11 提案

「私もそれでいいと思います」

 

 取り敢えずは余所行きの言葉で、マイナにそう伝える。

 マイナは頷いて、散らかったテーブルと椅子を収納ストレージ収納して、そして返答。


「それでは私達は、御招待をお受けしようと思います」


「わかりました。それではこれから、ルクスのいる場所まで移動します」


 フュロスの言葉が終わるとほぼ同時に、周囲の景色が薄れた。

 転移魔法、魔力の動き方を含めて、私が知っている魔法とほぼ同じだ。


 ただ私は転移魔法は得意じゃない。一人で移動してもせいぜい20ケムkm程度までだ。

 しかし今発動している転移魔法は、少なくとも400ケムkmは移動している。

 得意では無くとも、魔力の大きさと流れか判断くらいは出来るのだ。


 流石は『風の魔女』。そう思ったところで、周囲に別の光景が見え始めた。

 焼き土の壁に木造の柱という、ごくごく標準的かつ実用的なつくりの室内だ。


 部屋の大きさは王城の小会議室くらい。

 中には3人ずつ向かい合わせで座れる程度の大テーブルと椅子がある。


 テーブルの上には、紅茶が入っていると思われるカップと、小皿に入った焼き菓子風のものが、合計4セット。

 そして紅茶用らしいポットがひとつ。


 そして窓側の席に1人、金髪の少女が座っていた。

 魔力量は私どころか、フュロスより上。間違いなく彼女が『光の魔女』ルクスだ。


「到着です。そちらの席にどうぞ」


 フュロスはそう言って、金髪の女の子の反対側を右手で示す。  


「ありがとうございます。失礼します」


 私とマイナは頭を下げ、ルクスの向かい側についた。

 フュロスが座ったところで、金髪の少女がストレとマイナに向かって、座ったまま頭を下げる。


「座ったままで失礼します。『光の魔女』ルクスです。招待を受けて頂いて、ありがとうございます」 


「いえ、こちらこそ御招待ありがとうございます」


 今回も対応は、基本的にマイナに任せよう。

 マイナは私と違い、騎士団の外部の者と会話を行う機会が多かったから。

 仕事で病気にかかった貴族の治療や疫病の鎮圧、更には魔獣出現等で大量の傷病人が出た場合の治療なんて事をしていたし。

 

 魔法騎士団内では私の方が動いて、マイナは部屋に引きこもりがちだけれど逆だな。そんな事を思う。


「それでは早速ですが、こちらを御覧頂きましょう」


 ルクスが収納ストレージから紙を取り出し、私達の前に広げた。

 縦横1エムm程度の大きな紙に書かれていたのは、地図だ。


 周囲を海と思われる青色で囲まれた、横長の島が中心に描かれている。

 更には上の中央近くと、下の中央やや右側に、中央の島に比べるとずっと小さい島があるようだ。

 

「この大陸の地図です。私達がいまいるルレセン国のカンバランドはここで、御二方が以前いらしたヴィクター王国のマールベルグは此処になります」


 カンバランドは島の右下に近い部分の海沿いで、マールベルグは下側海沿い、中央よりやや右側だ。

 この地図がおそらく正確なものだろう。マイナが手に入れてきたヴィクター王国の地図と、この地図の右下側がほぼ一致している。


「この地図の、それぞれ星印がついた部分に、古の魔女がおります。此処ルレセン国のカンバランドに私、『光の魔女』ルクス。ルイタ島のサリバーンに『水の魔女』ワテア。スチュアート国のトッドに『土の魔女』ソーロ。ガスコイン国インガルダに『火の魔女』フィルラ」


「私『風の魔女』フュロスは、普段はカーラウィーラ国のダンダーニャ郊外におります。『闇の魔女』ポーは何処にいるか、はっきりしません。『風の魔女』である私と同様、『闇の魔女』も、その気になれば何処にでも行く事が出来るのですけれども」


「まずは居場所がわかっている『古の魔女』を尋ねて、それぞれの魔法を教わってはどうでしょうか。それが私とフュロスの提案です」


 ルクスとフュロスが、交互に説明してきた。

 この提案が『闇の魔女』以外の『古の魔女』による合意事項 という事を示す為だろうか。


『古の魔女』に魔法を教わる事そのものは、面白そうだ。

 ただし、それぞれの場所はかなり遠い。

 この地図で見ると、大陸の東西は3,800ケム3,800km、南北に2,000ケム2,000km以上ある。

 そして居場所はそれぞれ島の東西、南、中央と散らばっているのだ。


 それでも移動は何とかなるだろう。

 私の弾道飛行を使えば、1日1回、500ケム500km程度までは移動可能だから。


 問題は各国に平穏に入国する方法。

 ヴィクター王国と国交があるのは、ルレセン国くらい。

 それ以外の国々について、私はほとんど知らないのだ。


 強いて言えばカーラヴィーラ国と、ルイタ島については少しだけ知っている。

 周辺の敵国としてで、それ以上の知識はないけれど。


 あとは生活手段、具体的にはお金の問題だ。

 何というか、考えれば考えるほど課題が増えていきそうなきがする。

 たとえ『闇の魔女』をのぞく『古の魔女』に、この魔法を教わる事の合意が出来ていたとしても。


 そう考えたところで、再びルクスが口を開いた。


「もちろん今すぐ、お二人に旅立って頂こうとは思っておりません。失礼ですがお2人はヴィクター王国を出たばかりで、諸国を旅行するのに必要な情報を持っていないでしょう。ですから最初は、此処ルレセン国で準備をしていただこうと思っています」


「具体的には住む場所と、ある程度の情報、そして『光の魔女』ルクスが使える魔法の知識の一部を提供します。期限はありません。必要な情報が集まったらすぐに出発してもいいし、十年以上留まっても結構です。魔女にとっては多少の時間など、問題にはなりませんから」


 魔女は不老だ。だから年単位の時間であろうと問題はない。

 此処でそうして準備が出来るなら、今後は大分楽だろう。

 ただし疑問はある。


「ひとつ質問をして宜しいでしょうか」


 マイナが口を開いた。

 ルクスとフュロスはそれぞれ頷く。


「どうぞ」


「何なりと」


「この御提案は、私達にとって大変ありがたいものと感じます。しかし『光の魔女』ルクス様や『風の魔女』フュロス様、そして他に教えを受ける古の魔女の皆様にとって、何も利がないように感じます」


 確かにその通りだ、私もそこを疑問に感じた。

 マイナの言葉は続く。


「ですので失礼ですが、お二方に質問します。この提案には、何か理由か意図があるのでしょうか。この事によって私達が何かする事を期待していらっしゃるのでしょうか」


 ルクスとフュロスが、ほぼ同時に頷いた。

 その後一瞬の間の後、先にルクスが口を開く。


「実は『古の魔女』を訪れる旅を行うのは、貴方方が始めてではありません。かつては『新しき魔女』に認定されると、『魔女巡礼』として『古の魔女』5名それぞれを訪れ、魔法を教わるという慣習があったのです」


「かつてはこの大陸内のほぼ全ての国に国交があり、人々が自由に行き来していました。ですが諸情勢により、ここ200年はそうした動きもなくなりました。最後に『魔女巡礼』を行ったのは、当代の『金の魔女』イラムですが、それも100年程前のこととなります」


『魔女巡礼』という言葉は、初めて認識した。

 少なくとも私がこれまで読んだ魔法の書物には、載っていなかった。


 ただ『魔女』だけに伝わる慣習なら、一般に伝わらなくても不思議ではないだろう。

 それにそういった慣習があったのなら、こういった提案がある事もそれほど不思議ではないのかもしれない。 


 ルクスとフュロスは、更に説明を続ける。


「私達光、風、火、土、水の『古の魔女』5名は、現在でもそれぞれ連絡をとりあっています。ですから貴方方が彼女達を訪ねるのは問題ありません。各国に入るには、それなりの工夫が必要です。しかし充分に調べた上で『魔女』の力を使えば問題はないでしょう」


 なら『古の魔女』に会う事そのものは、そう難しくないだろう。

 難しいのはおそらく、ルクスが言った『各国に入るのはそれなりの工夫が必要』という部分。


「それでは私達は、各国を回って『古の魔女』に会って教えを請う、それだけを考えればよろしいのでしょうか?」


 マイナが尋ねた。

 ルクスとフュロスは頷く。


「ええ、その通りです。確かに以前、この『魔女巡礼』には、『新たな魔女』に『古の魔女』の知識を伝える以上の目的がありました。『新たな魔女』が旅をして様々な世界を見る事で、新たな考え方や新たな方法論を得ること。そして旅の途中でそういった考えを『古の魔女』のみならず出会った人々に伝えること。それによって世界をより新しくすること。そういった目的の方が主だったのです」


「ルクスが過去形で言ったのは、現在の世界が停滞、あるいは後退しているからです。『魔女巡礼』を行っても、おそらくは今の状況を変える事は出来ないでしょう。現に今までの間、世界は停滞し続けていますから」


「ですから気負う必要はありません。ただ旅をして知識を得る。それだけを考えていただけば結構です」


「わかりました」


 返答したマイナとともに頭を下げつつ、私は思う。

 確かにヴィクター王国は停滞していた。

 それは『秩序の上級魔法使い』ドミナによる変化が認められない国の構造と、愚かな王のせい。

 そう思っていた。


 しかしルクスとフュロスによると、この大陸全体が停滞しているらしい。

 その『停滞している』というのは、ストレやマイナが見て、わかるものなのだろうか。

 あくまで『古の魔女』の視点でしか感じ取れないものなのだろうか。


 ルクスは、自分のカップとソーサーを収納し、空いた場所に一抱えくらいの大きさがある魔法機械を出した。


「それではマイナさんとストレさんが此処、ルレセン国で普通の国民として暮らせるように、準備と手続きを致しましょう。まずはこの魔法機械で国民証を発行します……」

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