2 現状

「知っていたのなら、何故何もしないの。マイナはどうする気? 『生の魔女』として」


「負傷者が送られてきたら、治療する」


 返答はそれだけだ。そして布団に動きはない。

 マイナらしいと言えば、そう言えるのだろう。

 ただ今はもう、それだけでは済まない状況になっているのだ。


 そもそも戦争なんて、起こすべきではないし、起こせる状況ではない。

 それ位には、ヴィクター王この国は行き詰まっている。

 財政的にも、それ以外でも。

 

「私はもう、この国を出ようと思うの。魔女がいなければ、戦争なんて事を起こそうと思わないでしょ。それにこの国に愛想が尽きたわ。王は馬鹿だし、貴族も自分の事しか考えていないから」


「王はルイタ島が属領だった頃の栄華を、取り戻す夢を見ている。他の誰もが無理だとわかっているのに、理解出来ない。貴族は出兵があれば、国庫から金を引き出せる。馬鹿を見るのは税金を搾り取られ、兵士として徴用される平民だけ。

 でも国庫は既に空に近いし、農民の数や農業生産も減り続けて限界に近い。商業は貴族系の一部を除いてほぼ崩壊、他にめぼしい産業もない。それで?」


 やはりマイナは、全て理解していたようだ。

 おそらくは、私以上に。

 でもそれなら何故、さっきのような返答が出来るのだろう。ちょっと頭にくる。


「わかっているじゃない。その通りよ。もう国そのものがぎりぎりの状態だわ。それで戦争なんて、頭が沸いているとしか思えない。

 どうせバグダス侯あたりが焚きつけたんでしょ、『こちらは魔女が2人いる。ルイタ島は1人。だから攻めれば勝てる』とか言って」


 魔女はこの世界の最高戦力だ。

 魔法使いと精鋭騎士を揃えた騎士団を数個動員しても、魔女1人に抗し得ない。

 大陸を構成する各国でも、在籍しているのはそれぞれ1人か2人。


 通常の魔法使いの上級、中級、初級の認定は、各地にある古代魔道機械で行うが、魔女は違う。

 魔女を認定するのは、世界そのもの、あるいは世界を統括する神的存在だ。


 突然に、目と利き腕に生じる固有の魔法紋。

 同時に世界全体へと響きわたる『世界は○○の魔女を認めた』という魔法音声。

 この『世界の認定』があってはじめて、魔法使いは魔女として認められ、この『○○の魔女』という称号で呼ばれるようになる。


 このように魔女とは、特別な存在。別に私自身が魔女だからそう思っている訳ではないけれど。

 しかし魔女の戦闘能力が、全員同じというわけではない。


「2人でも無理。ルイタ島には『水の魔女』ワテアがいる。基礎属性を操る『古の魔女』に、今の条件で勝てる方法は思い浮かばない」


 マイナの言う通りだ。

 魔女には『古の魔女』と『新たな魔女』がいる。

 

『古の魔女』とは、基礎属性とされる『火・土・水・風・光・闇』を操る存在。

 最低でも千年以上前から存在し、ある者はそのまま、ある者は後継者に引き継ぐ形で、経験や魔法を引き継いでいる。

 知識も魔法も豊富で、魔力も強大だ。


 なお『古の魔女』以外の魔女は、あらたな魔女と呼ばれる。

 私やマイナは30年程前に魔女となった、あらたな魔女の中でも最も若い魔女。


 一方『水の魔女』ワテアは、『古の魔女』としては最も若く、300年程前に先代から引き継いだとされる。 

 それでも『古の魔女』としての魔法を引き継ぎ、私達の10倍以上キャリアがある存在だ。

 経験、そしておそらく魔力も、それなり以上に上の筈。


 そしてヴィクター王うちの国とルイタ島の間には、当然のことながら海がある。

『水の魔女』と海上を通らざるをえない経路で戦うなんて、どう考えても無謀だ。 


「その通りよ。なのに私達がいれば、それをあてにして戦争をしようなどと考える始末。なら私達の為だけではなく、一般の国民のためにも、この国を出た方がいい気がする。魔法騎士団も一通り鍛えたし、私達ももう国に対するお役目は果たしたでしょ。違う? マイナ!」


「出た後は、ニラメルかティリカが新たな魔女に就くだけ」


 マイナは布団の中に籠もったまま、いつもと同じ口調でそんな事を言っている。


 『空の上級魔法使い』ニラメルと、『光の上級魔法使い』ティリカ。

 どちらも魔法騎士団所属で、専門こそ違うけれど、魔力や魔法の実力は私やマイナに次ぐ存在。


 確かにあの2人は、いずれは魔女になれるだろう。それは私も思っているし認めている。

 このどうしようもない国に、なんでこんな優秀なのが2人出てきたのだと思う位だ。

 

 ただ、現時点での実力というと……

 

「確かに二人とも、上級魔法使いとしては最高クラスの実力だけれどね。魔女になるには、あと一歩足りないでしょ。特にティリカは、まだまだ経験が必要だと思うわ」


「確かに。でもそれは、ストレが過保護なせい」


「それは認めるけれどね。でも大事な後輩を、ぎりぎりの危険な場に何てやるわけにはいかないじゃない」


 私が魔女になったのは、他の魔法騎士団員とともに、大魔獣エールドラゴンを倒した直後。

 マイナが魔女になったのは、流行病対策で、アルダリア地区を浄化し終えた時。


 ただし私達が魔法騎士団の指揮を執るようになってからは、そういった実力的に危険な現場へ、部下を向かわせないようにしている。

 こっちの判断のせいで、部下が殉職だなんて想像すらしたくない。


 そうでなくとも、魔法騎士団の業務は過大だ。

 国内行政が腐ってまともに機能していない。だから惰性でも務まる通常業務以外は何も出来ない。


 結果、緊急対応はほぼ全て魔法騎士団が対処している。

 魔物出現、カーラヴィーラ国との国境周辺での異変、天候による災害、流行病、ほぼ全ての分野に対して。


 現時点でも多忙だし目一杯の展開状態。戦力が減っては、対処が追いつかない。

 だから部下を現場に出す際は、常に魔法と魔力に余力があるように配意している。


 配意できないような危険な事案は、私かマイナで対応する。

 それをマイナは『過保護』と表現したのだ。


 まあ過保護なのは、私だけで無くマイナもなのだけれど。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る