十六回生きた女
七月七日-フヅキナノカ
第1話 蝉ファイナル
切ったばかりの髪の、外に跳ねさせた毛先を
鼻にあたる
公園の樹々は、少しずつ
「ああ、やっと人間になれた」
美琴は、嬉しさを隠しきれない表情を浮かべて呟く。
美琴が生まれ変わるのは、これで十六回目だ。
最初の人生は、美琴は蝉だった。いや、人生って、蝉のくせに。
「あ〜、やっと出られたかと思ったら、何、この人混み! いや、蝉混み!」
十七年間棲み慣れた土の中から、這い出てきたら、辺りは蝉だらけだった。
今から二百二十一年前、美琴はアメリカで生まれた。 いや正確には、生まれたのはその十七年前で、十七年間地中にいて、そして
毎世代正確に十七年または十三年で成虫になり、大量発生する蝉がいる。十七年蝉、十三年蝉と呼ばれる。十七も十三も素数なので素数蝉とも呼ばれる。
そして、この二種類の蝉は、十七と十三の公倍数の二百二十一年
美琴は、その大量発生した十七年蝉の一匹だった。
そして、西暦千八百三年、十七年蝉と十三年蝉は、一斉に羽化した。
美琴は、その一斉に羽化した一兆匹の蝉の中の一匹だった。日本の第一次ベビーブーム期に生まれた子どもは年間二百四十万人。比べようもない。
一兆匹の蝉は、全てが成虫になれるわけではなく、羽化する瞬間に鳥や獣に捕まってしまうことも多いが、美琴は無事に成虫になった。
成虫になれても、生き延びるためには
木の幹や枝は、一兆匹の仲間達でびっしり埋まり、得られる食糧もわずかだ。
「何で十七年蝉?じゅうななねんぜみって言いにくいし、何回も言うとじゅうななぜんねみってなるし。こんな、生存競争の激しい蝉でなくても、普通の蝉でよかったのに」
ぶつぶつ文句を云いながら、美琴は少ない餌を探す。
ここで断っておくが、最初から美琴という人間の名前がついていたわけではない。他の一兆匹の蝉と区別する為に便宜上そう呼んでいる。
蝉は羽化してから一週間しか生きないと言われるが、個体差がある。一ヶ月近く生きる蝉もいる。
美琴は羽化してから二週間生きた。その間、オスと出逢い、交尾し、産卵して、蝉としての役目を全うした。
二週間目、地面に落ちた。もうこれまでか、と最期の瞬間が来るのをじっと待っていたとき、猫に見つかった。
美琴は最後の力を振り絞って羽ばたいた。
猫は驚いて飛びすさった。食事中、後ろにこっそり置かれたキュウリに驚いた時みたいに。
「見たか!これぞ蝉ファイナル!」
美琴は、悦に入った。が、そこまでだった。
美琴は息絶えた。
美琴は他の一兆匹の仲間達と同様に、アメリカの大地の土に還った。
そして、次に目覚めた時、美琴は土の中でミミズになっていた。
第一話 終わり
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