第2話 追っ手

5 追っ手

 私達は周囲から少し盛り上がった形の丘陵の上へと着地。

 私はスコーパェから降りて、周囲を見回す。

 此処はビーンアックと呼ばれる丘陵地帯。周囲は放牧地としても使われている草原だ。


「ここなら何をやっても、被害は大きくないわよね。ところでどれくらいで、出てくると思う」


「すぐ」


 マイナの言葉とともに、私の前方30エム程度の空気が揺れた。

 瞬き程度の後に出現したのは、銀髪と金髪、2人の少女。どちらも黒い魔法騎士団の制服に身を包んでいる。


「追っ手はティリカとニラメルか。まあそうだよね」


 銀髪は『空の上級魔法使い』ニラメル。金髪は『光の上級魔法使い』ティリカ。

 魔法騎士団で、魔女に次ぐ実力を持つ2人だ。


 ニラメルは結界の他、空間制御魔法も専門。

 自分以外に1人いても、王城から此処まで転移魔法で移動する位は可能だ。


 ティリカは高速で起動する雷系魔法を多数持つ、攻撃系の上級魔法使い。

 討伐や戦闘では、私に次ぐ高い実績を誇っている。


 つまりは転移魔法で確実に追いつけるニラメルが、戦闘実績的に最強のティリカを連れて追ってきたという形だ。

『魔法騎士団は魔女2人の脱走に際し、最善と思われる手を迅速に打った』事は誰もが認めざるを得ないだろう。

 根本的に頭がおかしい馬鹿王以外は。


 ただ、そういった政治的配慮は、あまり必要ではないのかもしれない。

 今のヴィクター王国で魔法騎士団に嫌われた場合、ちょっとした災難程度で領地壊滅の危機に見舞われるのは確実。


 ヴィクター王国の貴族は領主でもあるから、そんな事は出来ないだろう。

 馬鹿王の妄言のひとつやふたつは、貴族である高官の手でどうにでも出来る。

 

 だから此処で私がする事は、いかにティリカとニラメルに実質的被害がないように勝利して、此処を去るかだ。

 という事で、まずは2人にご挨拶といこう。

 

「早かったわね。緊急対応は合格点だわ」


「あとは王城の防護結界を破壊して脱走を企てた魔女を倒して、その功績で魔女として認められるだけね」


 ティリカらしい台詞だ。


「ティリカなら、あと10年もすれば魔女になれるわよ。ニラメルも。だから焦ることはないと思うわ」


「10年と言わず、いますぐ魔女になってみせるわ。此処で『力の魔女』ストレと『生の魔女』マイナを倒して」


 なかなかのご挨拶だ。どこまで本気かは別としても。


「今はまだ無理ね。でもこの先当分の間、稽古をつける機会はないから、今回は特別サービスしてあげる。先攻は譲ってあげるわ。最初は攻撃しない。マイナもそれでいい?」


「任せた」


 マイナからは、そう一言だけ。

 彼女は低く浮いているスコーパェに腰掛けた。

 そのまま何することもなく、ティリカとニラメルの方を見ている。


 そしてこの場にいるもう一人、銀髪のニラメルは何も言わない。

 無表情で、ストレとマイナの方を見ているだけ。


「それじゃあの世で後悔しなさい、『光の上級魔法使い』ティリカの最大魔法を受けて!」


 ティリカの右手から箒が消え、代わりに黄金色の魔法杖が現れた。

 彼女はその杖を掲げ、魔法の宣言句を唱える。


「此れは魔法、轟天雷!」


 直後、まばゆい光が辺りを覆った。一瞬遅れて轟音。

 確かに直撃を食らえば、私でも無事では済まないだろう。

 ただし直撃をうければ、だ。


 ティリカが来るなら、雷系統の魔法を使ってくるだろう。

 だから雷に対応可能な魔法を、あらかじめ起動直前状態になるよう宣言していたのだ。


 私がやるべき事は、ティリカの魔法が起動する直前に、この事前宣言した魔法を起動するだけ。


「移動」


 今回起動したのは、雷を自分達の周囲に散らす魔法。

 空気中には、色々な成分がある。

 その中で雷が通りやすい成分だけを意識して、私とマイナの周囲をドーム状に取り囲むように動かした。

  

 結果、ティリカの放った雷の魔法は、私達を避けて地上へと落ちて消える。


「何、今のは!」


「空気中にも、雷が流れやすい成分があると認識するのよ。それなら力の魔法で動かせるわ。もちろん魔法そのものは、あらかじめ事前宣言しておく。そうすれば意識さえすれば発動できるわ。簡単よね」


「雷を、力の魔法で制御したという事か」


 ティリカにとっては予想外だったようだ。

 隙なく構えているが、表情は驚愕を隠しきれていない。

 この辺が経験の無さだな、そう私は感じる。


「そういう事よ。以前、雷の光る部分そのものを動かそうとした時には、上手くいかなかった。だから雷が通る道を意識する方法にしたの。自分の得意魔法なのに研究が足りないわね。そこがまだ、ティリカが魔女になれない理由のひとつよ」


「くそっ。なら『此れは魔法、球雷!』」

 

 上空に直径半エム50cmくらいの、放電で輝く球が十数個出現。

 ジー、ジー……

 放電音を放ちながら、私とマイナに向けて動き出す。


 しかし甘い。この魔法の方が、対策は簡単だ。


「移動」


 動きをイメージしつつ、事前宣言しておいた力の魔法のひとつを起動する。

 球雷の動きが変わった。

 マイナに一定以上近づけないまま地に落ち、輝きを失って消える。


「動かせるものなら『力の魔女』が防げない訳ないでしょ。もっと頭を使ったらどう?」


「くそ、ニラメル、援護!」


「意味ない。勝負は見えた」


 ニラメルは『空の上級魔法使い』。

 その魔法は予知、転移、封鎖、結界といった分野に強く発揮される。

『勝負は見えた』とは、『勝てないと予知した』という意味だ。


 そこでマイナから、伝達魔法が入った。


『次のティリカの私宛の攻撃は、防がなくていい』


 ああ、あれをやるつもりか。私はすぐに理解する。


『わかったわ』


 返答の伝達魔法を送ると同時に、ティリカの言葉が聞こえた。


「くそっ、ならせめて『生の魔女』だけでも。『此れは魔法、轟天雷!』」


「無駄」


 ニラメルのその言葉。

 彼女はおそらく、勝負が見えているのだろう。


 そしてマイナは、スコーパェに腰掛けたまま動かない。


 最初に見せたのと同じ攻撃が、今度はマイナだけを襲う。

 目を焼かんばかりの光と轟音の中、確かに雷がマイナに直撃したのが見えた。

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