第51話 思い出を砕いたとき─③

「時間は大丈夫ですか? 俺は嬉しいですけど」

「……そちらの心配ですか。私は問題ありません。ホテルで食事がしたいですが、何か召し上がりました?」

「スイカを少しかじっただけです」

 駅の混み具合とは裏腹に、ホテルは空いていた。

「何が食べたいですか?」

「カレーライス」

「いつでも食べられますよ?」

「あ」

「そうです。本日はあなたの誕生日です」

「じゃあ……海鮮か焼き肉で。俺、フィンリーさんの誕生日に何も渡してないんですけど」

「いただきましたよ。間違いなく」

「……あげてないと思いますけど。俺、フィンリーさんの誕生日知らないし」

「クリスマスです。アフタヌーンティーの置物を下さいました」

「ああ! あれ、そんなつもりじゃ、」

「私のほしかったものです。家宝のように大切にしています」

 知っていたらもう少しプレゼントらしいものを渡せたのに、とぼんやりと隣を見やる。

 プレゼントらしいものとは──そんな疑問も沸いてきた。

 小さなおもちゃで彼は喜んでいる。それがすべてだと納得もできる。

 個室の焼き肉屋を選んでくれたのか、たまたまなのか。

 他の人とはあまり会いたくない気分だったので、彼に感謝した。

「海鮮もありますよ。頼みますか?」

「食べたいです。エビとイカと」

「盛り合わせにしましょう」

「今さらですが、本田様のお家で誕生日パーティーをなさっていたのですか?」

「花火を一緒に観ないかって誘われたんです。俺の誕生日は父さん以外、判らないですよ」

「では、たまたまだったわけですね。本日、本田様は着飾っていらっしゃいました。髪型もいつもと異なりました」

 唐突になぜ愛加の話なのだと、ハルカは首を傾げる。

「美しい、と言いましたか?」

「ああー、そういえば……、特に何も言わなかったですね」

「あなたに美しいやきれい、と言われる人はさぞ幸せなのだと思います。本田様も言われたかったのでしょう。よほどあなたに気があるようですから」

「…………フィンリーさんって日本語上手なのは理解してますけど……、間違いました?」

「間違っていません。母君が亡くなった悲しみをあなたにぶつけ、いろいろな感情でハルカをがんじがらめにする。優しいあなたは身動きがとれなくなり、本田様を独りにさせないと幕を張る。意識的なものかは判りかねますが、悲しみに満ちた連鎖です」

「確かに……いや……でも……」

「断言できますが、あなたの責任の取り方は間違っている。あなたが本田様の母君に手を下したわけでもなく、墓掃除が贖罪になるとも思えない。立派なことだとは思いますが。あなたの周りの大人で、ハルカは悪くないと言ってくれる人はいなかったのですか?」

「じいちゃんと父さんに言われました。父さんにはつい最近も」

「解けない呪いの言葉をかけられていたのですね。彼女のおっしゃる責任の取り方について、具体的に何か話していましたか?」

「自分で考えろとは言われました」

「最初から答えはない。あえて言うのなら『ずっと私の側にいてほしい』です」

「ちょっと待って下さい。今の言い方ですと、愛加が俺のことを好きみたいじゃ……」

「それ以外に何があると? 似た感情を抱えている私には判ります。好きだと言っても実らないと理解している。だからこそ、呪いをかけてあなたを側に置こうとしているのでは?」

 いつもの優しい声色ではない。フィンリーは感情を高ぶらせている。本気で向かい合い、声に気持ちを乗せてくる。

 肉や海鮮が次々と運ばれてきた。こちらがシャトーブリアンです、と一つだけ黒くて金に縁取られた皿に乗っている。フィンリーはタブレットでとんでもないものを注文していた。

「そして私も無理やりあなたに呪いをかけようとしている」

「シャトーブリアンで釣ろうと?」

「それもあります。私と話して呪いが解けないのなら、いっそ異国へ連れていき引き離そうと最悪な考えに陥りました」

「最悪はともかく、俺は大歓迎だし嬉しいですけど! ああ、シャトーブリアン美味しそうだなあ」

「焼きます」

 じゅわ、と肉の焼ける香りが漂う。スイカしか入っていない身体は空腹を訴えた。

「愛加の件はいったん置いて、俺の将来を語ってもいいですか?」

「何億時間でも聞きます」

「俺、海外の師匠さんとこでアンティークについて学びたいって思ってます。理由は、アルバイトで培ってきた経験は本当に愉しくてかけがえのないもので、俺の一部です。その一部をもっともっと広げていきたいんです。異国の言葉をもっと勉強もしたいですし。それに、フィンリーさんが探しているマリーのブルーサファイアですが、一人で見つけるより二人で探した方がいいと思いませんか?」

「…………ハルカ、」

「否定する前に言いますけど、それはついでです! 宝石探しに自分の時間を費やそうとかじゃなくて、アンティークを学べば同じ方向を向くんだから、一緒に探した方がいいと思いません?」

「まあ……確かに」

「一番は自分の人生を考えてのことです。躍起になってるわけじゃない。フィンリーさんがどう思ってるかは知りませんが、有給をもらっていた間、ちゃんと自分の人生を見つめていました。自暴自棄になって墓掃除をしていたわけじゃありません」

「あなたの将来を聞けて、嬉しく思います。すぐに師匠に話をつけます」

「ありがとうございます! ここまではいいとして、将来を見つめるたびに愛加の顔が浮かぶんです。父さんやじいちゃんがいて、フィンリーさんがいる。三人の顔を消し去るように、愛加が許さないと鬼の形相で怒っています」

「本田様だけではなく、彼女のご家族とも話をした方がいいですね。現状をどう思っているのか。さて、肉が焼けました」

 念願のシャトーブリアンだ。とろけるとはこういうことだ。

「どうしよう、ご飯が食べたくなってきた」

「先ほどカレーライスでいいのかと否定してしまいましたが、ミニカレーなるものがありますよ」

「やっぱり食べたい。注文してもいいですか?」

「どうぞ」

 人間、腹が空いていると余計なことまで考えてしまう。糖分も必要だと言い訳をし、タブレットをタップしていく。

 数分後に来たカレーも海鮮も平らげ、美味しいと伝えるとフィンリーは満足そうに微笑んだ。軽くフィンリーの二倍は食べた。

「さて、最後のデザートです。まだ入りますか?」

「あまり重くないデザートなら大丈夫です」

「あなたの分も私が注文します。必ず残さず食べるように」

 何が来るのだろうと心待ちにしていると、トレーに乗ったものを見て驚愕してしまった。

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