6 追っ手⑵

 マイナは魔法が直撃して、黒焦げの生きているとは思えない姿となっている。

 しかし腰掛けていたスコーパェは、地上から浮いたままだ。


 その事の意味に、ティリカは気づくだろうか。 

 そう思った私の耳に、ティリカの次の宣言句が聞こえた。


「此れは魔法、高速球雷!」


 先程と比べて反応が早い。魔法が効かないという事態に慣れたようだ。

 そう、マイナは死んでいない。


 魔女レベルの魔法使いは、そう簡単には倒せない。

 特に命と肉体を操る『生の魔法使い』マイナの場合、単に肉体を死亡させる程度の攻撃を当てる程度では、倒す事は不可能だ。


 ティリカの魔法で、上空に光の球が多数出現する。

 ひとつひとつは先程より小さく、直径20シムcm大程度。

 それらが、先程の球雷の数倍の速度で、マイナだった黒焦げに殺到する。


 黒焦げだった人型が、動いた。

 急速に人としての色と形を取り戻して、緑色の長い髪の全裸の女性となり、スコーパェから立ち上がった。

 

 光る球が、彼女目がけて加速する。幾つもの光球が彼女がいた場所・・・・に殺到し炸裂。


 しかし私には見えた。今度の攻撃がマイナに、傷ひとつつけられなかったことに。


 目で見た限りでは、魔法を使わずただ身体能力で高速球雷を躱しているだけ。

 魔女である私にすら、そう見える。人間の数倍の速さと反応速度がある筈の高速球雷が、当たっていない。


 幾つもの高速球雷が、互いにぶつかり合って爆発する。

 その爆発を至近距離で受けているはずなのに、マイナの身体には傷が見えない。


 そして高速球雷が半分になったところで、マイナがティリカの方を向いた。


「行く」


 次の瞬間、彼女の身体が瞬いて消えたように見えた。

 実際は、通常の視力では追い切れない速度で移動しただけだ。


 私はマイナがそう動ける事を知っている。

 しかし魔法の起動なしでああ動いたら、状況を視力や魔力感知だけで判断する普通の魔法使いは、追いつけない。

 目も、意識も。


 ティリカには、マイナが突然自分の右側に出現したように見えただろう。


「此れは魔……」


 それでも魔法を起動しかける事が出来たのは、反応が早いと褒めていいところだろうか。

 そう思う私の目には、マイナがティリカに右手で軽く触れたのが見えた。


「其は癒し、睡眠」


『生の魔女』独自の宣言句。

 ふっと力を失ってティリカが崩れかけた。

 その小さな身体を、前進したマイナが抱き留める。


 横抱きに抱えなおした後、マイナは歩き始めた。

 先程の動きと違ってゆっくりと。

 そして向かうのは銀髪の上級魔法使い。


 マイナは腕を伸ばして、ティリカの身体をニラメルへと渡す。


「返品」


「受領」


 マイナに比べると、ニラメルの身体は二回り小さい。

 ティリカよりは大きいが、それでもティリカを抱えると目いっぱいという感じになる。


 さて、これでゲームセットだろうか。

 私はニラメルに尋ねた。


「それでニラメルは、どうするのかしら?」


「勝てない戦いはしない」


 彼女はそう返答して、王城の方を向く。


「逮捕も討伐も無理と判断。引き上げる。『此れは魔法、転移』」


 ティリカを抱えたニラメルの姿が、揺らいで消えた。

 残ったのは私とマイナ、夜の闇に包まれた草原と、新たに出来た幾つかの焼け焦げの痕跡。


 マイナが服を取り出して、着始めた。

 見たところ、先程まで着ていた服と同一のものだ。


「その服、スペアがあったの?」


「当然。洗い替えその他に4着は必要」


 何というか、私とマイナの感覚はやっぱり違う。

 ひょっとしたら、全てはマイナの予定通りだったのだろうか。

 そう思いつつ、ニラメルが消えた場所と王城の方向を交互に眺めた。


 ニラメルの魔力が、遠く王城方向で瞬く。

 目視は出来ないが、どうやら転移魔法で無事に到着したようだ。


ニラメルあのこ、腕を上げたわね。もう1人連れて、12ケム12kmの距離を転移魔法で往復なんて」


 転移魔法や転送魔法は、動かすものの重さと移動距離で、加速度的に魔力が必要となる。

 2人で12ケム12km往復は、魔女である私でもぎりぎり。

 ニラメルが転移魔法を専門に含む『空の上級魔法使い』であったとしても、そう簡単なものではない。


「確かに」


 服を着ながらマイナが頷く。私と同意見のようだ。


「もう上級魔法使いではなく、魔女の領域に入りかけているかもしれないわ。案外、昔のマイナと同じかもしれないわね。実力はあるけれど、本人にまだ魔女になる気がないだけで」


「認める」


 靴の紐を結び終わったマイナはそう言った後、身体と両腕を軽く上に伸ばした。

 着替えを終了し、準備完了のようだ。


 さて、追っ手はこれで終了だ。

 魔法騎士団としては言い訳が出来たし、他のこの国の組織では今夜中に追跡態勢を取ることすら出来ないだろう。


 という事で、マイナに質問。


「それでどうするの? 此処からすぐ移動する? あと移動方法と移動先は? 私の魔力なら、まだまだ余裕があるけれど」


「その前にひとつ。この国を離れる前に、縛る」


 縛る? 何をだろう。

 そう思う私の視線の先で、着替え終わったマイナは右手に杖を取り出し、上に掲げた。


「此れは魔法、此れは宣告。ヴィクター王国の全ての者へ告げる」


 この宣言は、広域条件魔法を発動させる時の定型句だ。

 今回の伝達対象は、『ヴィクター王国の全ての国民』。

 マイナは何を行う気だろう。

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