんなの……馬車かゴーレム車を使わないと、無理よ……」


「ストレは普段、王城の塔と回廊部分しか出歩かない。だから体力不足」

 

 確かにそうかもしれない。でもそれならマイナは……

 横目で観察してみる。確かに私より楽そう、というか全然疲れていないように見える。

 これはおかしい。何かある、きっと。


「何かマイナは楽そうよね。身体が成長している分有利なのかもしれないけれど、それでも何かおかしくない?」


「……基礎体力の差」


 やっぱり怪しい。ここは少しでも楽をする為に、問い詰めて理由を聞き出しておくべきだろう。


「『生の魔女』特有の魔法で疲れない魔法とか足が勝手に動く魔法とかあるんじゃないの?」


「……疲労回復は可能」


 回復魔法くらいは私でも使える。というか、現に使っている。

 だから理由はそこにはない。


「何か他にもあるよね、きっと」


「……増力7倍の魔法もある。ただこれは私自身は使っていない。あとで筋肉痛になる可能性が高いから」


 本当に疲労回復の魔法だけなのだろうか。

 それとも『生の魔女』の回復魔法は、ストレも使える一般的な回復魔法と効果が違うのだろうか。 

 少しでも楽になる可能性があるなら、ここで試しておく価値はある。

 

「疲労回復だけお願いしていい?」


「了解。『此れは魔法、疲労回復』」


 宣言句が『此れは魔法』なら、『生の魔女』オリジナルではなく一般の魔法だ。

 でも、私の回復魔法より遥かに効果が高い気がする。さっきまでとは明らかに足の軽さが違う。

 あと呼吸のしんどさが無くなった。


「この魔法、私のより効果が高いけれど、持っている魔法属性のせいかしら?」


「あとは使用時の要領。本を持ってきているので、後で渡す」


 ◇◇◇


 マイナの回復魔法のおかげで、何とかヴィクター王国側の関所までたどり着く事が出来た。

 あくまで、何とかだ。少なくとも私には、余裕は全く無い。


 疲れ切っていたので、関所でのやりとりは全てマイナに任せた。

 まあマイナは『生の魔女』だから、魔法使いではない人の思考を操るなんてのも、その気になれば余裕。

 だから心配はいらないだろうと思っていたのだけれど、予想以上にあっさり通過出来て仕舞った。


「アーデンに住んでいる、ミーアとストリアです。生活が苦しいので、ルレセン国へ出稼ぎに行くところです」


「よし、通れ」


 これだけ。何というか、あまりにもあっさりし過ぎている気がする。

 脱国に目を瞑っているというのは、どうやら本当のようだ。


 しかし、問題は関所ではなかった。

 関所を越えた先も、上り坂がまだまだ続いていたのだ。

 私も、工法に関所が見えなくなるまでは頑張った。

 でもそろそろ、限界だ。

 

「マイナ、そろそろ休憩いい? あと疲労回復も」


「了承。急ぐ旅でないから問題ない」


 マイナが収納ストレージから椅子とテーブルを取り出し、道の端に置いた。

 この道は通行者が他に見あたらないから、問題は全くない。


 私は出された椅子に、腰かける。


「はあっ」


 思わずそんな吐息が出てしまった。

 取り敢えず呼吸を整え、そしてマイナに質問。


「よくマイナは、こんなハードな道でも平気で歩けるわね」


「体力最大状態で維持中」


 マイナが18歳の身体をしているのは、その年齢まで魔力が足りず不老になれなかったからではない。

 身体を充分に使えるよう、意識して魔法で自らを成長させた結果だ。

 更に筋力等も、最大限に動けるよう魔法で調整・維持している。


 その事は私も、マイナから聞いて知っている。

 しかし正直、ここまで差を見せつけられるとは思わなかった。


「これじゃ全然進まないよね。ごめん。まさか、ただ歩くだけがこんなに体力使うなんて、思わなかったわ」


「仕方な……!」


 突如、強大な魔力を感じた。私やマイナ以上の魔力の持ち主が、転移魔法で出現しようとしている。

 

 咄嗟に立ち上がって警戒態勢をとろうとした。でも今の私の疲れた身体は言う事をきかない。

 一方マイナは、椅子とテーブルを蹴飛ばしつつ立ち上がって、私の前へと立つ。

 私をガードするように、右腕を横に広げて。


 魔力は私とマイナの前方5エム程度のところで、つむじ風のように流れ出てまとまり、水色の髪に水色の瞳を持つ、黒色ドレス姿の少女の姿となる。


 少なくとも私は、今までこの少女と出会った事はない。

 しかし纏っている魔力の圧倒的な量と質が、正体を物語っている。


「『風の魔女』フュロス様、お初にお目にかかります」

 

 マイナが今までとは異なる口調と態度で一礼。私もそれにあわせて頭を下げる。

 水色の髪の少女が苦笑した。


「マイナさん、そう気を使わないで結構です。立場こそ異なれ、魔女は世界の名の下に対等ですから」


 そうは言っても、起源元素である火土水風光闇の名を持った、6人の『古の魔女』は別格の存在だ。

 生きている年数がそもそも桁違い。

 年齢とともに上がりがちな魔力も、私達と比べると圧倒的に大きい。


「それで、どのような御用でしょうか」


 マイナが尋ねる。


「警戒しなくても大丈夫です。ただ、これから先の話をする前に、まずは確認します。お2人はヴィクター王国を出奔してきた。そして今のところその後行くあては無い。違いますでしょうか」


 どうやら『風の魔女』フュロスは、2人の此処までの行動を把握している様だ。

 不思議な事では無い。

『風の魔女』フュロスが操る風は、ありとあらゆる場所を吹き抜けるとされている。

 彼女自身もその風とともに、ありとあらゆる場所に現れると。


『風の魔女』とはそのような存在。

 特に隠匿せずに実行した出来事くらい、把握していても不思議では無い。


 それだけの相手だからこそ、注意が必要だ。

 だから今の私がやるべき事は、『風の魔女』の言葉だけではなく、一挙一動を見逃さないようにする事。


 いざという時に備え、力の魔法を3種類、事前宣言しておく。

『古の魔女』に通じるかはわからないけれど。


 会話は私より、マイナに任せた方がいいだろう。

 腹の探り合い的な事は、私よりずっと向いている。


「ええ、その通りです。しばらくは一般人として、のんびりしようと思っています」


 マイナの返答に、フュロスは頷いた。


「それでしたら、私と『光の魔女』ルクスからの提案があります。宜しければルクスのところまで、お招きしたいのですが、いかがでしょうか」


「どうする? 私は応じた方がいいと思う」


 マイナが私の方を見て尋ねた。なお左手の人差し指と中指を腰につけている。


 これは私達の間のみ通じる、魔法を使った伝達を使えない非常の場合用の伝達方法。

 人差し指が意味するのは『おそらく信用はしていい』。

 中指は『自分の意思で判断していい』。


 私から見ても、多分大丈夫だろうとは判断出来る。

 フュロスの魔力に揺れが見えない。つまり言葉を偽っている可能性が低い。

 古の魔女についても、この判別方法が普通の人間や魔法使いと同様に使えるかは不明だけれど。


 今のところ、フュロスに敵意や悪意は感じられない。

 そしてこの先、明確な予定がある訳ではない。

 なら、取り敢えず2人の古の魔女の機嫌を損ねない方がいいだろう。


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