桜の下で生きたい、
朝比奈 棲矢
第1話
また性懲りもなく朝が来る。
何度も何度も行われてきた行為。それ故に慣性的にもう何も思うことがない、と思えたらどんなに幸せなことか。
「......」
無言で窓の外を見つめる。
目の前には緑が広がっている。
昨日は雨が降っていたな、
そんなことを思い出し目の前の窓が少し曇っている事の理由が分かった。久しぶりに窓に文字を書く。
『桜の下で生きたい』
僕はこの生に意味を見いだせない。
どうして息をしているのか。
どうしてこの身体の意識を持ったのが僕なのか。
どうして不幸せな人がいるのか。
どうして自分は恵まれた境遇にいるのか。
なぜ、なぜ、なぜなぜなぜ。
そんな疑問が僕の頭で反芻する。
そんな悩みを断ち切るかのようにドアが開いた。
─────────────────────────────
「消えたい」
午前の授業が終わり、僕はそう呟く。
急に何を言っているんだ?
そんな怪訝な目を向ける人間はいなかった。
それは僕が常用的に呟く事だからだ。
人はこうやって感覚を麻痺させていくのか、なんて考えながら生の感覚を僅かでもおかしくさせてしまったことに対しての謝罪をしようかと思ったが辞めた。
僕はアナログな人間なんだ。
SNSに書くような内容なんだろうが、僕は不満はすぐ口にしてしまうことにしている。周りは現代的だが僕はひとりぼっち。
いつの世もマイノリティというのは排斥されるものだ。
そんな自虐的なことを考え、しかしアナログな人間である、と主張しある程度の立場を被害者ぶって保とうとする。
我ながら汚い人間だ。
「てかさー昨日のやつやばくね?」
「あー、変な化け物みたいなやつ?」
「そうそう!マジで貞子っているんだなーって思ったわ!」
ギャハハ、なんて言葉じゃ表せないくらいの下世話な声で僕の耳は埋め尽くされた。
周りの生徒はたちまち不快そうに耳を頬杖をつくように塞ぐ。そんな生徒と同じく少しばかりイラッときていた僕はその生徒たちがいる教室後方へと向かう。彼らは未だに笑い声を挙げていたが徐々に僕との距離がゼロに近づくにつれて、笑い声が止んでいった。
「あ?どしたん谷石。いつもみたいに机に向かって呟かないの?しにたーい、って」
その言葉を受け、一緒に隣で話していた生徒が笑い声を挙げる。それはきっと産声よりも大きいんだろう。生まれた瞬間はこの人はきっと可愛げがあったんだろうか?そんな事に思いを馳せていたがやがて彼らの笑い声が次第に止むにつれ僕の意識も現実に戻る。
「静かにしてくれないか?振動数が低いのに響くんだ、君たちの声は」
「はぁ?いっつも協調性の欠片も見せてこない君が委員長気取りか?巫山戯るのは辞めろや。それともなに?喧嘩でもしたいの?」
「そうやってすぐ武力の行使へと結びつける脳みそ。実に短絡的でお似合いだと思うよ。そう、きっとあのダーウィンだって驚いているさ」
そう僕が言ったのち、僕の足は床を離れた。
「いい加減にしろよてめぇ....さっきからごちゃごちゃと言いやがって。そうやってまくし立てたってなぁ、暴力の前じゃ意味ねぇんだよ!」
瞬きのために瞼を閉じ、再び開く前に彼の拳が僕の頬に直撃する。
不思議と痛みがない。
なんてことはなくジンジンと僕の頬は痛みを訴えている。きっと僕の頬は今頃桜色に染まっているだろう。
頬が赤く染まるのはこんなシチュエーションじゃなければ嬉しかったんだけど。
そう頭の中で考えているとまたしても衝撃が来る。
背に床、そして目に映るのは天井。
「あれ、天井ってこんな柄だったっけ?」
この場に似合わないことを口にする。
それが気に食わないのか清々とした顔をした彼らが可逆的に元の表情に戻っていく。
「てめぇ、まだやられ足りないのか?あん?一発でもいいから反撃してこいよ」
野蛮な彼らはそう言う。
「もう殴ってるさ」
彼らは意識が抜けたように一瞬変な顔をした。
「君の拳に走る痛みはどこから来た?」
まだ理解出来ない様子な彼らは佇むままだ。
「君が殴ったのと同時に、僕も君を殴った。それが作用反作用の法則だよ。君たちは留年寸前なんだろう?まぁ、精々頑張ってくれよ」
そう言ったのち、彼らは流石に僕に変な目を向けやがて教室から去っていった。
これで教室の静寂は保たれた。
達成感を噛み締めて僕は立ち上がる。そして教室を見渡す。
ご飯を食べている生徒、友達同士で雑談している生徒、イヤホンをつけてスマートフォンを見ている生徒。
彼ら彼女らは相も変わらず机に向かっている。
誰も僕に見向きもしない、
僕がこうして身体を張ったというのに。
桜の下で生きたい、 朝比奈 棲矢 @pvhanrt
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