3 急展開

「戦争を防ぐため国外へ逃げる。それは理解。でも出てどうするつもり?」


 布団の中から聞こえた言葉に、私は言い返す。


「どうにでもなるでしょ。これでも私達は魔女だし、姿かたちを変えたり魔力測定機を誤魔化したりするのは簡単よね。言葉だって標準語が通じる場所なら大丈夫。もしお金が無くなっても、魔法が使えれば何とかなるでしょ。治療師ギルドとか」


「他国のギルドに入ると、後が面倒」


「そんなの気にせず、ぶっちしていけばいいじゃない。どうせそういった組織での契約や宣誓なんて、魔法使いの魔法でしょ。この国への宣誓だってドミナの魔法だし。魔女である私達が力でぶっちするのなんて簡単よね」


 ヴィクター王この国は、『国王への宣誓』の魔法で、国民を縛っている。

 国民は5歳になった4月に宣誓を行い、国の命令に服す事を魔法的に誓うのだ。


 この宣誓、正直言ってろくなものじゃない。

 例えば役人の命令に背こうとしても言葉が出ず、動けない状態になり、それでも背こうとした場合、最悪の場合は死亡なんて代物だ。

 

 ただしこの宣誓は、国の永年顧問にて大公爵である『秩序の上級魔法使い』ドミナによるもの。

 私やマイナ、あとはニラメルやティリカあたりなら、破る事は可能だ。


 確かにドミナは王国最古で、経験豊かな魔力の大きい魔法使いだ。

 でも魔女の私からみると、そこまで優秀じゃない。


 だから私達が何もしなかったのは、力が及ばなかったからじゃない。

 どうしようもない魔法だけれど、今の腐った国を何とか形にしているのは、この魔法のおかげでもある。

 だから仕方なく放置していたのだ。


 ただし宣誓の魔法を破れるという事を知っているのは、おそらく私、マイナ、ニラメル、ティリカ、そしてドミナ本人くらい。

 それ以外は、国王以下の国の幹部を含め、知らないだろう。

   

 なんて事を口に出すと、こうなる。


「国王がどう思っているかは別だけれどね。私達なら宣誓なんて破って、自由にこの国を出ていけるでしょ。それにこの国に対する義理は、今までで充分果たしたわ。違う? マイナ」


「確かに。ただ……ストレは、無計画過ぎる」


 いきなりマイナの返答の方向が変わった。

 意味がわからないので、私は聞き返す。


「どういう事?」


 ふた呼吸分くらいの沈黙の後、返答があった。


「国を出るつもりなら、ある程度の準備は必要。他国で使用可能な金貨や銀貨の入手。当座の食料の確保と蓄積。姿かたちを変えるなら、その姿にあった被服と装備一式。最低でもその程度は準備してから出るべき」


「うっ」


 思わず変な声が出てしまう。確かにその通りだ、そう思ってしまったから。

 実際、私は何も用意はしていない。お金だってヴィクター王国発行のままだし、服も最近は魔法騎士団で支給されたものばかり。


 つまりはまあ、全く用意は出来ていない。命令書を見て頭にきたまま、此処へやってきた。それだけだ。


「ストレの業務は基本的に現状の処理。20年以上そればかりやっているから、計画性がない。行動に移るなら、せめて必要なものを考えて揃えてから」


「う、うう……」


 何というか、次の言葉が出ない。

 私は現場活動の他、部隊配置だの予算承認だのひととおりの業務をやってはいる。


 でも確かに私の業務は、まず現状があって、それをどう処理するかという方向に偏っている。

 計画とか予定といった、今すぐ対応が必要ではない業務は、主にマイナに振っているから。


「ただ、そろそろ潮時ではある」


「えっ?」


 また思ってもみない言葉が出てきた。

 私はおもわず顔を上げて、布団の方を見てしまう。


 ベッド上の掛け布団が、ふっと姿を消した。

 マットの上にいるのは緑色の髪、緑色の瞳、18歳位の全裸の女性。


 マイナは身体能力を最大に保つため、あえて身体を18歳まで成長させている。

 一定以上の魔力がある魔法使いの身体成長は、本来は『止まる』もので、任意にどうこう出来るものではない。

 マイナはそんな法則の例外だ。

 生命属性が専門だからかもしれないけれど。


 というのはともかく、今は質問だ。


「潮時って、どういう事?」


 マイナは身を起こして、私の方を見る。


「国を出た後も、今までのように無計画では困る。だから今のはお小言。この国に留まるべきではないのは事実。故にストレの分を含め、準備済み」


 マイナの言葉と同時に、ベッドの横に散らかっていた本やノート、下着類等が消える。

 魔法収納ストレージに入れたのだろう。


 魔法収納ストレージを使えるなら、部屋を散らかさなくても何とかなる筈。

 それでも部屋を散らかす辺り、私は今ひとつマイナを理解出来ない。

 もう30年以上の付き合いではあるのだけれど。


 ガラクタが消えた床に、分厚くやぼったいが頑丈そうな布地の服、そして下着、更にはマントや靴、背嚢まで揃ってて出現した。


「平民用の三季用標準服上下と旅装一式。サイズはあっている。着替えて」


 見たところ確かに私サイズ、つまり子供用だ。

 服装そのものも秋も半ばを過ぎ、すっかり涼しくなった9月終わりの旅装としてはちょうどいい。


「どうしたの、これ」


「準備済み。必要だと思われるものは、ほぼ一通り」


 私が何も考えてない間に、きっと準備をしたのだろう。ひょっとしたら、戦争の話が起きるより前から。


 でもこのまま、魔法騎士団を出て大丈夫だろうか。

 自分がそう言ったくせに、私は心配になる。


 業務的には最大戦力が2人減るのだから、今のままだとそれなりに厳しい。

 ただ私とマイナ、2人の『魔女』が抜けるのだ。

 火遊び的な思いつきの命令は、少しは減るだろう。

 何より今の時点で戦争が起きてしまうのは、絶対的にまずい。


 この国にはもう、戦争に耐えられるだけの、国力がない。

 今ですら現状維持出来ず、縮小再生産的な経済状態で、村の数も人口も減り続けている。

 そうやって過去の資産を食い潰しつつ生きながらえているのが、この国の実情だ。


 国に対する宣誓があるから、愚かな命令にも逆らえない。

 ならなまじの創意工夫をして睨まれるより、命令された事だけやっておけばいい。

 その結果、この国は上から下まで、腐ってしまった。

 貴族では無く大部分の平民まで。


 半ば独立組織である、魔法騎士団だけはこの30年で何とか立て直したつもりだ。

 ただこれ以上は、この国の組織的に無理だろう。

 腐りつつゆっくり消えていく、多分これがヴィクター王国の最善解だ。

 

 ただ戦争なんて起こしてしまったら……

 かなり悲惨な形で、この国は滅びるだろう。

 国王だの貴族だのだけではなく、一般の平民に至るまで。 


 魔法騎士団の方は、私やマイナがいなくなっても、組織としては動いていける。

 そういう形に、私とマイナで作り直したから。


 戦力としても、ニラメルやティリカがいれば何とかなるだろう。

 カイラやティリア達といった、ティリカ達ほどではないけれどそれなりに強力な上級魔法使いも15人程。

 更には中級魔法使いながら既に上級魔法使い並の実力を持っている、アニスやエリア達もいる。


 だから私達がいなくなっても大丈夫。

 それなりに私とマイナで、魔法騎士団を作りかえてきた。

 少なくとも今戦争を起こすよりは、大分まし。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る