此れは魔法 ~魔女と、魔法の大陸~

於田縫紀

プロローグ

第1話 逃走

1 きっかけ

 9月終わりの新月の夜、夜8の鐘PM8:00過ぎ。

 私は騎士団の執務室を閉めた後、南の塔にあるマイナの部屋へと向かう。


 今日、マイナは騎士団本部に来なかった。

 元々来るのは週に半分程度。

 それでも充分以上の働きはしているから、勤務的には問題はない。


 しかしマイナは、ヴィクター王国魔法騎士団の実質的な2トップの1人。

 魔法使いの頂点であり、ヴィクター王この国に2人しかいない『魔女』の片方。


 もう片方の『魔女』である私としては、相談したい事とか愚痴とかが多々あったりするのだ。

 そして今回のような、切羽詰まった案件も。


 マイナの部屋は、南の塔の最上階。

 そして王城内は転移魔法での移動は禁止だ。


 帰りが面倒臭いなと思いながら回廊の廊下を歩いて、階段を上って上ってと移動する。


 南の塔の階段を登り切ると、マイナの部屋の扉の前。

 頑丈そうな鉄枠付きの木の扉の前で、私は魔法を宣言する。


『此れは魔法、ノック3回』


 ドンドンドン! 力強いノックの音が、周囲に響いた。


 この『此れは魔法』とは、標準的な魔法の宣言句だ。

 この宣言句に続けて、魔法の名称なり実現したい事なりを唱えると、魔法が起動する。


 さて、ノックをした結果は……


「閉まってる」


 小さい、くぐもった声が聞こえた。

 おそらくは、布団の中から返答しているせいだろう。

 つまりはいつもと同じだ。


「私よ、入るわよ。『此れは魔法、閂よ動け! 扉よ開け!』」


 この部屋の扉は、閂で開かないようになっている。

 しかし魔法で閂を外してしまえば、問題は無い。


 そして私は、扉が開いた時点で気づいてしまった。

 部屋の中の、惨状に。


「何でもうこんなに散らかっているのよ。一週間前に掃除したばかりでしょ」


 書類、服、下着類、魔道具等が、床が見えない位に散らばっている。

 一週間前に掃除をして、散らかった洗濯物は洗って、ゴミは魔法で燃やして片付けた筈なのだ。

 それがこの有様とは、何というか……


 マイナは基本的に、整理整頓や掃除、洗濯をしない。

 なので私が週に一度くらい来て、片付けている。


 本来なら、魔女は使用人を1人つけられる。

 ただ使用人は魔法騎士団管轄ではなく、王宮側の人事。

 だからかろくなのが来ない。

 ちょっと掃除等をさせると、部屋から物がなくなるなんて事が多発するのだ。


 質がいい使用人に当たった、そう思った時もある。

 しかし1週間後、部屋内の一部始終がノートに起こしたメモまで全て、何処ぞに報告されていた事が判明。


 結果、私もマイナも、使用人の派遣を断るようになった。

 以来洗濯と掃除は、マイナの分も含め私がやっている。

 忙しい魔法騎士団員にやらせるような事ではないし、取り扱い注意のものがあったりするから。


「便利な場所に置いているだけ」 


 汚部屋の主マイナがベッドの上、布団の中から言い訳してきた。

 なお布団から出てくる気配はない。


 仕方ない。私は足の置き場を探しながら、一歩ずつ部屋の中へ入っていく。

 何とか5歩、部屋内に進んだ。扉から充分離れたし、もういいだろう。


「此れは魔法、扉よ閉まれ! 閂よかかれ! 情報封鎖!」


 扉が閉まり、鍵がかかる。

 更に情報封鎖魔法によって、魔法を使用しようと部屋の中の景色や音声を漏らさない障壁が構築された。


 視界の端にちらりと動く影が見えた気がしたので、視線を向けて確認する。

 単に鏡があるだけだった。

 映っているのは、黒い魔法騎士団の制服に身を包んだ、赤い髪と赤い瞳の12歳位の女の子。つまり私。


 中級魔法使いになって半年後の12歳の夏、私の身体の成長と老化は止まった。

 以来40年近く、このままの姿だ。


 ある程度魔力が高い魔法使いなんて、概ねそんな外見だ。

 魔法騎士団も、12歳から15歳位の外見の者がほとんど。

 もちろん例外もいるけれど。


 私とマイナの他に、魔力は感じない。だから今なら此処で何を話しても、問題はない。 

 なんて思ったところで、ベッドの上、丸まっている布団の中から、再び声がした。


「なにごと?」


 布団の中から聞こえた問いに、私は今日の訪問の趣旨である爆弾をぶつける。

 

「戦争をするつもりらしいのよ、この国」


 今日の昼過ぎ、執務室で事務作業に埋もれていたところ、いきなりやってきたベルメル侯爵に、書類を押しつけられた。


『王命である。早急に検討して、報告するように』


 暗愚な王の命令なんて、どうせろくなものではないし、急ぐ必要はない。

 だから名目上の魔法騎士団長国王のつかいぱしりであるベルメル侯爵が退室した後、私は今までやっていた書類仕事をそのまま再開した。


 そして一段落した昼4の鐘PM4:00の鐘過ぎに、私はその書類を確認。

 内容のあまりの馬鹿馬鹿しさに頭を抱え、書類を私の魔法収納にぶち込み、残りの仕事を開始。


 一通り処理が済んだ後、そのまま執務室で夕食をとって、そしてこの部屋へ直行したという訳だ。


「知ってる。王やバグダス侯の思念が流れてきた」


 マイナは、既に知っていたようだ。

 馬鹿王が、ルイタ島へ戦争を仕掛けようとしていた事を。


 マイナは『生の魔女』。

 治療、回復、読心といった、生命に関する魔法について、世界が認めた存在だ。

 この王城内にいる人間の思考くらい、読む気がなくても頭に入ってくるだろう。

 だから私より先に情報が入っていても、おかしくはない。


※ 変更点

  月と季節を、北半球と揃えました。

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